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第22話

 例えば、目の前にある親子丼。

 俺はこれを食うために、付属のプラスプーンを握って、飯をすくう。

 このなにげない一連の動作にも、実は元素ってやつが体の中で動いてて、そのお陰で親子丼にぱくつけるってわけで――。


「トキちゃん、トキちゃん」

「へ?」


 対面で、イノリが不思議そうな顔をしている。


「食べないの? さっきから、掬ってばっかりだけど……」

「あ!」


 見れば、スプーンの上に卵と米が小山を作っている。今にも雪崩をおこしそうなそれを、慌てて丼の中に戻す。あぶねえ。

 つい、元素のことで頭がいっぱいだった。せっかくイノリと昼飯食ってんのに、こんなんダメだろ。

 案の定、イノリは怪訝そうに首を傾げている。


「珍しいね、ご飯のときにボーっとしてるの。おなかいたい?」

「いや、んなことねえよ! 超元気だし!」


 誤魔化そうと、ガツガツとかき込んでみせる。

 と、飯が一粒、ロケットスタートで喉に突っ込んできた。「ごふっ」と盛大に噎せた俺に、イノリが慌てて駆け寄ってくる。


「大丈夫? ダメだよ、無茶しちゃ」

「お、おう……」


 背中をさすってもらいながら、茶を飲んで少し落ち着いた。はふはふと息を吐いてると、顔をのぞき込まれる。


「……トキちゃんさ、なんかあったんだろ」

「えっ、別に。何もねえけど!」


 じとーっと間近に見つめられて、つい目を逸らした。

 するとイノリは、「こら」って俺の頬を両手で包んで引き戻す。


「俺、言ったよ? ちからになるから、何でも話してねって」

「いや、その」

「トキちゃんも、うんって言ってくれた」

「うぐっ」


 念を押すように言われて、しどろもどろになる。

 うう、こいつって、たまにすげえ押しが強いんだよな。ニコニコ笑ってんだけど、圧がやべえの。

 気がつけば、補習のことも、元素が全然わからんということも、あらいざらい話しちまってた。


「なるほどー。元素のありかかぁ」

「もう、全然わかんねえのよ……先生は『動くと、どれかに振れる感じがするはず』って言ってたんだけどさ。どういうことなんかなぁ」


 結局、十キロくらい走ったけど掴めずじまいだよ。先生にも「ここまで走ってわからんか」って逆に感心されちゃってさ。俺ってかなり鈍いのか。

 イノリは、唇に指を当てて思案してる。


「そうだなあ。肉体の元素ってさ、大抵どれかに偏ってるじゃない? だから、体を動かすと、その部分が「浮き出る」っていうか、ソワソワしてくる感じがするかも」

「え。偏ってるとは?」

「んー、えっとね……」


 イノリは黒板に向かうと、白いチョークで小さな正方形を書いた。

 四つの頂点に、「風・火・水・土」と書きそえる。


「人間の体って、四元素が調和して正常なんだって。でぇ、このバランスが崩れると、病気になったりすんの」

「へえ!」

「ヒト族はね、生命維持に必要な分しか元素をもってないんだよ。だから、体も弱いし、寿命も短いよね。でも、魔法使い族は、元素をいっぱい持って生まれてくるから……」


 イノリは、「こんなかんじ」と言いながら、小さな四角の周りを黄色のチョークで大きく囲った。少しいびつなひし形を、イノリは指でさす。


「この余りの部分の元素がね、安全に自由に使える魔力ってこと。で、これが大抵、四つのうちどれかに偏るんだよね。これは、俺のステイタスなんだけど、風に偏ってるでしょ?」

「あ、ほんとだ」


 黄色のでっかいひし形は、確かに風の方向に大きく振り切れてる。


「俺は風の元素が多いから、長く走ると体がふわふわ浮く感じがする。逆に、土の元素が多い先輩は、体が重くなってくるって言ってた」

「そうだったのか」


 イノリに説明してもらって、なんとなくわかった気がする。

 沢山持ってる元素ほど、長時間の運動で表に出てくる。で、それがどんな作用かを感じ取ることで、元素を感じ取れるってことか。

 でも、俺ぜんぜん「ソワソワ」も「重い」もなかったんだけど……。


「なあ、イノリ。俺もしかして、メチャクチャ魔力が少ないのかも」

「えっ?」

「めっちゃ走ったけどさ、とくに普段と変わったとこなかったし……どっかに振れるくらいも、魔力がねえってことなんかなあって」


 俺の言葉に、イノリは目を丸くした。思いがけないことを聞いたみたいに、眉を下げる。


「そんなことないと思うよ?」

「うーん、でもなー」


 イノリは否定してくれるけど。俺としては、そうとしか思えない気がして。だって、マジで全然わかんねんだもの。


「ほんとだよ。トキちゃんは少ないって言うか、むしろ――」


 イノリは、何か言い募ろうとして、ハッとしたように目を見開いた。

 そして、ぱっと歩み寄ってきて、俺の手を取る。


「じゃ、俺が見てあげよっか?」

「へ? 何を?」

「トキちゃんの魔力、どんなんなのか見てみんの。こうやって……」


 イノリは、俺の両手の指に、あいつの指を絡めた。ぎゅっと力を込めて、握り合わされる。

 きょとんとすると、イノリはにっこり笑って言った。


「俺の魔力でさ、トキちゃんの魔力に触れたらわかると思う」


 ん? どゆこと?


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