僕はファッションってものがよく分からない。自分のセンスは皆無だと自負しているし、人様の服装に口を出す権利はないと思っている。っていうかそもそも人の好みなんだから仮にセンスや権利があったとしても口を出すつもりはサラサラなかった。
しかしやはり限度と言うものはあるのだ。
「真絹……お前その格好……」
「どうしました詠史さん?これは普通の部屋着ですよ」
婚姻届けをブラ代わりにして、ヒラヒラのフリルがあるタイプのスカートまで作ってる……さすがに限度があるだろ。……痴女でも羞恥心をかきむしられる格好を部屋着と呼ぶハートの強さにはいつもながら頭が下がる。一応大切な場所は隠れているが多分99パーセントの人類が、裸かこれかをの二択を強要されたら裸を選ぶだろう。
「部屋着じゃねーだろそれ」
「あらそうですか?しかし自宅と言うプライベートな空間を快適に過ごす格好を部屋着と定義するならばこれは間違いなく部屋着です!」
「それ着るって言わないと思う、つけてると思う。強いて言うなら部屋付だと思う」
「いいんですよ、剥いでも。そして私の身体をジロジロ見た後に手に残った婚姻届けにサインをしていただければ嬉しいです」
「絶対に剥がねーよ。と言うか、その大量の婚姻届けどっから持ってきた」
「将来私たち二人で行くところ、つまり市役所に山ほど置いてありましたよ」
「知ってるか?普通の人間は一枚しか必要としないんだよ……市役所の人驚いたろうな」
「こっそぉぉぉりとしましたので。どなたも気づいておられませんでしたよ」
「コソ泥かお前は」
「コソ泥じゃありません、忍者です。
私と言えども大量の婚姻届けを持っていくなんて非常識なことを堂々とするつもりはありませんのですよ」
「非常識って自覚は持ってんだな」
まぁ普通の人間は婚姻届けファッションなんて作成どころか考えもしないのは間違いねーや。
「しかし真絹、お前っていつもながらとんでもないことを考えて、躊躇いもなく実行するよな」
「当然でしょう、難攻不落を体現した詠史さん城を陥落させるためには普通じゃ駄目なんです!!!そして躊躇っている暇もないんです!!!!!何故なら一秒でも早く詠史さんとイチャイチャチュッチュのラブラブチュッチュしまくりたいからです!!!」
なんてキラキラした瞳なんだろうか。分かっているけれど心の底からの言葉なのだ。
「お前な、小さい頃の自分を思い出してみろよ。そんな大人になりたいと思っていたか?」
「小さい頃の私?」
途端に白い頬がリンゴ色に染まった。
「そう、あのワイルドで人のことを人と思わない傲慢不遜っぷりで、自分が美少女だと自覚した上で調子に乗りまくり「きゃぁぁぁ!!!!止めてください、恥ずかしいです!!黒歴史を超えたブラックホール歴史を紐解かないでください!!!」………」
これは恥ずかしいんだ。クククッ。
「ああ、今思い出しても恥ずかしくて仕方ありません。どうして私は詠史さんにあんな傲岸な態度を取れていたのでしょうか?どうしてお尻に敷くなんて恥知らずなことができていたのでしょうか?どうして力強いだけで優しさのない言葉をかけていたのでしょうか?
ああ、恥ずかしい!!穴があったら埋めて、もう一回穴を掘ってその中に入りたいです!!!」
でも今にも色んな所が見えそうな婚姻届け服でもだえるのは特に恥ずかしくないんだろうな。
「そうそう。恥と言えば」
「急に冷静になるな」
「あはは、急に冷静になる精神力くらい持ってますよ。じゃなきゃ愛する人の前で恥ずかしげもなくこんな格好するなんてオリハルコン製のハートでも木端微塵になりそうな真似できませんし」
「自覚があって何よりだ」
「うふふ。それでちょっと聞きたいんですけど詠史さん」
「なんだ?真人間へのなりかたか?」
「違いますよ。恥と言えば男性は女性の恥じらいにキュンとするらしいじゃないですか……なので」
不意に耳が赤くなり、婚姻届けファッションを腕で隠した。
「み……見ないでくださいっ!「あっ、だめっ! 見ちゃだめですぅぅ!! 清らかな乙女の純潔が穢れちゃいますぅぅぅ!!」
絶句と言うか、呆れて言葉も出ないというか………苦笑いしか出てこないわ。そして普通の顔に戻り微笑みながら首を傾げた。
「どうですか?キュンと来ましたか?」
「作り物がすぎて全然」
「そうですか……いやぁ、恥って難しいですね」
まぁでも確かに、さっきのブラックホール歴史にもだえている様はちょっと可愛かったな。
キュンか……こいつがもっと真っ当だったらなぁ………
「あっ……」
「んっ?」
僕が苦笑を浮かべたのと同時に、真絹の腕が婚姻届け服から離れた。それと同時にひらりと一枚の婚姻届けが地面に落ちる。
「あっ……えっと……」
白い生肌が露わになる。絹のように上品で赤ん坊の心の様に無垢な白だ……一枚堕ちたことで連鎖的に他の婚姻届けも落ちていく。
真絹はこつんと額に拳を当て、ペロッと舌を出した。
「てへぺろっです」
「古いわ!!」
そう叫びながら僕は空間を切り裂くほどの素早さで後ろを向いたのであった。
「あわわ……私としたことが簡単に壊れる不良服を作ってしまうとは……不覚です。自らの未熟を恥じ入るばかりです」
「恥じるところはそこじゃねぇ!!」
ああもう……自分の肌を見られることへの恥も少しはもってくれ……マジで。
次回 詠史、真絹、水菜乃の仲良しトリオが夜の学校に挑みます!