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第16話

「なんかシップ臭え」


 部屋に帰ってくるなり、佐賀先輩は言った。

 眉間に皺を寄せて、鼻をひくつかせる顔が、近所のボブ春そっくりだ。ちょっと和みつつ、挙手する。


「すんません、俺っす」

「てめえかよ。怪我でもしたんか」

「うす。げんそくんに投げられちゃって」

「は。だっせ」


 佐賀先輩は鼻で笑うと、鞄を二段ベッドの上にボンと投げ入れる。

 と、勉強を教えてくれていた西浦先輩が、眉を吊り上げた。


「そんな風に言うなよ。吉ちゃん、怪我してるんだから」

「あ? 関係あんのかよ」


 佐賀先輩も、片眉を跳ね上げる。着替え途中で、裸の上半身がムッキムキだ。威圧感が半端ねえ。

 にらみ合う二人に、俺は慌てて割って入った。


「いや、俺、丈夫なんで! ほんと大丈夫っす」

「そう? 無理しないでいいんだよ?」

「うすっ」


 心配そうに眉を下げる西浦先輩に、俺は二カっと笑って見せる。

 西浦先輩って、優しいよなあ。

 シップ臭させて帰ったら、血相変えて駆け寄ってきてくれてさ。背中痛えだろーって着替えも手伝ってくれたんだ。

 まあ実のところ、そんなに酷い怪我じゃねえから、ちょっと悪いなぁって思ったりもするけどな。

 俺、マジで頑丈なところが取りえだからさ。シップが効いてて、もう全然痛くねえの。

 Tシャツ短パンに着替えた佐賀先輩が、俺のベッドに腰かける。


「吉村、追試受かったんだろうな」

「あ、はい! おかげさんで、今日やっと受かりました」

「そーかよ」


 佐賀先輩は、俺の枕元のマンガを取って読みだした。てか、何気に、気にしてくれてたんだ。けっこう親切だよなあ。

 西浦先輩は、喉に骨が刺さったみてえな顔で、佐賀先輩を見ていた。

 その謎の表情は、俺の視線に気づくと、苦笑にかわる。


「もうすぐ夕飯だね。この辺りにしとこうか」

「うす。ありがとうございました」


 教科書を片付けて、コップを重ねたら暇になって。


「そういえば、先輩。ちょっと、聞きたいことあるんすけど」

「ん、なに?」


 どうせだから、聞いておこうかと。

 俺は、鞄をゴソゴソ探ると、プリントを一枚取り出した。

 机に置くと、西浦先輩が覗き込み「ああ」って頷いた。


「冬季決闘大会の案内か。これがどうかしたの?」

「今日、葛城先生から貰ったんす。けど……」



 葛城先生は、放課後クラス皆にこのプリントを配った。

 全員の手に渡ったのを確認して、先生はオホンと咳払いする。


「えー、今年も冬季決闘大会が開催される。学園主催の決闘大会で、冬休み前の祭りみたいなものだ。細かいことは、プリントに記載したから読んでおくこと」


 クラスメイトのほとんどが、すでにわかってたみたいでさ。プリント握りしめて、見るからにわくわくしてた。

 決闘なら、普段からしてんのに。なんか特別なことでもあんの?

 葛城先生は、頼もしそうにクラスを眺めて、こんなことを付け足した。


「そうだ。決闘大会には、原則全員参加だぞ。欠席は、どうにもならない健康上の理由か、のっぴきならない家族の用事以外は認めない。どうしても欠席する場合は、事前の申請がいるから、早めに申し出る様に」


 言いながら先生は、ちらっと俺を見たような気がする。




「決闘大会って、普通の決闘と何か違うんすか?」

「そうだね。一番大きいのは、ハイリスク・ハイリターンが狙えるところかな。普段の決闘は、生徒会と風紀の管轄でやってるでしょう。だから、あんまり危険なカードはストップがかけられるんだ」

「どういうことっすか?」


 首を傾げると、佐賀先輩が口を挟む。


「魔法バトルはガチだろ。実力差がでかすぎると、大惨事になりかねねェ。だから、序列が三つ以上離れた相手には、挑むことが出来ねえようになってんだ」

「へぇ、そうなんすか!」


 確かに、俺とかは、ぼっこぼこにされる未来しか見えねえもんな。

 決闘は断んなとか言われて、超やべえって思うけど、一応の線引きはされてたらしい。


「てめえの場合、いつもは黄か白にしか挑めねえってこった。だが」

「決闘大会はね、学園主催でしょ。学園OBの、一級の治癒術師をかき集めて開催されるんだ。だから、多少の惨事はなんとかなるってことで、カードの制限がなくなるんだよ」

「え」

「つまり、序列の関係で挑めねえ相手に挑んで、一発逆転狙えるかもしれねーってこった。毎年、すげぇぜ。白から、紫に上がった奴もいる。逆に、急落する奴もな」

「へ、へええ」


 何それ、やべえ。天国から地獄の様相じゃん。

 思わず、遠い目になっちまう。

 すると、西浦先輩が気づかわしそうに身を乗り出した。


「吉ちゃん、吉ちゃんはまだ決闘したことないだろ? 黒は……その、挑まれにくいから」

「逆にな」

「佐賀! ……決闘大会は、学園主催ゆえの無法状態なんだ。下位をいたぶるような、性質の悪い奴もいる。もし、吉ちゃんが不安なら、欠席してもいいと思うよ。その、転校してきたばっかりだしさ」


 西浦先輩は、言いづらそうに目を伏せた。俺の為に、めちゃくちゃ言葉を選んでくれてるのが、わかった。

 答えあぐねていると、佐賀先輩が、ハッと鼻で笑った。


「相変わらずの臆病風だな。勝てるもんも勝てねえわけだ」

「何……?」


 やべえ。西浦先輩の目つきが、めちゃくちゃ怖い。

 佐賀先輩は、苛々と楽しさが半々、みたいな複雑な顔で笑ってるし。

 今までで、一番張り詰めた雰囲気になって、俺は焦った。


「あああの! 先輩がた、色々教えて貰って、ありがとうございました! 俺、ちょっといろいろ考えてみますよっ!」


 ガバッと立ち上がって、叫んだ。空気読めねえふりで、空気をぶち壊す作戦だ。

 が、二人は無言でにらみ合ってる。


「もう夕飯っすよね! 行きませんか?」


 無言。


「……あーっと。俺、先行きますね! ごゆっくり!」


 俺は、財布をケツに突っ込むと、部屋を出た。

 扉が閉まる直前、部屋の中を振り返ると、二人が睨み合ってるのが見えてあちゃーっとなる。

 やべえ、やっちまった。てか、ごゆっくりってなんだよ俺。





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