喉が渇いたので何か飲み物はないかとリビングに向かった時だった。
「詠史さん、もし私が詠史さんのこと好きって言ったら……どうします?」
ふいに、夜の静けさと暗さがリビングを飲み込んでいる中に甘い声が落とされた。 月明かりが窓から差し込んで、真絹の白髪を照らしている。 ーーなんてロマンチックなんだろう。
「……それ、マジで言ってるのか?」
電気をつけてポーズをつけている真絹に
「……それ、マジで言ってるのか?」
「マジです、真剣です、大真面目です!!」
「そうか」
軽く溜息をつきながら真絹の前に立った。そして何かを期待しまくっている彼女の目を真っすぐに見つめてあげる。
「今更すぎやしないか………逆にこれまでお前が僕に対してやってきたことが愛情からくるものじゃなかったら恐怖なんだが」
まぁ愛情からくるものであっても十分に恐怖だがこの際気にしないでおこう。
「はいっ!!仰る通り詠史さんに好かれたい、身体を重ねたい、心を通い合わせたい、子作りしたい、幸せな家庭を作り上げていきたい、そんな切なる愛情を地球から溢れるくらい持っております」
「だよなぁ」
「でも……ちょっとくらいドキッとしてくださいましたか?」
「いや、特に」
露骨にガッカリした表情になる。心なしかチャームポイントの絹のように白い髪も色褪せたような。
「そうですか………昨日見た漫画ではこれで一気に男性が女性を意識し始めたんですけどね。そのまま華麗にオールナイトフィーバーでした」
エロ漫画かな。
「しかもそのまま妊娠するとは……創作であることは重々承知していますが、とても羨ましかったです」
展開がジェットコースター超えてリニアモーターカー。
「その漫画がどんなものかは知らないが、多分真っ当な恋愛をしている漫画なんだろうな。少なくとも人の家に突撃して一緒に暮らすことまでしている女の子が言ったセリフじゃないだろう」
「そりゃそうですけど………やっぱり人間憧れのシチュエーションってものがあると思うんですよ。そのシチュエーションになったら問答無用で心が動いてしまうみたいな。
例えば恋人にどこかのホテルの最上階にあるレストランに連れて行ってもらったらもしかして告白されるんじゃないかってドキドキするでしょう。「何か分かる気がするが」
テロリストが学校に襲撃してきたら華麗に撃退しようと行動するでしょう。「それは決定的な部分にあるもんが違う」
ご飯にする?お風呂にする?それとも私?って言われたら条件反射を超えた速度でお前って言いたくなるじゃないですか「ついこの前似たようなシチュエーションになったけど僕そんな感じにはならなかったな」」
真絹がいじらしく髪を弄りながら上目遣いで見つめてくる。
「とにかくです。少しでも私を意識してもらい、あわよくば既成事実を作ろうと思い、意を決して告白まがいなセリフを言わせていただきました……いつもは好き好きアピールしまくっているので偶には少し引いた方がグッとくるかななんて打算もありました」
「何故自分の作戦を赤裸々に語る」
「隠すような内容ではないからです!!!」
力強い。そして納得せざるを得ない理由だ。
「しかし改めて難しいですね、恋愛って……詠史さんもそう思いませんか?」
「そうだな…」
ま、真絹と僕が考えている難しいってのは別の意味だとは思うがな………
ったく、最初に出会った時にこんなに懐かれると思ってなかったし、恋愛で難しいこと考える相手だなんて少しも思ってなかったんだけどな。
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真絹は僕の幼馴染である水菜乃のことを羨んでいる。幼馴染って言うのが幼い頃から一緒に居続けているという意味ならば真絹は間違いなく幼馴染ではない。幼馴染頃に深い親交があった相手という意味だとしてもやっぱり当てはまらない。
ただ、幼い頃にほんの少しだけでも馴染みがあるって意味ならばひょっとして該当するのかもしれない……まぁそんな緩い判定だったら世の中幼馴染だらけになってしまうだろうが。
「おーい、そこの男子。危ないぞ」
「え?なに?」
まだランドセルの重みも知らない時分、公園でゴロゴロしていた僕に白い影が降ってきた。それは随分と傲慢な動きと共に僕の上に着地をする。
「ぐえっ!!」
「おっとっと………男子ならちゃんと受け止めてくれる?パワーあるんでしょ」
そう言うと白い少女は僕を座布団代わりにして座り込んだ。必然、僕の体勢は情けないものになり、少女の顔も良く見えなかった。
「お前、急に降ってきたと思ったら人をなんだと思ってんの?」
「ほらさ、ブランコから華麗に飛んでみたんだけどあんたがいたせいで上手く着地できなかったんよ。それで足ちょっと痛くなったから休憩しなくちゃ」
「だったらベンチにでも座ってくれない?」
「動くの面倒くさくって、それに案外座り心地いいの、ここ」
「知るかぁぁ!!!!!!!」
釣りたてほやほやの魚のごとく身体をじたばたさせるが首根っこを掴まれ強制的に身体をストップさせられた。
「落ち着いてよ、男子ってのは私みたいな美少女の尻に敷かれたい願望あるんでしょ。兄ちゃんが言ってた。
だから大人しく座布団であることを全うして。お尻の感触を堪能するくらいは許可してあげっから」
「んなわけあるか。そしてするか」
少女はさらに体重をかけてきた。お前の言うことなんか知るかと言う意志がヒシヒシと伝わる。
「そうだ、あんた名前は?」
「人に名を聞く時は「そういう面倒くさいのいいから」………和倉詠史」
「詠史ね。てっきり座布団太郎とかかと思ったのに意外と普通じゃん」
「そういうお前は何なんだ?男を尻に敷美とかか?」
「んなわけないじゃん。私は真絹。初川真絹」
真絹と名乗った少女は僕の顔を覗き込んできた。初めて少女と真っすぐ目が合う。
「この綺麗な絹みたいな髪の毛が自慢の女の子だよ。座布団であるうちはお尻は許すけど髪にはお触り厳禁だから気を付けて」
笑顔ムカつくぅぅ。でもマジで髪はマジで綺麗……だからもっとムカツクゥゥゥゥ。
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うん、今思い返してみても憎たらしさしかない……それに全く馴染んでないから幼馴染ではないな…人への態度とか、喋りかたとか今とは随分変わったけれど。
「どうされました?そんなに私の顔を覗き込んできて……キスですか?キスしまくりたいんですか?どうぞどうぞどうぞ、窒息するまでキスしてください。チュッチュチュッチュです」
綺麗な髪の毛と自分の欲に忠実な根っこは変わんねーな。
次回 絵になるような美しい月夜で事件が起こります!!