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第17話 ウェイト・フォー・ザ・ライト・オブ・デイ

慌しい夜が明けて、病院は静寂を取り戻しつつあった。

誘拐されていた子供たちは病院と保護施設へと送られた。マグマ議員は銃所持で拘束されているが、彼が言ったとおり誘拐に関係した者が逮捕されることはなく、マデリーンたちもお咎めはなかった。いずれマグマも開放されるだろう。

ドクターミライの兄であるクルスは元警察官で誘拐事件などで警察に協力をしている。今回も連絡を受けて警察と連携し動いていた。

丁度モグラことシンシアがクルスに気付いたことで今回の動きもスムーズになったようだ。

ミライは初めの頃はクルスと連携をしていたが、ゼロの下に入ると連絡が難しくなり個人で動いていた。

シヴァたちに保護されていたエイダとカエデも無事にマデリーンたちと合流し、今は同じ病室で安静にしている。彼らの現在の保護者たちも急ぎかけつけ激しい雷を落とした後、関係者に頭を下げて周った。ゼロの説得もあり子供たちを病院に任せるとしぶしぶ家へと戻っていった。

ゼロたちが病室の中で話しているのを横目にシヴァとカイルは部屋を出た。

廊下の椅子にはクルスたち警察が休んでいる。

二人は少し離れた場所の椅子に座るとほっと一息ついた。

『お疲れ様…ですね。』

カイルが笑うとシヴァはカイルの頬に触れた。

『何もなくてよかった…服はどろどろだが。』

カイルは両手を広げて見下ろすと苦笑した。

『うわあ…ひどいなあ。』

『アハハ、でも良かった。』

『そうですね…ん?シヴァ電話が鳴っていますよ?』

ポケットから電話を取りだすとモニターにはディアとある。

『はい。』

『こっちはやっと落ち着いた。遅くにドクターゼロから特効薬のレシピが届いてね。』

『そうですか…よかった。』

『まあ、あれは気休めだろうがね。それで、そっちにクルスは行ったかい?』

『え?ああ…。』

少し間をおいてからディアは言った。

『あれ、言ってなかったか?私があの薬屋たちと縁を切ったときに知り合ったのがクルスだ。彼は頼れる男だからね、それに子供たちのリストがあったからすぐに連絡しておいたんだ。まあ、彼もすでに知っていたんだが。』

『そう…こっちも落ち着きましたよ、なんとかね。』

『あ、また来客だよ、じゃあ、また。』

電話が切れるとシヴァは苦笑する。

『ごめんなさい…本当に父様ってああなんです。』

『まあ、助かったのには変わりない。』

カイルが困った顔をすると後ろから声がした。病室からゼロが頭だけを出している。

『なんだ?』

『ティルに連絡してくれる、こっちはもう少しかかりそうなんだ。』

『わかった。』

ティルに電話をかけると少しして声がした。

『はい。』

『ティル?そっちはどうだ?落ち着いたか?』

『シヴァか…ああ、なんとか。まだ小児科を開放できてはいないが、じきに落ち着くだろう。お前たちは無事か?』

『ああ、大丈夫だ。こっちもなんとかなったから心配するな。』

『わかった、ありがとう。』

ティルの素直な言葉にシヴァは微笑むと電話を切る。

『シヴァ、少しいいだろうか?』

少し離れた場所からクルスがゆっくりと歩いてくると二人の前に立った。

『礼がまだだった。あの子達を保護してくれてありがとう。』

『いえ…あなたが来てくれたから解決したとゼロからも聞きましたから。』

『ああ、でももう少し早く動けたらよかったんだが…ここはもう大丈夫だからあなたたちは家に戻って休んで。本当にありがとう。』

クルスが手を差し出すとシヴァはそっとその手を握り締めた。

『こちらこそ。ではいつかまた。』

『ああ、また。』

クルスに別れを告げてシヴァはカイルの手を取った。

『じゃあ、帰りますか?』

『そうだな、新しい家はまだだが…豪華なホテルに帰ろうか。』

二人はクルスたちが見守る中、ホテルへと戻って行った。




午後二十時、ナースたちが持ち込んだ花で病室は埋もれていた。

部屋に所狭しと置かれた花は色とりどりで甘い香りがしている。

『すごいね。』

マデリーンの隣のベットにいるシンシアは嬉しそうに花を眺めている。向い側のベットにはエイダとカエデがそれぞれいて、やっぱり嬉しそうに花を見つめていた。

病室のドアをノックしてゼロが入ると四人は歓喜の声を上がった。

『ドクターゼロ。来てくれたの?』

『来ますよ。当たり前じゃない。』

マデリーンは嬉しそうに笑うと何か言いかけて口を閉じた。

『で、君たちは生体手術を受けるのかい?』

シンシアは首を横に振る。

『ドクターミライにはそう聞いたけど違うの?』

ゼロが首を傾げるとマデリーンは神妙な顔をして言った。

『うん、受ければ体は全部治るって聞いた、でも俺は忘れたくないんだ。ずっと一緒に生きてきたから…なんか頑張る力失くしそうで。』

『そうだよね。私もさ、ゴーグルしなくちゃ見えないけど…これはこれで好きなんだ。ママは受けて欲しいみたいだけど。』

それを聞いてエイダは笑う。

『うん、わかる。俺は心臓がすごく危なくなっちゃうけどさ…これも俺なんだって思うんだ。』

『うん。俺はパニクっちゃうけど…最近はましになってきたんだ。ヘヘ。』

カエデの言葉を聞いてゼロは頷いた。

『そうだね…僕は君たちのそういうところがたまらなく愛しいんだよ。それに啖呵を切ったマデリーンとシンシアは格好良かったよ。』

『えー見たかったなあ。』

ゼロはフフと笑うと四人を見回した。思い出よりも大きく成長した子供たちの姿は誇らしく思える。

『ねえ、君たち。もうあんな危ないことはしないでよ?』

ゼロが笑うとマデリーンが頷いた。

『うん…しないよ。もう…けどさ。』

『うん?』

『今回は助けられたけどね…何も解決できなかった。それが悔しい。』

カエデはうんうんと頷く。

『そう、どうせまた同じことの繰り返し…終わらないんだ。』

『どうしたら…よかったんだろうね?』

シンシアが呟くとエイダは頷いた。

『それでも…少しでも俺たちと同じ思いをした子たちが救えたよ?俺は良かったと思う。』

ゼロは頷く。

『そうだね。何も解決しなかったかも知れない、でも一つは解決できた。君たちはよくやった…クルスから話を聞いてきたよ。怪我をしている子供はいなかったそうだよ。』

マデリーンは目を見開くと口を開いた。その声が震えている。

『本当に?』

『ああ、一人も。誘拐された子達は少しお腹が空いていたけど誰も傷つけられていなかった。それが怖くて聞けなかったんでしょ?』

ゼロが微笑むとマデリーンの目から涙が零れた。

『うん、そうだ…よかった。』

エイダとカエデも膝を抱えて泣くとシンシアは息を吐いた。

『こんな時ね、涙が出たらいいなって思うの。そしたらすっきりするのにって。でもね、三人は泣いてくれる。私の心の中にいるモグラも泣いてくれるの。』

『そうか…。シンシアは強い子だ。君たちは僕の誇りだ。』

ゼロはそう言うとただ俯いた。




病院のフロントではまだまばらに警察の姿が見られる。フロントの隅の椅子には座ったクルスとミライがいた。

『豪華な病院だな?』

クルスがフロントを見回して苦笑する。

『ああ、贅沢を尽くしてるわけじゃないがな。ドクターゼロの考えだよ。』

『へえ…あの人も苦労人ってわけか。』

『そう…みたいだよ?一緒に仕事をしてて退屈はしないよ。』

ミライは椅子にもたれると足を組んだ。

『兄貴はいつから動いてたの?』

『随分前から。それでも正確に動けたのはリークされたリストのおかげだ。』

『ああ、子供のリストか。』

クルスは苦笑する、

『ああ、あれは確実だったが危険も孕んでいて、だから急ぎ削除もさせていたんだがいたちごっこでね。』

『まあそうなるか。格好のおもちゃになるわけだから。』

『でもそのお陰であれは嘘じゃないかという話にもなっていた。』

『ああ…いつもそうだな。』

『で、…マグマ議員が喚き散らしていたが、特効薬なんてあったのか?』

ミライは足の上で両手の指を組んだ。

『これって聞いたこと全部報告する義務あったりするの?』

『ああ…そういう契約だからな。言いたくなければ大体でいい。』

『あれはただの気休めだよ。風邪の時に熱を下げるようなもの。』

『なるほど…。じゃあお前も一芝居打ったということか?』

クルスが眉をひそめるとミライは首を横に振る。

『いいや。気休めではあるけど、症状は緩和するから、ほんの少しね。』

『ふむ。』

『で…あの子たちは罪に問われるの?』

クルスは首を横に振る。

『俺たちがそう動いた所で多分もみ消される。あの子たちに関われば自分たちの罪もつつかれるからね。子供たちの監禁場所ですらすでに極秘に扱われている。どうしようもない。』

『そう。どうしたって連鎖は止められないんだろうね?』

『そうなるな。』

『ああして銃をぶっ放してもお咎めなしなんてな…。』

『確かに驚いたがあんな扱いで人に当たるわけがない。』

クルスがその様子を再現するとミライも笑った。

『それで。』

クルスはミライの顔を覗きこむと頬杖をついた。

『何故あの子達に協力した?』

『僕に不利なら話さないよ。』

『いいや、興味本位だ。別に報告もしない、ただの兄弟の世間話だ。』

『ふうん…ならいいけど。ただ…気に食わなかっただけだよ。』

ミライは大きく息を吐く。

『いつだって自分勝手で、何も還元もするわけもなく、さも当たり前の顔で。』

『そんな理由か?』

『十分な理由だよ。』

『子供たちに関わったからそうなったのではないのか?』

『どうだろうな…わからない。』

組んだ指をぐっと握ってミライは視線を落とした。

『ここに運ばれてくる子供たちは大勢だ。皆酷い状態で…生き残れるのは数%なんて吐き気がする。あの子達もその被害者だ。何があったのか詳細はデータには残ってなかったけどそれでも傷は相当だ。治っても癒されはしない。』

『ああ。』

『兄貴は現場で酷いものを見てきただろう?』

クルスは苦虫を噛み潰すと苦笑した。

『酷いなんてものじゃない。この連中は人間だろうか?と考えてしまうほどだよ。俺は慣れたけど、同行する警察官が吐いてしまうんだ。そして皆今のお前のように怒り狂う。あの子、マデリーンもそうだったよ。助けたとき意識は混濁してたけどあの状況を一人で耐えてた。』

『その時は捕まえられたのか?』

『いや…でも彼らの中にも良心のあるものがいるのか、必ずリークがある。駄目な場合が多いけど、助けられた時は良かった反面…複雑だ。』

『良心ね…後ろめたさじゃないのか?』

『かもな。それに…ここだけの話じゃないが、警察の中にもいるからな。』

『そうだろうな、僕たちが動いて欲しい時には動かなかったりするからね。』

クルスは大きく息を吐くとうなだれた。

『どこも地獄だ。あの子達にとって良い場所を作ってやれる大人がどれくらいいるのか。』

『そうだな。』

『けれど、マデリーンたちはその良い場所を作る大人になるだろうね。』

クルスは顔を上げるとにこりと笑った。

『ああ、そうなるといい。』

ミライはクルスとよく似た顔で微笑んだ。



病院と警察の話し合いが終わり、ようやく開放されたゼロはクルスに呼び止められてベランダで話をすることになったが、風が強く話にならないので人気のない廊下にそのまま座り込んだ。

『悪いね?こんな所で。』

ゼロが笑うとクルスは首を横に振る。

『いいや、かまわない。人が来なければ話もしやすいからね。』

『そうだね。それで…話って?』

クルスは胡坐をかくと頬杖を付く。

『単刀直入に聞くが…あなたは何故子供たちを止めなかった?』

ゼロは真顔で唇を引く。

『どういう意味?』

『分かっているはずだが?』

クルスは息を吐くと少し苦笑した。

『いや…俺は怒っているわけではない…誤解しないで欲しいが。ただあなたは全て分かっていてやらせたんだろうと思ってね。』

『…ううん、どうかな。』

後ろに手を付くとゼロは顔を上げる。

『僕は、やりたいようにやる。けど他人がやりたいことを止めるなんて野暮なことはしないだけ。答えになる?』

クルスは苦笑すると首を傾げた。

『あなたの中では答えになるのかい?』

『どうだろ。』

『あなたは変わった人だな…。ミライから聞いたとおりだ。それとディアからも。』

『ディア?ああ、そうか。なるほどね。』

ゼロは息を吐く。

『まあ、他人の評価なんて僕には関係ないけど。ただ僕は信じてるよ。』

『何を?』

『皆をさ。どんな風であれ僕は皆を信じてる。ただそれだけだ。』

クルスは小さく頷く。

『もし…誰かがあなたを裏切っても?』

ゼロは少し黙ると優しく笑った。

『そうだね。裏切っても僕は信じてる。たとえ傷つけられても、殺されても僕は信じてる。それだけだよ?』

『なるほど。』

『話はそれだけ?』

ああ、とクルスは神妙な顔になった。

『もう一つ、あなたたちはマデリーンのレシピで薬を作ったね?』

『そうだけど…。』

『他にも何か作った?もしくはレシピを持っている?』

『うん?どういうことかな?』

『ミライにも確認はしたがあなたにも確認しておきたくてね。』

『いや…僕はカクテルを作ることはあってもネットのレシピを使うことはないよ。』

クルスはうんと唸った。

『そうか…近頃の魔女狩りの動画のことは知っているかい?』

『ああ…僕は見たことないけど。』

『あれはフェイクじゃない。本物なんだ、実際に森で死体が発見された。』

『え?』

ゼロは驚くと体を起こして膝を立てた。

『もしかして…あの森の火事と関係があるの?』

『やはり知っていたか。そう、あの森の魔女だ。ちなみに死体は五つあってね…老人と若者それぞれが火あぶりになっている。』

『でもどうして…その魔女だと?』

クルスは眉をひそめた。

『死体の傍にご丁寧に置かれてたんだ。誰かわかるように名前つきの写真がね。』

『それは…やばいね。』

『しかし理由がわからなくて、ずっと探っていたんだよ。そしたらメイリルという探偵と出会ってね。』

『ああ、メイリル。』

『やっぱり君の雇っている人だね。世間は狭いものだ。』

『それで…?』

『ああ、ディアがそこにいたこともわかった。彼は俺に以前頼ったことがあったが彼のいた場所までは聞いていなかったんだよ。』

『なるほど…じゃあ、彼の作ったレシピってことか。』

『多分…そうだろうね。その件についても聞いてはいたんだが繋がるとは思って無くてね、とんだ遠回りをしていたよ。』

『…でもレシピは魔女が知っていたはずじゃ…あ…。』

ゼロははっとして口を塞いだ。それに気付きクルスは顔を顰める。

『心当たりがあるんだね?ディアとはまだ話が出来ていなくてね。』

『…あまり話したくないな。僕の恋人のことだし。』

『そうなのか?ならば、危険があるかも知れないから話してもらったほうがいい。もしくは紹介してもらえるなら俺が会いに行くが。』

『…とりあえずディアと話してからにしてもらっていいかな?どうせそうなるだろうけど、僕としては少し時間が欲しい。』

『分かった。』

クルスは立ち上がるとゼロの手を掴み引き上げた。

『ありがとう。あなたは信頼に値する。』

『え?何…急に。』

そっと掴んだままの手を引き寄せてゼロを抱きしめた。

『俺が男じゃなかったらあなたに惚れていただろうな…。』

ゼロは噴出すとクルスの背中をぽんぽんと叩いた。

『僕は理想が高いよ。』

『ではまた連絡する。先に話を通してもらえると助かるよ。』

クルスはゼロに背を向けると行ってしまった。

誰もいなくなった廊下の壁にもたれるとゼロは大きな息を吐いた。

『シヴァ…最悪になりそうだよ。』



ホテルサイトムーンのスイートルーム。窓辺で髪を拭いているカイルをシヴァが抱きしめる。

『雨…やっと止みましたね?』

『うん、良かった。それとさっき電話があってね、新しい家の管理人が全て完了したと。』

『そっか。じゃあもう引越しできますね。』

『うん、明日にでもホテルを出てそうしよう。だから今日はこうして甘えさせてくれるか?明日は忙しい。』

シヴァの言葉にカイルが笑う。

『いいですよ。仕方ないですね…。』

そっとカイルを抱き上げてベットへと移動する。宝物のように置くとシヴァは傍に座った。

『それにしても君は勇敢だったな…知ってはいたが驚いた。』

『そうですか?でも何もできませんでした。あの子達…大丈夫でしょうか?』

『ゼロがいるからな。大丈夫だろう。』

『そうですね。』

シヴァはそっとカイルの頬に触れる。

『シヴァ…今回のことは大きなニュースになるんでしょうか?』

『…ならないだろうね。病院であれだけの騒ぎが起きてもね。』

『やっぱりそうなんですね。私、どうしてシヴァが人から離れたがるのか考えていたんですが…きっと私と同じ気持ちなのかなって。』

『うん?』

『私たちは長く生きていますよね。そしてずっと同じものを見続けてる。変わらずに繰り返し…。』

カイルが目を伏せるとシヴァはそっと抱き寄せた。

『ああ、変わらない。何も変わらない…後悔をし涙を流しても変わろうとしない。』

『切ないですね…このままでしょうか?』

『どうだろうな。我々はこれからも見ることになる。それが不死の役目なのかも知れない。』

『そっか…。』

フフとシヴァは笑う。

『でも君がいる。私は君がいてくれて幸せだ。心を通わせてくれる君がいてくれて。』

『…。』

カイルは顔を赤くするとシヴァの胸に顔をうずめる。

『私も…同じ。でもそんな風に優しく言われると不死でも死にそうになります。』

『ハハ、ならば共に死ぬか?』

シヴァはカイルをベットに押し倒すと口付けた。カイルは微笑みシヴァの顔に触れる。

『ええ、それもいいかも知れませんね。』

二人だけの甘い夜、ただ優しく時間だけが流れていく。


翌朝早く二人は支度を終えるとホテルを出た。車に乗り込み新しい家へと向かう。

新しい家は都心から離れた場所にあり山の傍にある。美しい建築でシヴァは一目ぼれだと話していたが、実際にカイルも見てすぐに好きになった。

一戸建てで森の館のように奥へと広がっている。以前よりも部屋が増えたのもあって持ち込んだ荷物はすぐに解消された。

居間には暖炉があり備え付けの家具がそれぞれ磨かれてピカピカだった。

『掃除してくれてますね?』

カイルが家の中を見てまわるとシヴァは暖炉に火を入れた。

『ああ、やっぱりあの後少し家の中にも入られたみたいでね?それで管理人が気を使って全て清掃してくれたそうだ。鍵も厳重だ。』

『そっか。あの事件の関係者でしょうか?』

『どうだろうな…その辺はわからんが、管理人は警備システムも入れたらしい。』

『へえ…すごいですね。でもよっぽどじゃないですか?』

『そう思う。が、私としてはありがたい。』

パチパチと暖炉が燃えて部屋の中が明るく満たされる。

『カイルはあの部屋でいいのか?』

『はい。日当たりもいいし、それに窓の外に小鳥の巣がありました。』

『それはラッキーだな。毎日歌が聞ける。』

『フフ、そうですね。でもあんまり歌うようならあなたの部屋に行きます。』

『別に困らなくても、いつでも来たらいい。』

シヴァは台所へと消えていった。少し耳が赤かったから照れているらしくカイルも自分で言ったのに顔を赤らめた。

『…ううっ。』

カイルは小さく唸ると両手で頬に触れた。台所から帰ってきたシヴァがテーブルにお茶とお菓子を置くとカイルを見て笑う。

『お茶にしようか?』

『はい。』

『ああ、そういえばゼロから電話があったみたいだ。』

シヴァはポケットから電話を取り出すとテーブルに置いた。

『気付かなかったんですか?』

『うん、集中していたからね。引越しはさっさと片付けたほうが楽だから。』

『そうですね。でも折り返さなくていいですか?』

『いいんじゃないか?あいつのことだからまたかけてくる。』

シヴァがお茶を飲むと電話が振動した。

『あ、鳴りましたね。』

シヴァは電話に出るとスピーカーにした。

『シヴァ?ちょっと出なさいよ。』

『悪いな…忙しかったんだ。』

『ああ、引越したんだっけ?もう終わったの?』

『終わった。今休憩している。それでお前の所はどうなっている?』

『ああ、あの子達のこともまだだったね。』

ゼロは近況報告と現在の状況を説明した。やはりなんのニュースにもならずに、ただ淡々と時は過ぎていくようだった。

『そうか…相変わらずだな。』

『うん…それで用件なんだけどね。カイルはそこにいるんだよね?』

『ああ、聞いているぞ。』

シヴァの言葉にカイルは微笑む。

『こんにちは、ゼロさん。』

『ああ、カイル!君の声を聞けただけで僕は幸せだ…。』

少しトーンの高い声のゼロをシヴァはさえぎる。

『それで用件は?』

『なによ、もう!酷くない?』

シヴァは冷たい目で電話を睨むと手を伸ばした。

『ちょっ!切ろうとすんじゃないよ!本当に君は!』

『用件は?』

ゼロは息を吐くと真面目な声で話し始めた。

『クルスから話があってね、魔女狩りの動画っていうの知ってる?』

シヴァとカイルは目を合わせると首を横に振った。

『いや…知らない。』

『そうか、少し前にね、そういう動画がネット上でアップされて、詳細は省くけど魔女が死んだんだ。他にもあわせて計五人。』

『魔女…。』

『そう、それでその魔女たちがある村の人間だと分かったんだよ。カイルは覚えてる森の火事のこと。』

カイルは頷いた。

『ええ、覚えています。あの…魔女ってもしかして。』

『うん、多分そのもしかしては合ってると思うよ。クルスは詳しくは言ってなかったけど、これは警告なんじゃないかな?って僕は思ってる。』

シヴァが眉をひそめた。

『警告?』

『そう…僕の予想が外れてくれればいいけど、魔女たちはディアの薬を作っていたよね?けど作れなくて殺された。レシピも分からない。殺した彼らはレシピが欲しいということじゃないかな?』

『ああ…。』

『ディアにも連絡してるけど捕まらなくて…クルスが連絡を取ってると思うけど、君たちに先に話してくれって言われてね。』

カイルが両手で口を押さえた。

『それでカイルが危ないと?』

シヴァが言うとゼロはうんと答えた。

『以前、カイルは誘拐されたよね?あの時のリストは製薬会社に買い上げられた可能性があるんだ。』

『カイルの名前が書かれているのか?』

『うん、作った当事者は死んだけど…あれは森を燃やした奴らが作っているから。

気付いた連中はカイルを探すと思う。』

『なるほどな…リストは国の中枢まで入り込むのか。』

『おそらくね。僕も想像でしか言えないのが悔しいけどね。ただリストには子供のヴァンパイアとなっているはずなんだ。今のカイルを想像するのは難しいだろう。』

『ああ…でも危険は危険か。』

『うん、何かわかったらまた連絡する。カイル、気をつけて。』

カイルは震える声で返事をした。

『はい。』

電話が切れてシヴァはカイルの傍に近づいた。

『大丈夫か?カイル。』

『はい…ただ、あの魔女のお婆さんたちが気の毒で。』

『うん、そうだな。』

そっと頭を抱き寄せるとカイルの髪を撫でた。

『カイル、レシピを知るものはディアと二人か?』

『そうなります…。』

『まだ作れるのか?』

シヴァの問いかけにカイルは顔を上げると頷いた。

『ええ。』

うむ、とシヴァは黙り込んだ。少し沈黙した後、カイルの手を握った。

『カイル…もしレシピを渡すことで全てから開放されるのであればそうするか?』

『…私はそうしますが、父はどうでしょうか。』

『うむ。』

『聞いてみないとわかりませんが…レシピだけでその…。』

『開放される…か?』

『はい。魔女のお婆さんたちが殺されて薬を作れなくなって焦っているのかも知れません…でもレシピだけで引くんでしょうか?たとえば父がもう一度薬を作ったとして、作ることのできる利用価値のあるものとしませんか?』

『ああ、それが二人となれば価値も上がるだろうな。』

カイルの瞳が揺れて涙がにじんだ。

『シヴァもそう思いますか?』

『ああ。』

シヴァの手をカイルがぎゅっと掴む。

『…こんなことになるなんて。』

『ディアを恨むか?』

『いいえ、けれど父は間違ったのかも知れません。麻薬を奪い薬を与えたことは良い行いだったにしても…また犠牲者が出てしまった。』

『そうだな。』

『どうすれば…いいんでしょうか?シヴァ…。』

『うん、今はただ待つしかない。ディアの話も聞く必要があるし、クルスにも色々と聞いてみたいこともある。』

カイルは顔を上げるとシヴァを見た。

『シヴァ…落ち着いていますね。』

『ああ、君を守らなければいけないからね。私としては穏便に済ませたい。何事もなく…そうしたい。』

『ごめんなさい。私は迷惑をかけてばかりだ。』

『そんなことはない。君は私と共に生きる者だ。君が悩むのなら共に悩もう。』

『シヴァ…。』

シヴァはカイルの瞼にキスを落とす。

『待とう…今は。』

『はい。』

カイルの腕がそっとシヴァに絡みつくと二人はぎゅっと抱きしめあった。

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