「詠史、働きたくないでござる」
「また発作が来たか」
姉ちゃんがソファを占領しながら視線だけを僕に向けた。昨日からずっと寝ていたのだろうか。どこかまどろんだ瞳である。
「発作じゃないわよ……とりま、そういうわけで私の代わりに今回のお仕事よろしく」
姉ちゃんは定期的に働きたくない病に罹患する。そういう時は僕に仕事を回してくるのである。まぁ大抵は犬の散歩とか、その程度の誰でもできるものだ。僕も手伝いをすることで小遣いをもらえるのでありがたいっちゃありがたい。
「それに今回の依頼はそもそも私よりもあんたらがする方が相応しい仕事なのよ」
「どういうこっちゃ?」
「あんたら通ってる犬前高校あるじゃん………なんかそこで夜な夜な変な声がするんですって、その原因を突き止めて欲しいって依頼が入ってね……OGの私より、現役生のあんたらが行くべきよ……ってことでよろしく」
姉ちゃんはそれだけ言って力なく目を閉じた。
「ほぉ、幽霊ですかね。流石は何でも屋さんです、幽霊捜査までするんですね!!」
「幽霊って、なんかの勘違いだろ…」
「ふふふ、でも幽霊だったら面白くないですか?」
「そいつは間違いねーな……しかしうちの学校に七不思議とかあったっけ?」
「私の把握している範囲ではありませんね…でも私的には幽霊だったらありがたいです」
「なんでだ?」
頬をほころばせ僕の身体を眺めた。
「怖いです!!って言いながら詠史さんに合法的に抱き着けるじゃないですか」
こいつって奴は………
「それ口にしちゃ駄目な奴だろ」
「うふふ、口にしても行動できるタイプの女です」
真絹のことは置いといて、夜の学校か……この言葉だけでワクワクするのは僕だけだろうか。
「夜の学校、当然あたしも同行するわ」
「水菜乃!?お前……いつの間に」
「いつからでもいいでしょう。それより夜の学校とか言うドキワクスポットに行くってのに、このあたしを抜きにするとか許さないわよ。
幽霊の正体、あたし達の手で暴いてやりましょう!!!」
「だから幽霊と決まったわけじゃねーって」
「決めつけて行く方が面白いでしょう!!じゃ、あたしは色々用意するもんがあるから一旦家に帰るわ、22時に現地集合ってことでよろしく!!!」
軽やかな足取りで早々に帰っていった。
「ほえぇ、いつにもましてアグレッシブでしたね」
「まぁあいつオカルトとかそういうの大好物だからな……気合入りすぎないといいんだけど」
~~~~~~~~~
「なんつーか………水菜乃よ」
「何よ」
月と星の明かりが街を明るく照らしている今現在、僕の前に黒装束にランニングシューズ、頭に二本のロウソクをつけた珍妙な格好をした水菜乃がいる。背中には割と大きめのリュックサックを背負っており、藁人形が顔を出しているではないか。
「お前は誰かを呪いにでも行くのか?」
「まさか、ただ備えあれば患いなしって言うでしょう。万全の準備を整えたら自然とこんな格好になったのよ」
どんな想定をしているのか知らんが、少なくとも頭のロウソクはいらねーだろう。
「あたしに言わせれば詠史、真絹、あんたら軽装すぎるわよ。夜の学校を舐めてない?これから富士山に登るって言うのにヒールを履いてくるくらい舐めてるわよ!」
「しーっです。一応こっそり忍び込むんですから大きな声出しちゃだめですよ水菜乃」
「ああ………ごめんなさい………つい。
でも、あんたら本当になめてかかってるわよね。この犬前高校には色んな噂があるって知らないの?この学校の地下では悪の組織が学園の監視をしているとか、表にはだせない新薬の研究をしているとか色々あるのよ」
「こんな何の変哲もない学校の地下になんでそんな施設があるんだよ」
水菜乃は口をしぼませ明後日の方向を一瞬だけ見た。しかしすぐに僕の目をしっかりと見据えてくる。
「知らないけど、そこはロマンでしょう……まったく、あんたは理屈っぽいところがあるのが良くないわ。もっと感情に任せて生きてればいいのに」
「お生憎様、理性と感情の両方をちょうどいい具合に使って結構楽しく生きてるから心配すんな」
「心配なんてしてないわよ~~~~ま、なんにせよ今夜はあたしに任せなさい。何かあっても護ってあげるから」
水菜乃がポンと胸を叩いた。
「うふふ、頼もしいですね」
「そーだな」
ドキドキはしていた。夜の学校と言う甘美なワードと、そこに乗り込むという行為に胸は弾んでいた。ただ、それはあくまで非日常的な行為をするドキドキであり、これから幽霊に会うだの、超常体験をするだのそんなドキドキは欠片もなかった。
この時の僕は正直言って舐めていた。夜と言うものがもつ、何人も抗えない魔力を、そしてこの夜の犬前高校という存在を……そして知る由もなかった。
これから起こる、あまりにも理解不能な出来事を。
「しかし、今回は隠密ミッションです。夜の学校という存在に耽溺するのも結構ですが、やはり重視するべきは冷静な心でしょう。それに幽霊に心躍らせていたら枯れ尾花でも幽霊に見えてしまうものですよ。ロマンはロマンとして持っていても現実はしっかりと見ておかねばいけません」
「そうだな、真絹の言うとおりだ」
「何よ、真絹まで」
「と言うわけで詠史さん、落ち着きを得るために取り合えず私のおっぱい揉んどきますか?おっぱいは使い方によっては刺激を与えるのではなく、安らぎを与えることもできるんですよ」
まぁ真絹の言動に比べればこれから起こる出来事も理解は可能な方かもしれないが。それは別の話である。
次回 夜の学校の洗礼を受けちゃいます