魔力に触るって、どういうことよ?
首を傾げる俺に、イノリがニコニコと説明する。
「あんね、トキちゃんの中に俺の魔力を流し込むでしょ。魔力はさ、血と同じでぐるぐる体を巡ってんの。だから、その流れに乗って行けば、トキちゃんの「真ん中」にたどり着けるってことなんだよねー」
「へ、へぇ~」
「真ん中に触ったら、トキちゃんの魔力の性質がどんなのか、俺わかると思うよ?」
と、首をこてんと傾げるイノリ。手をニギニギされながら、俺はポカンとする。
お前、さらっと言ってるけど、それってすごいことなんじゃね?
「大丈夫、まかせて。俺ねー、自慢じゃないけど巧いほうだから」
「そうなん?」
巧い下手があんのか。
まあ、イノリは昔っから手先が器用だからな、そういう感じかもしれん。
くだくだ考えてもわかんねえし、イノリに任せることにした。
「俺、どうしてたらいい?」
「えーとね、こっちきて。で、ゆったり座って」
「ほいほい」
イノリに手を引かれ、教壇に向かい合って胡坐をかく。お互いの膝がくっつくくらい近い。
「手はこっちー。しっかり握ってて」
胸の高さで、両手を組み合わせた。ぎゅっと指に力を入れると、イノリが柔らかく目を細める。
「トキちゃん、なるたけ安心して、力抜いててね。俺、絶対失敗しないし、危ないことしないから」
「わかった。超ボーっとしとくわ」
「ふふ、お願い。じゃあ、始めるよ」
イノリが静かに目を伏せる。
どうなんのかなって、ワクワクしながら待ってたら、ポワーとイノリの手が眩く光り始めた。
おお。手のひらが、擽ったいみたいな、あったかい感じがする。
これ、イノリの魔力なのか。なんか不思議だなぁ。
イノリはじっと目を閉じて、特に何も詠じてないみたいだ。
そのうちに、光が徐々に小さくなる。
いや。俺の手に、吸い込まれるみたいに入って行ってるのか。
手のひらが、ふわふわした。
と思ったら、肘の方までふわふわが一気に来る。
うわ、ちょっと擽ったい。やな感じじゃないけど、腕の中を風が吹き抜けたみたいな――。
「わっ」
急に、イノリが小さく叫んだ。放された手から、さあっと不思議な感覚が抜けてく。
「あれっ」て思って、イノリを見てぎょっとする。
顔、真っ赤じゃねえか!
「ど、どうしたイノリ?!」
「ご、ごめ……こんなすぐに入っちゃうと思わなくて……」
「はぁ?」
イノリは、手で覆った顔を背けて、ごにょごにょ言った。首まで赤いけど、大丈夫かコイツ。
「具合でも悪ぃの?」
「大丈夫…………ねえ、トキちゃん。他の人にもこんなんじゃないよね? もっと抵抗してくれるよね?」
「はあ?」
目尻を赤くしたイノリに、上目に見られて戸惑う。
他も何も、お前以外としたときねえじゃんよ。たまに変なこと言い出すんだよなあ。
首を傾げてたら、イノリは胸に手を当てて呼吸を整えてる。
「ごめん。続きするね」
「? おう、頼む」
気を取り直したのか、もう一度手を繋ぐ。
すぐに光が溢れ、手のひらに吸うように染み渡ってくる。
イノリはさっきまでと違い、目を閉じてはなかった。ちょっと緊張気味に、唇を噛んでいる。
腕の付け根くらいまで、例のふわふわが進んできたとき、イノリが口を開く。
「トキちゃん、大丈夫?」
「うん、全然」
「じゃ、ゆっくり進めるね」
頷くと、ふわふわが進行してくる。
ゆっくりと体があったまってきて、ふわふわと浮くような感じがしてきた。やべ、ちょっと眠い。
さすがに寝るのはイカンだろと、俺は根性で目をかっぴらいた。
イノリの、真剣な目が間近にあって、ついまじまじと眺める。
……そういや、イノリの目って不思議な色してるよなあ。真ん中の方は薄茶なんだけど、外に向かって緑ぽくなってんの。
初めて見た時、びっくりして「おまえのかあちゃん、ガイジン?」て聞いたっけ。我ながら、バカ丸出しだな。
イノリは、たしか「ちがうよー、まじょだよ」って……。
「あ」
ふいに、さあっと強い風が逆巻いた。
俺とイノリは、手を繋いだまま背の高い草の中に座ってる。
風がざあざあ吹いてきて、草が波みたいにそよいだ。強い風にちぎれた葉が、澄んだ空に舞いあがる。
「ええっ?!」
俺はぎょっとして、つないだ指に力を込めた。
「トキちゃん」
イノリの声に、ハッとする。
気づけば、もとの教室だった。草も風もない、完全に屋内だ。
さ、さっきのは何だったんだ?
「大丈夫? さっき、ちょっと触ったんだけど」
「えっ」
心配そうなイノリに、目をのぞき込まれる。
「触ったって?」
「トキちゃんの真ん中に。やっぱ、怖かった?」
「ああ……」
言われて、ぼんやりとわかった。真ん中ってのにイノリが触って、それでさっきの景色が見えたのか。
ふと見れば、指が白くなるくらい、イノリの指を握ってた。慌てて力を緩める。
「トキちゃん、疲れたでしょ。今日はここまでにしよう」
「イノリ……わるい」
「ううん。俺が、ごめん。急ぎすぎちゃった」
ゆっくりと体の内側から、不思議な感覚が引いていく。指先まで元に戻ると同時に、俺はぱたんとイノリに凭れた。
やべえ。眠くて体の力が入らん。
「眠っていいよ、トキちゃん。ちゃんと起こしてあげるから」
「うー……」
イノリが受け止めてくれたのをいいことに、俺は目を閉じた。
体が抱え直される気配がする。
「驚かせてごめんね……でも、わかったよ。トキちゃんは、やっぱり――」
甘い香りの中、夢うつつにイノリが何か言ってたけど。眠すぎて、何言ってんのかわかんなかった。