ある所に、1人の旅人が居た。
彼の周りはいつも妖精達が集まり、それはそれは賑やかで。そうした陽気な雰囲気が周りにも伝播し、いつしか彼の周りには種族問わず、彼の事を好いた者達が集まっていた。
彼は言う。――旅を拝命した、我はそこへ向かう者なり。
彼は言う。――これは1つの旅が終わる毎に、突然頭の中に降ってくる言葉なんだよ。
彼は言う。――君はまだ小さい。いずれ分かる時が来る。
何時しか彼は父となり、子が出来た。
しかしながら、旅は彼を離しはしなかった。いつもの様に、いつも通りの文言を、申し訳なさそうに言う彼に、妻は苦笑いを浮かべながらも大丈夫と言って送り出す。
彼が家に不在の間、沢山の旅の仲間が家を訪れては妻と共に子育てを行い、沢山の彼とした冒険の数々を子供へと聴かせ続けた。
そうして時は経ち、彼は老人へ、子は大人へと成長を遂げ。共に旅をする仲となった。
老いた妻はそんな彼らを見て、満足そうに笑いながらも毎度送り出してくれる。
そんな事を続けている内に――今度は子が親となった。
彼にとっては初孫だ。嬉しくないはずもない。
この時ばかりは、彼に旅を与える何者かも彼の気持ちに沿ったのだろう。
旅の目的が、孫への珍しい贈り物を見つける為へと変化していた。
そうやって過ごしていると、孫はまだ小さいというのに彼や子の旅に同行するようになった。
親子三代での旅だ。幼い孫を連れていける場所などたかが知れている。
だが、彼はそれで良かった。満足していた。
旅が終わり、街へと凱旋する為の行脚の途中。
幼い瞳が私を真っ直ぐに射抜きながら、辿々しい言葉でこう言った。
「おじいちゃん」
「なんだい?」
「そのね、なかよくしてあげて」
「誰とかな?」
「みんなと」
私は一瞬戸惑ってしまった。
別段、旅の仲間と仲が悪くしていたわけでもなし。多少、道程で揉める事はあろうが日常茶飯事。目の前の私の孫も、それくらいならば喧嘩ではないと知っているはずだ。
故に、私は悟った。
時が来たのだと。
「あい分かった。みんな、だね?」
「うん、みんな!ころぽっくるさんでしょ?しるふさんも、えるふさんもそうだし、どわーふさんも!」
「うんうん、仲良くしよう。おじいちゃんに任せなさい」
しわがれた手で孫の頭を撫で、笑い掛ける。
その会話を聞いていたのか、周りの旅の仲間達は笑いを溢すものの……私は困り果ててしまっていた。
孫は幼いながらも聡く、敏い。
妖精に好かれ、他種族に好かれ、人の機微をよく察知する。
偶に予知じみた事を言い、周りを驚かせる事だってある。故に、
「よし、少し近くの街に寄ってもらえるかな」
「ん、それは良いが……旦那、どうした?」
「いいや、何でも。旅程に余裕があるからね。1日くらい羽を伸ばしてもバチは当たらないと思ったのさ」
「ハハ、そりゃあいい。――聞いたな、野朗共!」
周りからは応じる声と共に、私達の行き先は変更された。
名もなき、辺境の街。しかしながら、数多くの旅にて何度も訪れた事のある街だ。
そうしてお祭り騒ぎのようにしながらも、街へと辿り着いた私達は、酒場で夜を明かし旅の思い出を語り合った。酷く楽しい時間が流れていた様に思える。
次の日。私はこれからまた出発しようとする仲間達から静かに、気が付かれない様に一歩離れた。
だが、彼の目はそんな私をしっかりと見ていた様で。
「おじいちゃん!」
「おっと……どうしたんだい?」
「ぃっちゃあや!やなの!」
可愛い孫に泣きながら言われてしまっては、私としてもどうしようもない。
しかしながら、他でもない彼の言葉がきっかけでこうなっているのだ。他に選択肢は無い、と考えた所で……ふと、思い立つ。
何だ、簡単な事じゃないか。
孫の声に、どうしたのかとこちらを見る仲間達へと向け、大きく息を吸い。最近は言わなくなっていた、ある言葉を吐き出していく。
「――旅を拝命した!我はそこへ向かう者なり!」
「「「ッ!」」」
「此度の旅は我と!……そして、この幼き命のみで行う旅である!――故に、此処でお別れだ、我が友たちよ」
その言葉に、その言葉を言った私の表情に。
意図を察したのか、仲間達は表情を歪め涙を流し始める。
「これまで共に歩んでくれて、有難う。大変楽しかった。だからこそ、輪廻の先で、また旅を」
「応……ッ!応!我ら、旅により繋がり、旅により別れる者なり!」
「旅は廻る!今生の別れとなろうと!輪廻の先、また合間見える刻に集う者なり!」
「故に!……故に!――また、楽しい旅をしようぜ、旦那」
「あぁ、しよう。私達の旅は終わらないのだから」
泣く彼らに一礼し、呆然としている孫を抱き抱え歩き出す。
此度の旅……私の生涯、その最期の旅へと。
「おじいちゃん」
「なんだい?」
「こんどは、どこにいくの?」
「そうだね……それはそれは暖かい、心地の良い場所さ。こんな私を何度も何度も許してくれた、愛おしい人がいる場所だよ」
「んー?」
「はは、難しかったかな。……よし、じゃあ簡単に話してあげよう。――ある所に、1人の旅人が居たんだ」
小さな同行者に、私のして来た旅の全ての思い出を語る旅を、今。始めよう。