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第23話

 魔力に触るって、どういうことよ? 

 首を傾げる俺に、イノリがニコニコと説明する。


「あんね、トキちゃんの中に俺の魔力を流し込むでしょ。魔力はさ、血と同じでぐるぐる体を巡ってんの。だから、その流れに乗って行けば、トキちゃんの「真ん中」にたどり着けるってことなんだよねー」

「へ、へぇ~」

「真ん中に触ったら、トキちゃんの魔力の性質がどんなのか、俺わかると思うよ?」


 と、首をこてんと傾げるイノリ。手をニギニギされながら、俺はポカンとする。

 お前、さらっと言ってるけど、それってすごいことなんじゃね? 


「大丈夫、まかせて。俺ねー、自慢じゃないけど巧いほうだから」

「そうなん?」


 巧い下手があんのか。

 まあ、イノリは昔っから手先が器用だからな、そういう感じかもしれん。

 くだくだ考えてもわかんねえし、イノリに任せることにした。


「俺、どうしてたらいい?」

「えーとね、こっちきて。で、ゆったり座って」

「ほいほい」


 イノリに手を引かれ、教壇に向かい合って胡坐をかく。お互いの膝がくっつくくらい近い。


「手はこっちー。しっかり握ってて」


 胸の高さで、両手を組み合わせた。ぎゅっと指に力を入れると、イノリが柔らかく目を細める。


「トキちゃん、なるたけ安心して、力抜いててね。俺、絶対失敗しないし、危ないことしないから」

「わかった。超ボーっとしとくわ」

「ふふ、お願い。じゃあ、始めるよ」


 イノリが静かに目を伏せる。

 どうなんのかなって、ワクワクしながら待ってたら、ポワーとイノリの手が眩く光り始めた。

 おお。手のひらが、擽ったいみたいな、あったかい感じがする。

 これ、イノリの魔力なのか。なんか不思議だなぁ。

 イノリはじっと目を閉じて、特に何も詠じてないみたいだ。

 そのうちに、光が徐々に小さくなる。

 いや。俺の手に、吸い込まれるみたいに入って行ってるのか。

 手のひらが、ふわふわした。

 と思ったら、肘の方までふわふわが一気に来る。

 うわ、ちょっと擽ったい。やな感じじゃないけど、腕の中を風が吹き抜けたみたいな――。


「わっ」


 急に、イノリが小さく叫んだ。放された手から、さあっと不思議な感覚が抜けてく。

 「あれっ」て思って、イノリを見てぎょっとする。

 顔、真っ赤じゃねえか!


「ど、どうしたイノリ?!」

「ご、ごめ……こんなすぐに入っちゃうと思わなくて……」

「はぁ?」


 イノリは、手で覆った顔を背けて、ごにょごにょ言った。首まで赤いけど、大丈夫かコイツ。


「具合でも悪ぃの?」

「大丈夫…………ねえ、トキちゃん。他の人にもこんなんじゃないよね? もっと抵抗してくれるよね?」

「はあ?」


 目尻を赤くしたイノリに、上目に見られて戸惑う。

 他も何も、お前以外としたときねえじゃんよ。たまに変なこと言い出すんだよなあ。

 首を傾げてたら、イノリは胸に手を当てて呼吸を整えてる。


「ごめん。続きするね」

「? おう、頼む」


 気を取り直したのか、もう一度手を繋ぐ。

 すぐに光が溢れ、手のひらに吸うように染み渡ってくる。

 イノリはさっきまでと違い、目を閉じてはなかった。ちょっと緊張気味に、唇を噛んでいる。

 腕の付け根くらいまで、例のふわふわが進んできたとき、イノリが口を開く。


「トキちゃん、大丈夫?」

「うん、全然」

「じゃ、ゆっくり進めるね」


 頷くと、ふわふわが進行してくる。

 ゆっくりと体があったまってきて、ふわふわと浮くような感じがしてきた。やべ、ちょっと眠い。

 さすがに寝るのはイカンだろと、俺は根性で目をかっぴらいた。

 イノリの、真剣な目が間近にあって、ついまじまじと眺める。

……そういや、イノリの目って不思議な色してるよなあ。真ん中の方は薄茶なんだけど、外に向かって緑ぽくなってんの。

 初めて見た時、びっくりして「おまえのかあちゃん、ガイジン?」て聞いたっけ。我ながら、バカ丸出しだな。

 イノリは、たしか「ちがうよー、まじょだよ」って……。


「あ」


 ふいに、さあっと強い風が逆巻いた。

 俺とイノリは、手を繋いだまま背の高い草の中に座ってる。

 風がざあざあ吹いてきて、草が波みたいにそよいだ。強い風にちぎれた葉が、澄んだ空に舞いあがる。


「ええっ?!」


 俺はぎょっとして、つないだ指に力を込めた。


「トキちゃん」


 イノリの声に、ハッとする。

 気づけば、もとの教室だった。草も風もない、完全に屋内だ。

 さ、さっきのは何だったんだ?


「大丈夫? さっき、ちょっと触ったんだけど」

「えっ」


 心配そうなイノリに、目をのぞき込まれる。


「触ったって?」

「トキちゃんの真ん中に。やっぱ、怖かった?」

「ああ……」


 言われて、ぼんやりとわかった。真ん中ってのにイノリが触って、それでさっきの景色が見えたのか。

 ふと見れば、指が白くなるくらい、イノリの指を握ってた。慌てて力を緩める。


「トキちゃん、疲れたでしょ。今日はここまでにしよう」

「イノリ……わるい」

「ううん。俺が、ごめん。急ぎすぎちゃった」


 ゆっくりと体の内側から、不思議な感覚が引いていく。指先まで元に戻ると同時に、俺はぱたんとイノリに凭れた。

 やべえ。眠くて体の力が入らん。


「眠っていいよ、トキちゃん。ちゃんと起こしてあげるから」

「うー……」


 イノリが受け止めてくれたのをいいことに、俺は目を閉じた。

 体が抱え直される気配がする。


「驚かせてごめんね……でも、わかったよ。トキちゃんは、やっぱり――」


 甘い香りの中、夢うつつにイノリが何か言ってたけど。眠すぎて、何言ってんのかわかんなかった。



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