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第24話

「から――ますって。――」


 なんか、イノリの声がするような。

 ウトウトとまどろみながら、側のあったかいものにくっついた。

 甘い香りがして、落ち着く。

 頭上で、くすっと笑い声がした。背中をぽんぽんと優しいタッチで触れられて、また瞼が落っこちそうになる……。


「――ぇ? だからぁ――昼はかけてこないでって、言ってんじゃないっすか――いや、無理なもんは無理っす――もういいっすか、トキちゃん起きちゃうんで」


 ぱち、と目が開いた。

 トキちゃんって、俺じゃん。

 ぐりんと首を仰のけると、イノリの喉仏が動くのが見えた。ちっさい端末を耳に当てて、なんか喋ってるみたいだ。

 てか、俺、イノリの膝枕で寝てるし。

 身じろぎすると、ふわりと甘い香りがする。

 肩にかけられた、イノリのカーディガンからだった。道理で、あったかいはずだ。

 俺が起きたのに気づいたらしく、イノリが通話を切る。


「ごめん、起こしちゃったね」

「や。ふつーに目開いただけ」

「そっか。もうちょっと寝てて平気だよ」

「んー」


 肩を撫でられて、ほわっと眠気がぶり返す。眠い……。

 けど、いい加減イノリの膝にも悪いしな。俺は、えいやっと気合を入れて、ガバリと体を起こした。

 見ると、イノリはシャツ一枚だっていう状態。

 慌ててカーディガンを脱いで、イノリの肩に巻きつけた。


「ごめんな。寒かったろ?」

「大丈夫だよー? 俺、体温高いから」

「いやいや、いくらなんでも……あれ?」


 イノリの手を握ると、ほわんとあったかい。頬にぺたぺた触れても、じわっと熱がしみてくる。なんで? 

 カーディガンに腕を通しながら、イノリが「ねっ」て感じに笑った。


「火の元素を操って、ちょいっと調節してるから寒くないんだぁ」

「マジ!? すげえなお前」

「へへ」


 イノリが得意そうに笑う。やべえ、魔力のコントロールってそんなことも出来んのか。湯たんぽいらずじゃん。

 感心していた俺だったが、ふとイノリの手にある端末に目が留まる。


「イノリ、それ何よ?」

「これ?」


 イノリは、目の高さに端末を持ち上げた。ピンク色で、ピーマンくらいの大きさがある。


「これね、ちょー使用範囲の狭い、電話みたいなもん。生徒会で、仕事の連絡するときに使うんだけど、それ以外には使えないシロモノってゆーか」

「ほほう。トランシーバーみたいな?」

「それー。それっぽい」


 イノリは、端末を手の中で弄んだ。

 それにしても、電話か。生徒会って連絡取り合えんだなあ。ちょっと羨ましい。


「そういや、さっきかかってきてなかったか? 行かなくて大丈夫なん?」

「ん? 平気だよ。急ぎの用じゃなかったしー」

「そっかあ」


 まあ、イノリが言うならそうなんだろうな。こう見えて、けっこう真面目な奴だから。


「ところでさ、トキちゃん。体は大丈夫?」

「へ?」

「さっき俺、トキちゃんの魔力に触ったじゃん。なんか辛いとか、おかしいところとか、無い?」


 イノリは心配そうに俺の様子を窺ってる。

 急に寝ちまったから、心配かけたみたいだ。俺はニカッと笑って、腕をブンブン振ってみせる。


「全然! むしろ、よく寝てスッキリした」

「よかった」


 イノリは、ホッとしたみたいに息を吐く。

 それから、ちょっと真面目な顔になって俺の手を取った。


「トキちゃん。さっきのあれをしてね、わかったことが……」


 キーンコーンカーンコーン。


 イノリの声を遮って、無情にも予鈴が鳴る。

 ええ、そんなんありかよ?!

 でも、運の悪いことに次の授業は移動で。つい、がっくり項垂れてしまう。

 イノリも、残念そうに苦笑してる。


「悪い、俺行かなきゃ」

「うん。詳しいことは、また明日話すよ」

「わかった、明日な」


 と。放しかけた手を、もう一度思い直したように握り直される。


「でも、これだけ言うね。トキちゃんは、ぜったい強くなるよ」


 両手をぎゅっと握られる。強い力だった。


「だから、心配しないで。トキちゃんらしく頑張って」

「イノリ……」


 イノリが真っすぐな、きらきらした目で言う。

 俺は、その目を見上げて、なんか言葉に詰まっちまう。

 自慢じゃないけど、俺はあんまり悩んだことがない。夜眠れないほど、辛かったこともない。

 でも、それってたぶん、俺がアッパラパーだからってだけじゃねえよな。

 俺も、ぎゅっとイノリの手を握り返した。


「おう、ありがと!」


 イノリが、嬉しそうに笑う。

 ふいに、胸の奥から、ざわざわって何か走り出す感じがする。

 たぶん、嬉しいより、もっとワクワクするような気持ちだった。




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