滅多にないことが尊いこととは限らない。自分に絶対服従を誓う美少女がやってきたってことならば人によって嬉しいし尊いと思う人もいるだろう。しかしながら雷に打たれて嬉しい変態なんていないはずだ。
今僕はとっても珍しいけれど、とっても遭いたくなかった酷い目に遭っている。
「ったくっ………」
「あら、あんた随分余裕じゃない。誘拐されているのに太い神経してるわね。尊敬するわ」
「君には負けるわ。負けるしかないわ」
「変な日本語ねぇ。でもまぁ、気持ちいいから良しとするわ」
僕は誘拐されているのである………なんでこんなことになっているのかと言えばことは30分くらい前に遡る。
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僕は久しぶりに真絹を振り切ってブラブラしていた。 基本誰がどこに居ようと構わないタイプの人間ではあるが、そんな僕だってたまには一人になりたいことだってあるのだ。こんなこと口に出したら「熟年夫婦みたいなこといいますね」と言われるだろう。
そんなことを考えながら少しばかりほくそ笑んだ。せっかく振り切ったのにどうして真絹のこと考えてんだか僕は。
「にしてもここどこだったかな」
適当に曲道を走りまくったから完全にどこか分かんなくなった。まぁこういうのも新しい発見があってなかなかに面白い散歩になるものだ。日常の中で最も手軽にできる冒険の一種だと思えばそれでいい。
「さて、どんな宝物があるかな。徳川埋蔵金でもあればいいが。織田埋蔵金でもいい」
「きゃぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
絹を裂くような悲鳴とはこういうものをいうのだろう。そんな悲鳴をまだ小学生くらいの女の子が出していた。腕をがっちりと偉丈夫に掴まれており、トラックの荷台に放り込まれようとしている。何とか踏ん張っているが、あんな小さな少女の抵抗なんてあってないようなものだろう。
「やめてっ!!!」
弱々しいのに鋭い懇願の声が僕の耳にまで届いた。
「何してんだお前!!」
声が出た。そりゃ出るだろう、誰がどう見たって緊急事態だ。後になって思えばまだ存在を認知されていない僕は黙って犯人たちがこの場から離れるのを待ち、車の車種とナンバープレートでも確認して警察に通報する方が利口だと分かる。
でも、出ちゃったんだから仕方ない。反省はする、後悔もする。しかしそんなことしても時は一秒たりとも巻き戻らないのが自然の道理というものだ。当然犯人らしき男と少女は僕に気づいた。
「てめぇ」
考えなしに突っ込んだ。言い方を変えるとアホなことをした。
僕は弱い、高校生男子ではあるが多分中学生と同じかそれ以下の戦闘力しかない程度には弱い。哀しいことに身長は低く、体質なのかあんまり筋肉がつかない。姉ちゃんはもちろん、バリバリ女子の真絹に力比べで勝ったことさえ一度もない、そのくらい弱い。運動神経自体はそこそこだが悲しいくらいにフィジカルが伴っていない、ゆえに弱い。
で、そんな弱い奴が人質を連れた武器もち大男に突っ込めばどうなるのかと言えば。
「ごぉばぁぁぁ!!!」
突っ込んだ僕の腹に見事な一撃が入り込み、悶絶し。
「おぼぉぉぉぉ!!!」
ダメ押しのかかとおとしで脳天と、ついでにコンクリの地面に叩きつけられた顔面に深刻なダメージを負った。そのまま見事にKOである。
次に意識を取り戻したのはトラックの荷台だった。しっかりと拘束されており、ろくに身動き一つできない。
「くそっ………」
僕もついでに捕まったのか………なんてアホなことをしてしまったんだ…………これからどうすれば「グッモーニン、ミスタールーザー」……男の野太い声とは程遠い可憐で意地の悪い声が起きたばかりの耳を揺らした。
「あんたもアホねぇ、そんな華奢でチビなガタイでどうやってゴリラに勝てるって言うのよ、いくら喋れるだけの愚かなゴリラでもゴリラはゴリラなんだから無理があるわ。ヒーロー願望があるのは結構だけど現実を知りなさい」
「………えっと………どういう状況?」
先ほどまで弱々しく身体を掴まれていた少女が太々しい態度でゴリラと呼んだ男を椅子にして頬杖をついていた。ゴリラと呼ばれた僕を襲った男の両手両足はしっかりと後ろに回され手錠をつけられ、猿ぐつわまでかまされている。なんだこれは、情報過多が過ぎるぞ。
「あたしはあんたより弱いわ。ジャムの蓋を自分の力であけられないレベルで弱い。だから弱者の特権と文明の利器を使ったの。ま、簡単に言えば荷台に積みこんで逃げられない状況にされた後に、油断を誘い不意を突いてこいつを叩きこんだのよね」
右手で何か細長いものをブラブラさせている。
「なにそれ?」
「改造スタンガン、一回限りしか使えないけど愚かなゴリラを昏倒させる程度の威力はあるわ」
なんつー物騒なもんをもってやがんだこいつ。
「それをそいつにぶつけたの?」
「そう言ったじゃない。
怖いよぉ、怖いよぉ、ママの所に帰りたいよぉって迫真の涙を流しながら叫んでいたらアホみたいに油断してたからそんなに難しくなかったわ」
「そんなもんどこに隠してたんだ?」
子供の手に持てる程度とは言えそんなものを持っていれば間違いなく気づくはずだ。どこから取り出した。
「服の中に隠していたって言ったほうがいい?それとも腹の中から取り出したって言ったほうがいい?あんたの好みに合わせてあげるわ。ふふっ、あたしったら優しい」
不可思議な感覚が全身を駆け巡る。なんだこの子は……本当に先ほど僕が助けようとした弱い子供なのか?猫を被るなんてなまっちょろいレベルじゃないぞこれ。
「んなことどっちでもいい………って言うかそんな備えまでしていたってことは、お前誘拐されたわけじゃないな」
「ええ、ちょっとした理由があってね。誘拐させてあげたのよ♪つまりあんたの行動すべてが余計なお世話で、無駄に時間と体力を浪費しただけってのは間違いないわね」
正直言って、まだまだ色々訳が分からない。整理なんてほとんどで来てない。ただ確かに分かることは
「………こんガキァ………」
この小娘、腹立つぅ。
「あたしたちを誘拐した犯人は二人組、つまりまだこいつのお仲間がこのトラックを運転しているのは変わりないから誘拐は現在進行形よ。妙な真似はしないでちょうだいね」
「はぁ??マジで?」
少女はもう一度大男の上に腰かけニコリと笑い、バラ色の髪を手櫛で梳いた。どこから取り出したのかイチゴオレを飲み、口を手で拭く。
「マジよ。あたしたちは依然アホゴリラの群の掌中にいるってわけ。怖いわねぇ、とってもとっても怖いわぁ。いつドラミングが聞こえてくるのかビクビクしちゃうわ」
なんつー白々しいガキンチョだ。怖さなんて微塵も感じてねぇ。
「そうそう、あたしは夢邦」
「このタイミングで自己紹介かよ」
……にしてもこの感覚、どっかで味わったことがあるような。
その時
ドシンッ!!
何かが荷台の上に落ちてくるような音がした。
「なんだ?」
「あら、思ったより早かったわね。流石だわ」
「は?」
「そこ危ないわよ」
落ちてきた音の場所……僕のちょうど真上にあたる天井部分が円を描いていく……なんだろうと思っているとその円の部分が繰りぬかれて真下に落ちた。
「てりゃっ!!」
それとほとんど同時に絹のように美しい白が僕の目の前に現れる。
「ああ、ご無事でしたか詠史さん!!!私は心配で心配で仕方ありませんでした!!!」
「真絹???は????え?????どうなってんの!!??」
「混乱されているようですね。無理からぬことです。しかし私が来たからにはもう平気です、この身の全てを捧げてでも必ずお助けしますから………あっ、そうだ」
何かを思いついたかのようにニコリと微笑んだと思ったら胸を強調させるように腕を組んだ。
「大丈夫ですよ。おっぱい揉みますか??」
「………おおっ………」
うん、一瞬でいつもの空気に引き戻された。流石だわこいつ。
次回 真絹たちの秘密が明かされます(真面目な秘密です)