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第14話

「トキちゃん、生徒会長が話しに来たの覚えてる?」

「おう、もちろん」


 俺は、あの日のことを思い出した。

 たしか、転校して三日目だったはず。

 俺のクラスで昼飯を食っていたら、生徒会長の八千草先輩がイノリを訪ねてきた。

 あの人が入ってきた瞬間、ぶわってクラスの空気が浮き立って、なんか異様だったっけ。


「桜沢祈、大事な話がある。ちょっと顔貸せよ」


 なんつって、「否とは言わせねえぜ」って態度で、顎をしゃくってさ。

 イノリはイノリで「いま、ご飯食べてるのでー」って、どこ吹く風で答えてた。

 俺はと言うと、はらはらしてたな。

 っていうのも、地味に体育会系だったからさ。先輩の言う事にゃ、とりあえず「はい!」って言うもんだってのが、染みついてるわけ。

 俺は、そっぽ向いていたイノリの袖を引いた。

「おい、行ったほうがいんじゃね? なんなら俺もついて行くからさ」って耳打ちすると、イノリはへにゃんと眉を下げた。

 で、しぶしぶ「トキちゃんはごはん食べててー」ってついて行ったんだ。

 二人が出てったあとも、クラスメイトはざわついてて、好き勝手に色々話してた。「生徒会の勧誘じゃないか」って声が一番でかかったな。

 実際、戻ってきたイノリに聞けば、そういう話だったらしく。


「何かねえ、生徒会入んないかって言われたんだぁ。でも、今は席が空いてないから、誰かに決闘挑んで、勝ったら入れてやるってさ。何それ、超めんどくせーって思ったから、「興味ないでーす」って、帰ってきた」


 怖いもん知らず過ぎて、ビビったから良く覚えてる。


 でも、肩口になつくイノリは、生徒会とかどうでも良さそうで。生徒会って話によれば、世紀末なやつらの集まりだし、危なそうだって俺も思ったし。

 ま、いいかって、話はそこで終わったはずだった。


「それがどうして、生徒会に入ろうって思ったんだ?」


 イノリは、俺と距離を置いてから生徒会に入った。庶務の藤川先輩に決闘を挑み、その席を手に入れたのだと、学校中の噂になっていた。そりゃ、驚いたさ。

 イノリは、膝の上で両手を握りしめた。


「生徒会に入ったのは……ちからが欲しかったから」

「え?」


 ちからとな。思わずきょとんとしちまうが、イノリの顔は真剣そのものだ。


「序列の「紫」ってさ、数が少ないじゃん。だから、皆そこを目指すんだって。紫はすげー、ああなりてーって。別に、そんな大したもんじゃないのにね」


 イノリは自嘲気味に言って、ネクタイを指に絡めた。


「俺は、転校したての未熟な紫だから、標的にされたっぽいんだよね。毎日、決闘しろ、決闘しろってウザくてさー。ほら、決闘で勝ったら、相手の序列を奪えるじゃん。俺からなら、奪れると思ったんだろうね」

「なっ!」


 俺はぎょっとした。全部初めて聞いたことばっかりだ。がばっと立ち上がると、イノリの腕を掴み、揺さぶった。


「お前、そんなあぶねえ目にあってたのかよ?! 聞いてねえぞ、そんなん! おまえ、怪我とか――」 

「トキちゃん、大丈夫だよ! 俺、ぜんぶ断ってたんだ。決闘って、基本断わっちゃいけないらしいけど。俺は、転校したてだったし、猶予ってことで許されたから」

「そ、そっか。イノリ、ごめん……」


 イノリの言葉に、俺は手の力を抜いた。

 知らないうちに、イノリがそんな危ない目にあっていたなんてショックでさ。

 それに、全然気づけなかった自分にも、心底ガッカリだった。


「トキちゃん」

「!」


 そっと、俺の手が包むように握られる。顔を上げると、イノリが眉を下げて笑っていた。


「俺が隠してたんだよ。トキちゃんは何も悪くない」

「けどさ、」

「いいんだ。むしろ、俺があさはかだった。俺が適当にしてたせいで、トキちゃんが酷い目にあわされたんだから」

「え?」


 イノリは、ぎゅっと一度強く手を握ると離した。それから、両腕を伸ばして、俺を正面から引き寄せた。甘い香りに包みこまれる。


「イノリ?」

「ごめん。トキちゃん、もうあんな目にあわせないから……」


 イノリは辛そうな声で言うと、俺の肩や腕に触れた。まるで、俺の体がきちんと健康でいるか、確かめるようにやさしく。

 俺は、イノリが何を謝っているのかわからず、不思議だった。


「なあ、イノリ。何言ってんだ? なんで、そんな辛そうな顔してんだよ」


 手のひらでイノリの両頬を包む。イノリの目が、間近に大きく見開かれた。


「…………トキちゃん、覚えてないの?」

「何がよ」

「……そっか。なら、いいんだ。覚えてないなら、それが一番」


 驚愕していたイノリだったが、一人で何やら納得してしまったようだった。それじゃ、俺は釈然としないわけで口を尖らせる。


「いや、よくねぇだろ」

「いいんだよ。ただ、俺がさ。もうトキちゃんを危ない目に遭わせないって、そう思ってること。それだけ、知っておいて」

「えええ」


 イノリは、ニコっと笑う。やだ、俺の親友がカッコイイ。

 しかし、このイノリの過敏なかんじは何だ。一体、俺に何があったんだって言うんだろう。

 いや、そういえば。

 イノリに距離を置かれる直前、知らん間に医務室にいたけども……。


「会長にさ、中途半端な権力は自滅の元だって言われたんだよね。そのときは、意味わかんなかったけど、こういうことかぁって、後から思う部分があってね。だから、生徒会に入ることにしたんだ。とりあえず、みんなに一目置かれて見ようと思ってさ」

「つまり、なめられねえように?」

「そんなかんじ。俺がすげぇ強いってわかれば、なめた真似できなくなるかなあって」

「おお~」

「決闘受けまくって、かたっぱしからぼこぼこにしてみてる。最近、けっこう怖がられてきたかなって思うんだぁ」

「そ、そっかぁ」


 ニコニコと武闘派なことを話すイノリに、俺は内心ちょっとどぎまぎした。

 すると、イノリは、突然口を噤み、俺の手を取った。


「でね……昨日やっとこの部屋が俺のスポットってことになったんだ」

「スポット?」

「えっとね、生徒会とか、紫の強い生徒がよくいるとこっていうか……。縄張りみたいなかんじ。怖いから近寄っちゃ駄目だって、みんながルールにするんだって」

「ああ、なるほど!」


 俺は、ぽんと手を打った。さっきの青い頭の人が言ってた、スポットってのは上位者の縄張りのことだったのか。

 すると、イノリはじっと俺を見つめて言った。


「まだ、俺と一緒にいたら、100%安全って言えないんだ。外では、知らない顔しなきゃなんないと思う。でも、ここなら、危険なことは無いはずだから。だから……お昼だけでいいから、俺と一緒にいてくれる?」


 「駄目かな?」って、不安そうに揺れる目が言っていて。俺は、馬鹿だなって思った。その気持ちのまま、イノリに飛びついた。


「わっ!」

「当たり前だろ!」


 イノリと、また一緒にいられる。

 そんなこと、俺が喜ばないはずないじゃんか。




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