「四元素拮抗型っていうのは、魔力の型のひとつなんだ――トキちゃん、昨日話したよね? 魔力は大抵、四元素のどれかに偏るものだって」
「おう」
イノリは、俺と繋いだのと逆の手で、胸ポケットからペンを取り出した。机に、昨日と同じ小さい正方形を書きつける。
それ油性じゃね? と思ったけど、黙って聞く。
「でもね、四元素拮抗型の人は、偏りのない魔力を持ってるんだよ。肉体の四元素がどれも均等で、どこにもフレがないの。図にすると、こんな感じ?」
「ほー」
イノリは言いながら、小さな四角の周りを囲むように、大きな正方形を書いた。俺は、首を捻った。
「なあイノリ。その四元素拮抗型ってのだと、元素ってわかりにくいもんなん?」
「そうだねぇ。四元素ってさ、持ってる量が均等だとすごく安定するんだって。安定してると、どれか一つが飛び抜けないから、気づきにくいんだと思う」
「そうなのか」
「そのかわり、四元素拮抗型の人は、体が丈夫な人が多いんだよー。四元素が安定してると、身もこころも安定するから」
「へえ!」
それは、すっげえ身に覚えがあるぞ。
たしかに俺、昔から風邪一つひかねえし、あんまり悩んだことねえもんな。
イノリは、にこっと笑うと俺の手をぎゅっと握った。
「ねっ、トキちゃんは大丈夫だよ。元素に気づきにくいのは、持ってる魔力の性質ってだけだから」
「イノリ……ありがとな」
胸がジーンとした。
いや、俺がその「四元素拮抗型」ってのだったからじゃなくて。イノリの気持ちが嬉しくてさ。
俺、そんなに悩んでたつもりじゃねえんだ。そりゃ、「参ったなあ」とは思ってたけど。何やるにしたって、やると決めたら、こつこつやるもんだし。
けど、こうしてイノリに励まされるとさ。俺って、不安だったんかなとかちょっと思う。
たぶん、いま心強いから。
イノリは、おっとりと説明を続けた。
「四元素拮抗型はね。元素に気づきにくいから最初はたいへんだけど、一度わかっちゃえばめっけもんだって。希美ママが言ってたよ」
「母ちゃんが?」
「希美ママも、トキちゃんと同じだったって。おじさんも」
「マジ!」
ふつうに初耳だぜ。てかイノリ、お前よくそんなの知ってんな。
したら、イノリは「母さんさ、酒が入ると希美ママとの馴れ初めばっか喋るんだよね……」と遠い目をしてて。そりゃ、きついな……。
「じゃあ、母ちゃんたちも、最初はわかんなかったのかな」
「みたいだよー。それで、希美ママは「ずっと黒だったけど、恩師に魔力を起こしてもらってから、ぐんぐん伸びたの」って、言ってた」
「へーっ。すげえな」
なるほど、魔力を起こしてもらうかぁ。
それって、須々木先輩いわくの、「触って刺激♡」なんだよな。先輩は、俺にイノリに頼んでみろって言ってたけど。
「それって、具体的にどういうことすんのかな。お前、知ってる?」
「うん、わかるよ。あのね―」
イノリは、俺と繋いだ手を目の高さに持ち上げた。
すると、金色の光がくっついたところからこぼれだす。
昨日とは違って、中には吸い込まれて行かなくて、手のひらがふわふわ擽ったい。
「わっ」
「昨日と同じでさー、俺の魔力をトキちゃんの中に流し込むだろ。でぇ、トキちゃんの風の元素を刺激して、俺の魔力で絡めとって……」
「うわわわ」
金色の光が帯みたいになって、するすると俺の指にからみつく。
うわ、超くすぐってえ!
それに、なんかゾクゾクする。やな感じじゃないけど、その……!
「っ……!」
思わず、ビクッと肩をすくめると、イノリは楽しそうに目を細めた。
きゅ、と指を一瞬強く握られる。
「こうして、表に引っ張り出すの」
「ぁっ……!」
息を飲む。
今、触れてるところから、電気が走ったみたいになった――。
ゾクゾクって、背中が勝手に震えてしまう。
と、ぽん、って金色の光がまんまるい玉になって、つないだ手の上に浮かんだ。光の玉は、ぽかんと見ている俺の目の前で、すぐ霧散してしまった。
イノリは、にこにこと笑って言う。
「つまり、俺の魔力で引っ張って、トキちゃんの魔力を外に連れ出すってかんじかな。さっきは、中に入れなかったけどー」
「……へ、へえ~。サンキュ、イノリ」
どぎまぎしながら、空いた手で胸を押えた。
な、なんか、やばくね?
いや、昨日のとどう違うのかって、言われたらそうなんだけど。でも、なんかこれ……。
うまく言えねえんだけど、イノリに頼んでいいのかって感じがする。
だからって、他の奴に頼めるかって言うと、――それはそれで変なんだけど。
いや、なにが変とかわかんねえけど!
「で。トキちゃん、どうしたい?」
「へ?」
「魔力、起こしちゃう? もしするならさ、トキちゃんさえ良かったら、俺がしたいんだけど」
「えっ」
真面目な顔で、俺を見つめるイノリ。なんか、じんわりと顔面に汗が染みてくる俺。ごくっと、唾を飲む。
サンキュー、イノリ。俺からも頼もうと思ってたとこ!
渡りに船、そう答えるつもりだったんだけど。
「か、考えさせてもらっていいかな……」
口から出たのは、なんともしょぼくれた返事だった。