胎内から解き放たれたばかりの赤ちゃんは一人では生きられない存在である。だから庇護を得るために可愛いのだとかいう話を聞いたことがある。そうだとすれば可愛いは生物の絶対的本能である生きるということに直結した技能あり、誰もが高次元なレベルで身に宿していると言えるだろう。ああ、可愛さはどこにいってしまったのだろうか。僕に限らず、全ての人類から赤ちゃん特有の可愛いは消えていくのが常である。
「バブーバブーです。バブーバブーです」
この姿はそんな人類の定めに抗うべくしているのだろうか?この声は反逆の叫びなのだろうか?
絶対に違う。
「帰っていいか?」
「ここが詠史さんのお家ですよ。はっ、私の幼き姿を見て童心を超えた童心……赤子心を思い出し、お義母様の胎内に回帰したいということですか!!??」
僕の名前は和倉詠史、リビングに紅茶を飲みに来たらソファにベビー服を着たアホを発見した男である。こいつはこういうコスプレグッズをどこで手に入れてくるのだろうか。というか身体にフィットしているように見えるが、まさか手作りなのだろうか。
「聞いといてやるけどお前は一体どういう了見で無駄にクオリティの高いコスプレしてんだ?」
「決まっていますですよバブー。赤ん坊は誰もが可愛がるもの、詠史さんとてその例外ではないでしょう……つまり」
「つまり?」
「抱いてくださいバブー!!!!!!!!!!」
真絹の面が飛び切り美人だから勢いで押せているけれど、冷静に考えたらホラー案件だよなこれ。なんかこういう妖怪いそう。 子泣き爺ならぬ子泣き美少女。マニアックなファンがいるタイプの妖怪だな。
「抱かねーぞ」
「いやらしい意味じゃないんですよバブ、純粋に親が子にするタイプの抱っこですバブ」
両手を小さく開いて甘えた眼を飛ばしてくる。
「もちろん詠史さんがバブバブ好きだと仰るなら私に手を出していただいてもいいんですけれどバブ。本物の赤ちゃんにするなら許されざる禁忌のバブですが、私にならし放題ですよバブ!!さぁ、どんどんしちゃいましょう!!!バブっちゃいましょう!!!!レッツバブバブです!!」
バブが隠語に聞こえるのは僕の耳が不健全だからだろうか。
「こんな性に積極的な赤ちゃんやだ」
「バァブ?」
途端に無垢極まりない瞳になった。こいつは役者として食っていけると確信する。
「赤ちゃんは人肌の温もりがなかったら泣いちゃうんですよ」
ウサギは寂しかったら死んじゃうみたいな言い方するな。
「抱っこされても泣いてるところよく見るけどな」
「抱っこされなかったらますます泣きますよ」
「いや、お前は抱っこされなくても泣いてないだろ」
「心は泣いています。ぴえん極まりないです」
その格好と会話内容で確固たる意志を宿した顔をするな。
「…………はぁ…………ったく。まぁこの前親御さんにあって変なテンションになっちゃったんだろうな………仕方ない」
抱きはしない。と言うか僕より大きな真絹を抱くのは辛い。頑張ればお姫様抱っこくらいなら何とかできないこともないが、頑張るほどのことだとは思えない。と言うか、抱いたら負けだとしか思えない。
と言うわけで。
「よしよし、泣かないの泣かないの。良い子良い子」
撫でた。ただ撫でた。あとお母さんの痴態に感じたであろう身悶えを多少なりとも労ってやった。すると
「…………………!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「どした?」
「tのせgbちおうwれpbtgぽくぉんぼpぐほうphごう@pほぷhぽいh!!!!!???」
「おーい、息してる?息してる真絹??」
パクパクと口を開きながら真絹の意識がなくなっていったのである。
「抱けって言ったくせにそれよりソフトなことされただけでこれかよ………これで本当にセックスとかしたら冗談でも何でもなくこいつ死ぬんじゃねーの?」
「」
「いつもならここで何か言い返すのに微動だにしない………狸寝入りじゃないようだな。
面白いやっちゃな」
こいつは本当に僕のことが好きなんだな……ああもう……
「なんかハズイ」
いい歳して赤ちゃん服に身を包みながら大口開けて白目を剝くという痴に塗れた真絹を見ながらそんなことを思ってしまったのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございました!
次回 真絹の細やかな秘密が露わになります