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第16話 ティアーズ・レイン

よく晴れた日、公園では子供たちが遊具で遊んでいる。その中でジャングルジムの上に登り空を見上げる少年がいた。少年の名前はカエデ。

カエデは空を見上げるのが好きでここに良く来ていた。ふと下から声が聞こえて見下ろすと栗色の髪をした少女が見上げている。

『カエデ怖くない?』

『怖くないよ、シンシアもおいで。』

シンシアは頷くと小さな手でジャングルジムを登り始める。そしてカエデの傍に来ると大きな声を上げた。

『うわあ!すごいね。綺麗だね。』

『うん。』

春から夏への変わり目、抜けるような青さに二人はじっと吸い込まれていた。

懐かしく優しい思い出はこの数分後終わりを迎える。

シンシアがジャングルジムから落ちた。しかし彼女が自ら落ちたように見えてカエデは急いで駆け寄ると、周りを見回して声を上げた。

『誰か!大人の人!お願い!』

少し離れた場所にいた誰かに声をかけてカエデはシンシアの様子を伺った。

洋服の肩が破れて血が出ている。ぶつけたんだろうか?シンシアは目を瞑ったままで気を失っている。その時ふと二人を影が覆ってカエデは顔を上げた。

見知らぬ大人だ。カエデが助けを求める間も無く、カエデとシンシアは捕まえられ車に乗せられた。

暗闇からまた暗闇へ。よくわからないままに連れてこられた場所にカエデとシンシアは押し込まれた。綺麗な部屋で数人の子供たちがそこに座っている。

部屋の隅でおもちゃで遊んでいた少年はシンシアが倒れているのに気がつくと傍に寄ってきた。

『ねえ、大丈夫?』

カエデは首を横に振る。

『わかんない…大丈夫かな?』

震えるカエデの手をぎゅっと掴んで少年はニコリと笑った。

『うん、きっと大丈夫。僕はエイダ。』

エイダはシンシアの頭を優しく撫でた。

エイダの話によるとこの部屋には一日に二回食事が運ばれてくる。ドアが少し開いてその隙間から入れられるから誰が運んでいるのかはわからない。

そしていつも二回目の食事の後に電気が消されて誰かが連れて行かれる。初めの頃は皆怖がっていたが、慣れてしまっていた。

『今日もまたかなあ…一緒にいれば大丈夫だよ?』

エイダがカエデの手をぎゅっと握る。二人は眠るシンシアの傍に座って寄り添った。

大きな音と共に部屋が暗闇に落ち誰かの気配がしてドアが閉まった。カエデは恐怖の中でなんとなくシンシアが眠っていた場所を探るがそこには何もなかった。

灯りが付きシンシアの姿が見当たらない。カエデはエイダの手をぎゅっと握ると唇を噛む。エイダはただカエデの体を抱きしめた。

何日間そうしていただろう?日に日に子供たちは入れ替わっていく。帰ってこない子の心配もいつの間にか自分へとすり替わっていく。

カエデはあまり話さなくなった。エイダはカエデの傍にいていつも体を寄せている。

子供たちが寝静まった頃、ドアの向こう側で大きな音がした。聞いたことのない音に怯えながらエイダはカエデを抱きしめる。そしてドアが開いた。

入ってきた男は長い髪を揺らしてその腕の中には子供を抱いている。

頬に血がべっとりと付いているが優しそうな瞳がエイダを捉えた。

『助けに来たよ?平気かい?』

エイダは小さく頷き、カエデの手を握る。

『逃げよう、この人と。一緒に。』

カエデも頷き、奥にいた子供たちもいっせいに動き出した。

数人の大人と警察官が交戦している。その間を縫うように男は子供たちの手を引いて逃げ出した。警察車両に乗り込むと車は走り出す。

カエデは男の腕の中にいるシンシアを見つけて泣き出した。シンシアの目には包帯が巻かれている。

『もう大丈夫だ。』

男は子供たちを抱きしめると優しく笑った。


昔の夢だ。カラスは目を覚ますと大きく伸びをした。

懐かしく忌まわしい夢だ。カラスの傍には雑魚寝しているモグラとイカスミがいる。こういうところは昔と変わらない。

『んん?』

イカスミが目を開けるとにこりと笑った。

『起きてたの、おはよう。カエデ。』

『フフ、何?エイダお前も夢見てた?』

『ん?同じかな?』

二人は見つめあうとフフと笑う。

『あの人なんていったっけ?』

『あの人?』

『ほら俺たちを助けてくれた人。』

イカスミがうーんと唸ると、あっと声を上げた。

『クルスだよ。あの人の名前。』

『そうだ、クルス。元気かなあ…。』

『だといいね…。』

カラスは呟くとうつむいた。

『やっぱりさ…俺怖いんだ。』

『うん。』

『でもそれ以上に怖いのは、まだあんな思いするのかって…。』

イカスミはカラスの手を握った。

『分かってる。俺も同じだ…なんでまだ終わらないんだって思ってる。』

『でも終わらせたいんだ。』

『うん。』

二人が黙り込むと寝転んでいたモグラが優しく呟く。

『一緒に終わらせよう…無理かも知れないけど、やってみようよ。私たちは一緒、四人だよ?』

『うん…そうだね。』

モグラは起き上がると二人を抱きしめた。

『オニビが来たら作戦会議ね?』

『うん。』

ほどなくしてオニビが現れると四人は作戦会議を始めた。小さな頃と同じように何か探検ごっこが始まる気分がしてカラスは笑ってしまう。それに気付いて皆同じように笑った。

カラス、イカスミ、モグラの三人がオニビと出会ったのは都心の病院だった。

すでに入院していた三人の前に現れたのはボロボロに傷ついた小さな真っ白の少年で車椅子に座っていた。少年はない足を大きな目でじっと見つめて、両手を握りしめていた。

担当のドクターゼロからは刺激するからもう少し待っててねと言われていたが、どうしても放っておけなくてカラスたちは少年の部屋をいつも覗いていた。

ある日、真っ赤に燃える瞳がカラスたちを捉えて、それに惹かれるように初めて声をかけた。

『こんにちは。』

ドアの隙間から挨拶すると、ベットの上の少年は驚いた顔をしたがにこりと優しく笑った。

『こんにちは。入っておいで?』

『うん。』

三人は騒がしく部屋に入りそっとドアを閉じた。

ゴーグルをつけているモグラがきょろきょろと辺りを見回す。

『ドクター怒るかなあ?』

『大丈夫じゃない?』

イカスミが笑うとカラスはベットの傍に駆け寄った。

『名前…なんていうの?』

少年は小さな声で呟いた。

『マデリーン。ドクターゼロが付けてくれたんだよ?』

三人はそれを聞いて顔を見合わせると笑った。

『良い名前だね。僕はカエデ。こっちはエイダ、あの子はシンシアだよ。』

あれからずっと長い間一緒にいる仲間だ。

カラスはオニビの話を聞いてからずっと考えていることを口にした。

『オニビだけを危ない目には合わせられないよ?』

『どうした急に?』

『ずっと思ってた。オニビは勇気がある…おれはすぐにパニクるから足手まといになるけど、最後は一緒に頑張りたいよ。』

オニビは優しく笑うとカラスの頭に自分の頭を近づけた。

『わかった…皆も同じなの?』

『そうだよ。』

『同じだよ。』

三人が同じように声を合わせたのでオニビは苦笑した。

『わかった。でも俺が皆を守るからね?』

『うん、俺たちも守るよ。』

イカスミが頷くとラップトップを開いて、ネット上で利用者の多い掲示板に書き込んだ。

『スタートだね。』

『うん。』

四人はただモニターをじっと眺めその様子を見つめていた。




ホテルサイトムーンのスイートルーム。

ベットで眠るカイルの髪を撫でていたシヴァの耳に振動音が聞こえて、脱ぎ捨てたジャケットのポケットから電話を取り出した。

モニターを見てからベットをすり抜けると少し離れた場所で電話に出る。

『はい。』

『シヴァ?今いいだろうか?』

『ええ…どうしました?ディア。』

ディアは少し困った声を出して話し出した。

『ドクターゼロとは話してくれたんだろうが…間に合わなかったようだ。』

『うん?』

『チェンバーの内容がリークされた。さっき知り合いの医者から連絡があってね、多分これから連絡が取れなくなるだろうって。私のところにも電話が入っている。やっと途切れたから君に連絡することができた。私も対応に追われそうだ。』

『私は薬の中身までは知らないが…腹が腐るとか言ってたが。』

『ああ、その通りだ。一度の服用から内臓が腐っていく、進行は止められない。本人は気付かないから、今回のリークで慌てているはずだ。』

『それで…じゃあ病院に駆け込むものが多くなるということか。』

『そうなる。ただこのリークにはもう一つファイルが付いていて、子供たちのリストだ。』

『子供たち?』

『ああ…君も知っているだろうが、多くの子供たちが誘拐されているということを。』

『…なるほど…紐付けか?』

『そうだ。今まで泣き寝入りしてきた人たちが多い、負の連鎖が起きなければいいが。』

『ディアはどうするんです?』

『私は知り合いに少し頼んでみようと思う。以前世話になった者がいてね。彼なら何か良い手立てを考えられるんじゃないかと…。ただ…。』

『なんです?』

『失ったものに絶望した人たちを止められるかどうか…私にはわからない。』

シヴァも言葉に詰まり黙り込む。

『じゃあ、私はこれから色々とやらないと。君たちも注意するんだよ?』

『ええ。あなたも。』

電話を切ると傍にカイルが心配そうに立っている。

『どうしました?何か問題でも…。』

『ああ、ゼロたちが危ないかも知れないな。』

『え?』

二人はソファに座り電話の内容を話し合った。ふとカイルが何かに気付いてシヴァの手を取る。

『シヴァ…私の杞憂だと良いんですが、子供たちが狙われたりしませんか?』

『ああ…。』

『人ってどうにもならなくなった時に信仰や迷信に頼ったりするでしょう?彼らがもしまた子供を食べたりすることで治るなんてことを思い始めたら…。』

『うん…可能性はあるだろうが…状況がわからないからな、ティルに連絡を取ってみよう。ゼロは多分捕まらん。』

『はい。』

シヴァはティルに電話をかけると何度かの呼び出し音の後繋がった。

電話口は騒がしく、ティルの声は不機嫌だ。

『なんだ、シヴァか。何かあったか?』

『今、そっちはどうなっている?』

『ん?ああ…なるほど。お前は知っているということだな。そうだ、私たちのいる小児科は子供たちを閉じ込めている。騒動が収まるまではこのままだろう。』

『そういった輩が来たのか?』

『いや、ただ予防としての対策だ。私たちが恐れているのは子供たちの親だ。お前はネットを見ているか?』

『いいや…となると言い方は悪いが狩りが始まっているのか?』

『ああ。金の話に、治療薬の話、嘘も溢れかえっている。慌てているのは金持ち連中だが、金につられて関係のないものがソワソワしている。』

『酷い話だな。病院は閉めてはいないのか?』

『閉めようにも閉められないんだ。ゼロのところには客がわんさか来てるよ。青い顔をした連中が…奴が作ったと思い込んでいるからな。』

『なるほど。』

『シヴァ?カイルもそこにいるんだろう?そこは安全か?』

『ああ、私たちは無事だ。』

『ならばそこにいろ。お前たちが無事であるなら私もゼロも心配事が減る。』

『…心に留めておく。』

ティルは息を吐くと、わかったと電話を切った。

『私たちは…ここにいるべきですか?』

カイルはシヴァの顔を見上げると、シヴァはカイルの肩に頭を乗せた。

『やるべきことはあるかもな…。』




おんぼろのワゴン車がゆっくりと病院の駐車場に止まった。地上の駐車場はいつも混雑はしているものの、今日は急ぎの車が多いらしく出入りが激しい。

ぽつりぽつりと霧雨が振り出してフロントガラスを濡らし始めた。

運転席でハンドルを握っているのはイカスミだ。その指先が少し震えている。

助手席に座っていたオニビはそっとイカスミの手に触れると顔を覗きこむ。

『イカスミ…ここで待っていてもいいよ?』

『大丈夫だよ…だいじょぶ。』

イカスミの声が震えている。パーカーのフードを被っているせいで顔色が良くは見えないが唇も震えていた。

オニビがぎゅっと彼の手を握る。

『俺も怖い、本当のところ…怖い。』

後部座席にいたモグラが息を吐くと優しい声で笑った。

『大丈夫、私がついてる。ね?』

モグラの隣にいたカラスがフフと笑う。それにつられて前の二人も笑った。

『心外だなあ、もう。』

カラスはモグラの手を握ると前に座った二人に頷きかける。

『大丈夫、俺も頑張る。』

オニビは頷くと助手席のドアを開いた。

『では、予定通りに。』

雨の中病院へと向かう。生憎の雨のせいで誰も他人になど目を向ける者はいない。オニビはパーカーのフードを被り、深呼吸を繰り返す。

ぶつぶつと呪文のように繰り返し自分を鼓舞して前に進む。

『やらなくちゃ…、絶対に。』

病院に入ると中は慌しかった。患者もいるが、青い顔をした身なりの良い男女がナースに早く診てくれと追い回している。

オニビはその隣を通り抜け、前日訪れた場所へと向かった。関係者だけが入れる棟へ向かい、静かな廊下を歩くと目的の部屋のドアをノックした。

『はい?』

中から男が顔を出す。ドクターミライはオニビを見ると眉をひそめて苦笑した。

『君か…やってくれたね?』

部屋に通されるとミライはタオルをオニビに手渡した。

『まず、拭いて。それで話があるんでしょ?』

『ええ。』

オニビは椅子に座るとフードを脱いでタオルを当てた。

『それで、君のことはなんて呼んだらいいの?』

ミライはオニビの前に座るとにこっと笑う。

『オニビでいいよ、ヘロン。』

『フフ、そう来たか。まあ、ばれてるとは思ったけどね。』

『ヘロンでしょ?あのリストを暗号で隠したのは?』

ミライが足を組むと頷いた。

『そう…そっか、凄いな。でもあの子供たちのリストは僕じゃない、君たちが作ったの?』

『そう。ずっと行方不明の子供たちの情報を集めてた…きりがなかったけど。』

『ふむ、それでチェンバーに関わる連中の近くで起きたものを入れたのか?』

『うん…見当違いってのはないと思う。でもヘロンのリストが無ければ俺たちも作れなかったから感謝してる、ありがとう。』

オニビが優しく笑うとミライは俯いた。

『それで今日ここに来た理由は、製造者がドクターゼロになってて彼らが集まってくるからでしょ?』

『正確には違うけど、その通りだね。俺が知りたいのは…マグマ議長の居所だよ。』

『マグマ議長って…国のお偉いさんじゃないの?』

『そうだ。そいつが子供たちの居場所を知ってる可能性が高いんだ。知ってるでしょ?』

『なるほどね…確かに病院にはいるけどさ…会うのは難しいんじゃないの?』

『だからヘロンに会いに来たんだ。』

オニビの物言いにミライは笑う。

『マジかよ…案内させる気か?』

『うん、だって…あなたはそのためにリストを流出させたんでしょ?』

『…困ったね。確かに僕は奴らが大嫌いだけど、君に協力するほど馬鹿じゃないよ?』

『確かにそうだね。』

オニビは目を閉じるとふうと息を吐いた。

『そう言われるかもって思ってはいた。だから仲間が色々やってくれる。』

『うん?』

『まずは警察、悪戯と思われなきゃもう来てる頃だと思うけど。』

ミライは立ち上がると急いで奥のモニターで病院のフロントのカメラを起動した。

オニビの言うとおり数人だが警官がナースの傍にいる男女を捕まえている。

『ラリってる奴が病院で暴れてるって通報したんだよ。』

『次は何を?』

『行方不明の親に情報を送る予定。そこにいるってね…もしかしたら事件になるかもね…でも警察がこっちに割けるくらいならまだ起こってないのかも。』

『チェンバーの利用者の情報か…。』

ミライは大きく溜息をつくと頭を抱えた。

『君たちはとんでもないことをしてる。』

『かもね…でもとんでもないことと秤にかける命の重さって何?』

オニビはミライに微笑みかける。

『俺たちは今救える命を助けたいだけ。全部とは言わない…だから協力して…ください。』

頭を抱えたままで机に額をぶつけると小さく唸り声を上げてミライは顔を上げた。

『分かった…でもその次の予定は止めるようにできないのか?』

『…俺たちは自分たちの判断で動くから…あの子次第だ。』

『わかった。じゃあ急ごう。その前にドクターゼロに連絡をしてもいいか?』

『いいよ。それともう一つ。』

ミライが振り向くとオニビは窓の外の雨をじっと見ていた。



ホテルサイトムーンのフロントではシヴァがスタッフと話をしている。

カイルはシヴァに渡された電話のモニターに視線を落とした。モニターにはメッセージアプリが起動されており、ディアから逐一メッセージが入っている。

ディアの方も大変なようで、出来る限りの対応はしているらしいが半狂乱の相手に疲れ果てている。

『父様…。』

顔を上げるとシヴァが戻ってきた。

『ディアのほうはどうだ?』

『大変そうです。処方もあったもんじゃないですから…。』

『そうか…。』

『シヴァはどうでした?』

『うん、ホテルのほうで何かあった場合に保護してもらえるように頼んでおいた。』

『よかった…で、私たちは病院へ向かいますか?』

シヴァは黙り込むと視線をそらした。

『カイルはここに。』

『…私は邪魔ですか?』

『いや、そういうわけじゃない。心配なだけだ。』

カイルはシヴァの顔を見上げるとそっと手を握った。

『なら一緒にいてください。私はあなたの傍にいます。』

『危ないかもしれないんだ。それでも行くのか?』

『ええ、行きます。あなたと一緒に。あなたの傍に。』

『わかった。』

ホテルを出て車に乗り込むと急ぎ病院へと向かう。雨は空が悲鳴を上げるように強く降っていた。すれ違うサイレンを鳴らしたパトカーに不安がよぎる。

何も起きていなければいい…そんな思いを抱えたまま車は走り続け、病院の地上駐車場へ滑り込んだ。雨の中複数のパトカーがライトを回して止まっている。

ふとすぐ傍にカイルが視線を移すと、ワゴン車の脇に座り込んでいる男を見つけて車を飛び出した。

『大丈夫ですか?』

カイルがずぶ濡れになった男の顔を覗きこむ。青い髪の青年はパニックを起こしているようでカイルの顔を見るなり腕をぎゅっと掴んで胸に飛びこんだ。

『助けて…怖い。』

シヴァがカイルの傍に来ると彼を見て、頭をそっと撫でてからワゴン車の中を見た。運転席には震えながらハンドルを握っている男がいる。

運転席のガラスを叩くとドアが開いた。

『大丈夫か?』

運転席の男は呼吸困難になっているようでシヴァはそっと抱きしめると背中をぽんぽんと叩いた。

『しっかりしろ。大丈夫だ。』

『うう…はあ、助けて、怖いよ。』

シヴァはカイルに座り込んでいる男をワゴンに入れるように言い、自分も助手席に乗り込んだ。

『大丈夫だ。深呼吸をして、名前は言えるか?』

運転席の男はシヴァの言うとおりに呼吸を整え始める。

『…エイダ。その子はカエデ。』

『うん、エイダ…良い子だ。大丈夫、私はシヴァだ、彼女はカイル。』

エイダは震える手でシヴァの腕をぎゅっと掴んだ。

『何があった?話せるか?』

『…俺たちはここに。』

『うん…詳しく教えてくれるか?』

カイルの腕の中で震えるカエデが首を横に振る。

『だ、だめだ。イカスミ。』

カイルはカエデの手をぎゅっと握ると頷いた。

『いいよ、言わなくて…怖いならそのままで。シヴァ、それでいいですよね?』

『わかった。』

シヴァが頷くとエイダは大きく息を吐いてホッとした顔を見せた。それを見てシヴァは彼の頭を撫でる。

『すまなかった。』

エイダを抱きしめたままでシヴァは病院を眺める。

『ここからではわからんな…ゼロにも連絡を取らないと。』

『そうですね、この人たちはどうしますか?ホテルに保護を…。』

カイルが言い終える前にカエデが声をあげた。

『ドクターゼロの知り合い?友達?』

『ええ、そうです。知っているんですか?』

カエデは頷くとエイダの顔を見た。

『信じていいかな?』

『大丈夫、大丈夫だよ。きっと。』

シヴァはエイダの顔を見て微笑む。

『うん?』

『俺たちは…。』

雨が強くワゴンを叩き、激しく打ち続けていた。



病院上階。壁一面の窓に雨がたたきつけている。

ワンフロアを使った病室では恰幅の良い男がゼロに向かって罵声と枕を投げつけた。

ゼロは体をそらしてそれを流し、青い顔の男に眉をひそめる。

『落ち着いてください、マグマ議長。明日も議会があるんでしょう?』

マグマは苛立った顔でベットを殴りつけた。

『貴様が作った薬ではないのか!何故特効薬がない!』

『…先ほどから説明しているとおり、僕が作ったものではないし、あのリークされた内容が真実ってわけじゃないでしょうが。』

『何をいうか!ワシの内臓は現に腐っておるではないか!』

ゼロは腕を組み苦笑する。

『だったらおとなしくしてくださいよ、暴れたって意味ないでしょ?』

『病院だろう、医者ならば治してみよ!金ならばいくらでもある。』

マグマの顔は真っ青だが怒りに赤く震えている。

ゼロは顔を背けると溜息をついた。

この男は自業自得なのに、ここへ来てからも当り散らしている。ナースは酷く傷つけられ今はゼロが一人対応しているが、階下では同じことが繰り返されているのが目に見えるようだった。

ふとポケットの中で電話が鳴って、ドアのほうへ移動すると電話に出た。

『どうしたの?』

『ミライです。今、マデリーンとそちらに向かっています。』

『…うん、わかった。』

電話を切るとマグマがこちらを睨んでいる。

『なんだ、特効薬でもあるのか?』

苛立ちの声にゼロは息を吐く。

『かも知れませんね。』

エレベーターが止まる音がしてドアが開かれた。ドクターミライとマデリーンがゆっくりと入ってくる。

『なんだ…子供か?』

マグマは苛立ったようにベットを殴った。

マデリーンはゼロの傍に立つとそっと手を握った。

『ごめんなさい、ドクター…巻き込んで。』

『いいや、そうじゃないかと思ったんだ。』

握った手を離してゆっくりとマグマの元へ歩き出す。マデリーンは彼をじっと見た。

『覚えてないの?』

『何をだ?お前など知らん、お前のようなクソガキは知らんぞ。』

『この足を見ても思い出さないの?』

マデリーンは片手で自分の義足に触れる。マグマは一瞬考えたが首を横に振った。

『知らん。』

そしてゼロを睨みつけると怒鳴りつけた。

『さあ!早く、特効薬を作れ!』

ほとほと呆れた顔でゼロは苦笑したが、マデリーンは笑った。

『ハハハ、特効薬は俺が持ってる。欲しいのか?』

『お前が?』

マグマは驚いた顔でマデリーンを見ると大声で笑った。

『なんともまあ…こんなクソガキが。わかった幾ら欲しいんだ?お前の言値で払ってやる。言ってみろ?』

それを聞いていたミライが苛立った顔で歩み寄ろうとしたがゼロが止めた。

『金か…金より欲しいものがある。ねえ、誘拐した子たちはどこに隠したの?』

マデリーンは落ち着いた口調で話した。

『誘拐した子?なんの話だ?』

冷静を装った声でマグマはごくりと唾を飲み込んだ。一瞬目が揺らいだのをマデリーンはじっと見ていた。

『あんたたちが生贄に使ってる子供たちのこと。誘拐してどこに隠してるの?教えてくれたら特効薬作ってやるよ。』

マグマは俯き両手を握り締める。右左と視線を動かして黙り込むとぐうっと唸った。

『…本当に特効薬を作れるんだな?』

『ああ、作れる。後ろにいるドクターミライがレシピを持ってる。』

マグマが顔を上げるとミライは小さく頷いた。

『わかった、しかし交換条件だ。教えるがこちらの条件も飲んでもらう。』

『何?』

『今から場所を教える、しかしそれ以外は教えない。』

『へえ…仲間を守るってこと?』

『そうだ。その代わり、お前たちのことも私たちは追わない。』

『なるほどね。』

マグマはそう言うと電話をかけて何かを指示し、もう一度電話を鳴るのを待つと口を開いた。誘拐した子供たちの居場所を聞いてゼロが急ぎ警察へ電話をする。

『嘘じゃないだろうね?』

マデリーンが言うとマグマは鼻で笑った。

『嘘をつく必要がないからな。』

十分ほどしてゼロの電話に連絡が入った。子供たちが見つかったとのことだ。

それを聞いてマグマは笑った。

『どうせ、お前が特効薬を作るなど言うのは嘘だろう?』

『嘘じゃないよ。ドクターミライお願いしてもいい?』

ミライは戸惑いながらマグマの傍に寄るとカプセルを手渡した。それを見ると目の色を変えてマグマは口に放り込んだ。どこか安心したのか青い顔が元に戻っていく。

『これで全て終わりだ。出て行け。』

マグマの言葉にミライはぐっと拳を握ったがマデリーンは大笑いした。

『アハハハハハ、あんたバカだよね。確かにそれは特効薬だ、けどあんたのその腐った内臓まで治せるわけないじゃないか。あんたは死ぬんだ。』

『…そんなところだとは思ったがとんだクソガキだな!』

マグマが吐き捨てるとマデリーンは義足をぽんと叩き睨みつけた。

『本当に俺のこと覚えてないの?あんなに嬉しそうに俺の脚を切って食べたくせに。』

『何?』

マグマの目がぴたりと止まった。体が震えだし顔色が青く染まっていく。

『俺はよく覚えてるよ。ああ、よく覚えてる、忘れたことなんてない。』

マデリーンは両手を広げると義足を鳴らした。

『あんたは俺を捕まえて、レイプして、酷く殴った後になじってたね。生きたままがいいんだって言って俺の脚を切った。俺はさ、意味がわかんなかったよ。』

マグマは目をシロクロさせている。

『怖くて、怖くて…死ぬのより怖くてさ。』

マデリーンの声の後ろでエレベーターが止まった。そしてドアが開くと大きなゴーグルをつけた女が顔を出した。

『ハロー?』

マデリーンが振り向くとモグラは微笑んで彼の横に立った。

『あんたが議長か。どうせオニビのことも覚えてなかったんだろ?』

モグラは微笑むと指先でゴーグルをコツコツと叩いた。

『覚えてる?あんたたちがしたこと。私は覚えてる。』

マグマの顔が真っ青に染まり、震える体でベットの下から何かを取り出すと片手で銃を構えた。マグマの指が動き、カチリと音がする。

『へえ、撃つの?あの時もそうやって構えてたね。何も出来ない私の背中に突きつけて。』

マデリーンはモグラの手を握り後ろへとぐっと引き寄せる。

『そうやってやったことを忘れていくんだよ。私たちはここにいるのに、私はここにいるのにね。』

マグマは苛立った様子で叫び声をあげた。それに反応してゼロが二人に覆いかぶさるとマグマは銃の引き金を引いた。三発の銃声が部屋に響く。

マグマの撃った銃弾は部屋の壁に当たり、号令と共にドアの向こうから男たちが入ってきた。警察の制服だ。

マグマは捉えられ手錠をかけられると部屋の外へと引きずり出された。

警察の指揮をとっていた長い髪の男がマデリーンとモグラの傍に膝をつく。

『もう大丈夫だ。頑張ったね。』

目の前の男の顔に驚いたマデリーンにモグラが笑う。

『覚えている?クルスだよ。オニビも助けてもらったんだよね?』

クルスはマデリーンの義足と顔を見て破顔した。

『そうか…あの時の。無事でよかった。』

『ああ…。』

小さな頃に見た光景が思い出されてマデリーンの目に涙が溢れた。クルスは彼を抱きしめる。それを見ていたミライが笑って言った。

『兄貴、遅いよ。』

『お前か…悪かったよ、でもお前がここにいるなんて聞いてないけどな。』

ゼロはクルスの顔を見てからミライを見る。

『似てはないけど…やっぱり君、僕に隠し事してたじゃないの。』

『それはお互い様ですよ。』

『それで…モグラ、君はあれをやってないよね?』

ミライの問いかけにモグラは顔を上げると首をかしげた。

『ほら、家族へのリーク。』

『ああ、してない。だってそこにはいないもん。家族が可哀相じゃん?』

モグラはふうと息を吐くとにっこり笑う。それを見てミライはその場に崩れ落ちるとぐったりとした。

『どしたの?』

ゼロは苦笑するとモグラの頭をそっと撫でた。

『心配してただけだよ。』

『そっか。』


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