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第32話

「四元素拮抗型っていうのは、魔力の型のひとつなんだ――トキちゃん、昨日話したよね? 魔力は大抵、四元素のどれかに偏るものだって」

「おう」


 イノリは、俺と繋いだのと逆の手で、胸ポケットからペンを取り出した。机に、昨日と同じ小さい正方形を書きつける。

 それ油性じゃね? と思ったけど、黙って聞く。


「でもね、四元素拮抗型の人は、偏りのない魔力を持ってるんだよ。肉体の四元素がどれも均等で、どこにもフレがないの。図にすると、こんな感じ?」

「ほー」


 イノリは言いながら、小さな四角の周りを囲むように、大きな正方形を書いた。俺は、首を捻った。


「なあイノリ。その四元素拮抗型ってのだと、元素ってわかりにくいもんなん?」

「そうだねぇ。四元素ってさ、持ってる量が均等だとすごく安定するんだって。安定してると、どれか一つが飛び抜けないから、気づきにくいんだと思う」

「そうなのか」

「そのかわり、四元素拮抗型の人は、体が丈夫な人が多いんだよー。四元素が安定してると、身もこころも安定するから」

「へえ!」


 それは、すっげえ身に覚えがあるぞ。

 たしかに俺、昔から風邪一つひかねえし、あんまり悩んだことねえもんな。

 イノリは、にこっと笑うと俺の手をぎゅっと握った。


「ねっ、トキちゃんは大丈夫だよ。元素に気づきにくいのは、持ってる魔力の性質ってだけだから」

「イノリ……ありがとな」


 胸がジーンとした。

 いや、俺がその「四元素拮抗型」ってのだったからじゃなくて。イノリの気持ちが嬉しくてさ。

 俺、そんなに悩んでたつもりじゃねえんだ。そりゃ、「参ったなあ」とは思ってたけど。何やるにしたって、やると決めたら、こつこつやるもんだし。

 けど、こうしてイノリに励まされるとさ。俺って、不安だったんかなとかちょっと思う。

 たぶん、いま心強いから。



 イノリは、おっとりと説明を続けた。


「四元素拮抗型はね。元素に気づきにくいから最初はたいへんだけど、一度わかっちゃえばめっけもんだって。希美ママが言ってたよ」

「母ちゃんが?」

「希美ママも、トキちゃんと同じだったって。おじさんも」

「マジ!」


 ふつうに初耳だぜ。てかイノリ、お前よくそんなの知ってんな。

したら、イノリは「母さんさ、酒が入ると希美ママとの馴れ初めばっか喋るんだよね……」と遠い目をしてて。そりゃ、きついな……。


「じゃあ、母ちゃんたちも、最初はわかんなかったのかな」

「みたいだよー。それで、希美ママは「ずっと黒だったけど、恩師に魔力を起こしてもらってから、ぐんぐん伸びたの」って、言ってた」

「へーっ。すげえな」


 なるほど、魔力を起こしてもらうかぁ。

 それって、須々木先輩いわくの、「触って刺激♡」なんだよな。先輩は、俺にイノリに頼んでみろって言ってたけど。


「それって、具体的にどういうことすんのかな。お前、知ってる?」

「うん、わかるよ。あのね―」


 イノリは、俺と繋いだ手を目の高さに持ち上げた。

 すると、金色の光がくっついたところからこぼれだす。

 昨日とは違って、中には吸い込まれて行かなくて、手のひらがふわふわ擽ったい。


「わっ」

「昨日と同じでさー、俺の魔力をトキちゃんの中に流し込むだろ。でぇ、トキちゃんの風の元素を刺激して、俺の魔力で絡めとって……」

「うわわわ」


 金色の光が帯みたいになって、するすると俺の指にからみつく。

 うわ、超くすぐってえ!

 それに、なんかゾクゾクする。やな感じじゃないけど、その……!


「っ……!」


 思わず、ビクッと肩をすくめると、イノリは楽しそうに目を細めた。

 きゅ、と指を一瞬強く握られる。


「こうして、表に引っ張り出すの」

「ぁっ……!」


 息を飲む。

 今、触れてるところから、電気が走ったみたいになった――。

 ゾクゾクって、背中が勝手に震えてしまう。

 と、ぽん、って金色の光がまんまるい玉になって、つないだ手の上に浮かんだ。光の玉は、ぽかんと見ている俺の目の前で、すぐ霧散してしまった。

 イノリは、にこにこと笑って言う。


「つまり、俺の魔力で引っ張って、トキちゃんの魔力を外に連れ出すってかんじかな。さっきは、中に入れなかったけどー」

「……へ、へえ~。サンキュ、イノリ」


 どぎまぎしながら、空いた手で胸を押えた。

 な、なんか、やばくね? 

 いや、昨日のとどう違うのかって、言われたらそうなんだけど。でも、なんかこれ……。

 うまく言えねえんだけど、イノリに頼んでいいのかって感じがする。

 だからって、他の奴に頼めるかって言うと、――それはそれで変なんだけど。

 いや、なにが変とかわかんねえけど!


「で。トキちゃん、どうしたい?」

「へ?」

「魔力、起こしちゃう? もしするならさ、トキちゃんさえ良かったら、俺がしたいんだけど」

「えっ」


 真面目な顔で、俺を見つめるイノリ。なんか、じんわりと顔面に汗が染みてくる俺。ごくっと、唾を飲む。


 サンキュー、イノリ。俺からも頼もうと思ってたとこ!


 渡りに船、そう答えるつもりだったんだけど。


「か、考えさせてもらっていいかな……」


 口から出たのは、なんともしょぼくれた返事だった。





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