「疲れたぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
盛大な絶叫と共は裏腹にゾンビのように力なくソファに倒れ伏した茶髪眼鏡の女は僕の姉である和倉詩絵である。この世の全てを儚むような顔を浮かべ全細胞が止まってしまったかのように全身から力が抜けていっている。
「………労働がない世界に……産まれたかった」
「頑張れ社会人、ほれケーキだ」
「手を動かす元気もない………もうダメよ、私は美人薄命の例に漏れず若く美しい身体のまま過労死していくんだわ……」
「はいはい、食わせりゃいいんだろ、食わせりゃ」
スプーンですくって姉ちゃんの口の中に放り込む。咀嚼をする気力くらいは残っているようで微かに口が動いていく。呑み込んだと思ったら今度は大きく口を開いた。もっとよこせと言うことであろう。先ほどより気持ち大きめにとって口の中にぶち込む。
「おいちぃぃぃ……労働後の甘味は染み渡るわね」
「今回は何があったんだよ」
「すっごいつまんなかった………浮気調査ってマジで怠いし、報告したらしたで依頼者がん泣きするし、癒しなだめるのはお金にならないのにそこに一番労力使ったし…外はもうすっかり暑いし……ああもうだめぇ………今日一日は動けなーい」
姉ちゃんは学生時代から常々「働きたくない」「人と同じことはしたくない」「金だけ欲しい」「でもヒモはヤダ」「一日8時間労働で週2しか休めないとかどこのドMが決めたのよ」「ベーシックインカムはよ」「金が降ってこないかしら」と人間なら誰でも思いそうなことをしょっちゅう口にしていた。そして最終的に、就活中にハマっていた漫画の主人公と同じ職業である何でも屋に就職したのである。
ちなみに真絹のストーカー行為に最初に気づいたのは姉ちゃんである。そんな姉ちゃんが姉の威厳が全くない格好で口を動かす。
「詠史、服脱がして、んでもって濡れタオルで拭いて」
「ヤダよ、そのくらいてめーでやれ25歳」
「年齢を言うな……じゃあ仕方ない。真絹ちゃーーん」
「はいっ!!お呼びでしょうか!!!」
さもどこかから飛んできたような登場の仕方であるが、さっきからずっと僕の後ろで成り行きを見守っていたよなお前。
「服ぬがしてぇ……で、拭いて」
「かしこまりました!!それでは失礼して」
「止めろ、そこまで甘やかしちゃダメだって」
「ですが「頭撫でてやるから」詩絵さん、労働でお疲れの貴女にこんなことを言うのは忸怩たる思いなのですが、もう立派な淑女であらせられるのですからご自分で出来ることは自分でやるべきだと思います。お疲れのところ申し訳ございませんがご自分でお願いします」
「ちぇっ、詠史派よねそりゃ………ああ、だるぅい」
姉ちゃんは手を伸ばしてクッションをひっ捕まえた。それを枕にしてさらなる脱力をする。
「あーあ、この前のお馬さんがもっと速く走ってくれればしばらく寝て過ごせたのに………」
「また競馬したのか」
「ギャンブルってのはちょうどいい刺激なの。生活費には手を付けてないんだからいいでしょ」
「はぁ……ったく」
「不労所得ほしぃ……私の身のお世話を全部してくれるロボットが欲しぃ……ああ……面倒くさぁい」
寝転がったままポイポイと器用に服を脱いでいく。どうやらしばらくはソファから一ミリたりとも出るつもりはないらしい。
「詠史あんた風呂入るでしょ、それ洗濯機の中に突っ込んどいて」
「脱衣所で脱げよ」
「今日結構汗かいちゃったから気持ち悪くって……でも着替えるの面倒だからしばらくこのままでいるわ」
「服くらい持ってきてやるよ」
「だーかーら、着替えるの面倒なの、風呂入るまでこのままでいる。っていうか立つのも面倒くさい………しばらく寝る」
すると大あくびをかました。そして僕の方を見て思い出したように唇を動かす。
「そうだ、最近仕事でブライダル関係の人と知り合ったから予定が出来たら教えてちょうだい。安くなるよう交渉してあげるから」
「本当ですか!!??ありがとうございます詩絵さん!!!」
「余計なお世話だすっとこどっこい」
「ああ、お姉ちゃん相手にいーけないんだーー。もっと尊敬しーなさい」
「五月蠅い怠惰女」
「違います~~~睡眠女です~~~~ってことでおやすみなさい」
ったくもう……この姉ちゃんは………
宣言通り寝息を立てた姉ちゃんにブランケットをかぶせてやった。
「もうちょっとしっかりして欲しいもんだよな」
「ふふ、ご自宅だからここまでリラックスできているんですよ。お仕事中はキビキビしてるんですから」
「そうなの?」
「そうなんです」
「ふーん………想像できないや」
僕が知る中じゃ僕を弄る以外で姉ちゃんがキビキビ動いていたことなんてありゃしないのだから。
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「ふーん………想像できないや」
そう口にした詠史さんは服を集めてお風呂場に向かいました。それを見送った後お風呂後の詠史さんの為にお茶を作っておきます。
「るるるるん♪」
まぁそうですよね、普段を知り尽くしている兄妹の働く姿と言うのはあまり想像が出来ないものです。私もお兄様が立派に働いているシーンは想像しにくいです。プライベートとビジネスの場ではまるで性格が違うなんて方も決して珍しくはありませんしね。
「しかし改めて考えてもラッキーでしたよね。詩絵さんのお仕事が何でも屋で」
実は私も詩絵さんに依頼をしたクチなのです………その依頼内容は和倉詠史さんと一緒に住むこと。
「ふふっ♪懐が深く、広いお方で大変尊敬できます。流石は詠史さんのお姉さまですよね」
目覚めに向けてしっかりと力をためている詩絵さんに向けて私はお辞儀をしました。
「これからも末永くお付き合いお願いしますね。お義姉さま」
次回 真絹流、結婚のためのファッションをお見せします!