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第7話 幼馴染以上には絶対見ないから

 あたしの最初の記憶はママのおっぱいを吸っている詠史のアホ面だった。


「んまぁぁぁ!!!!」


「あらあら、元気な子供ねぇ。流石は詠史君。食欲に忠実で実によろしい。水菜乃もこのくらいいっぱい吸ってもいいのよ」


 あたしのママだというのに我が物顔でギュルンギュルンと母乳を吸っていく。あたしは生まれて初めての記憶で、生まれて初めて滑稽と言う感情を知ってしまったのだ。


「あはははははは!!!」


 そんな風にけたたましく笑ったらしい。


 幼馴染は二種類いる。相手のことを恋愛的に好きになる幼馴染と、そうでない幼馴染だ。あたしと詠史は圧倒的後者。アホ面の印象が強すぎたせいで物心ついた時から男どころか滑稽な生物としか思えなかったのである。


 それからも詠史との思い出は増えていったが、大半は記憶の花園に埋まっていった。ただ不思議なことに残っているのだ。原初の記憶があたしの中に根付いて、派手な花を咲かせているのだ。


 滑稽さだけは、忘れていないのだ。脳にこびりついて仕方ないのだ。


~~~~~~~


「水菜乃ぉぉ~~~どうして詠史さんは私に振り向いてくださらないんでしょう」


 詠史の盗撮写真や、アクリルスタンド、抱き枕、カレンダーといったお手製グッズがところせましと置かれている真絹の部屋にあたしはいる。詠史に対する耐性がない人間がこの部屋に長時間いれば発狂してしまいそうな部屋である。


「振り向いてるわよ、何なら自分で首を固定してあんたの方だけを向くようになってるわよ」


「じゃあどうして私のことを彼女にしてくださらないんですか?」


 うーん、あんたの愛が重すぎるのが原因の一旦なのよねぇ……あのバカは『僕が真絹と付き合うとして、生半可な覚悟じゃ食われることになる……色んな意味で覚悟が決まらないうちは付き合うのは危険だ』とか大真面目に言ってたもの。正直あたしも同感だし。


 とは言えあのバカの堅物っぷりはイカレてるのも間違いないわ。おかしい奴同士お似合いっちゃお似合いね。


「最悪彼女でなくてもいいんです。まずは身体からでもいいんです。惚れさせてみせますから」


 中々の問題発言をぶちまけた真絹はしかし、詠史の顔がプリントされたマグカップに入ったミルクティーを上品に飲んだ。そして今の話題にマッチしていないくらいに上品に微笑む。


「ふふっ、美味しくできました」


「身体から始まる純愛ねぇ。ありっちゃありだけど、そういうのは難しいかも……関係があるかは分からないけど昔こんな話を詠史から聞いたことがあるわ」


「なんですか?おっぱいに首を折られたせいで女体に恐怖心を抱いたとかですか?」


 どんな状況よそれ。おっぱいハンマーでも喰らったの?選ばれし巨乳にのみ許された禁忌の技を喰らったの?


「そんな面白事案があったらとうの昔にあたしは笑い死にしていたでしょうね」


「……今度お怪我をさせない範囲で試してみましょう」


 ごめんね詠史、妙な知恵を授けちゃった。まぁせいぜい愉しみなさい。


「まだあたしたちが小学生だったころの話よ」


~~~~~


「水菜乃、僕はもう疲れたよ………疲れたよ、ミナノッシュ」


 雑極まりないボケはスルーするのが優しさだとあたしは知っていた。そしてこいつがつい先日某犬のアニメを全話一気見するという暴挙に出て涙で風呂を満たしたことも知っている。


「どうしたの、死んだ魚の群れみたいな全身して」


 その日は詠史が死にかけていた。まぁ詠史は一週間に一回くらいの頻度で勝手に死にかける年頃だったのでそんなに気にはならなかったのだが、その日の詠史はいつにもまして死にかけていたのだ。てっきり泣きすぎによる水分不足かと思ったのだが瑞々しい肌を見て違うと判断した。


「せめて特定の一匹にしてくれ……って言うかこういう時普通は慰めてくれるんじゃないの?」


「あ~~~言っちゃったわねぇ。せっかくおっぱい揉ませてあげようと思ったのになぁ。この美乳を味わわせてあげようと思ったのになぁ。そういうこという奴には揉ませたくなくなるわねぇ」


「どうやって?お前まない……」


 閃光の素早さであたしの掌底が顎を捉え、虹の様な軌跡で地面に倒れ伏していった。


「デリカシーがない」


「いや……おまえ……先に自分が言ったことを思い出せ………そして僕たちの年代は皆まとめてまな板だ………」


「うちの従妹はもうスポブラつけてんのよ……って言わせないでちょうだい!!エロ介!!エロ忍者!!!エロエロ!!!!!」


「勝手に言ったんだろ」


 興味なさげに口を動かす。


「で?何があったの?詩絵さんに無茶な要求でもされた?」


 ちなみに詩絵さんとは詠史のお姉さまであり、あたしが尊敬するお人である。


「姉ちゃんは最近、僕以外の何かに夢中みたいでそんな妙なことは要求されてないよ……でもさぁ、色々あってよ」


「色々って何よ。ハッキリしなさい、詠史でしょ」


「そこで男でしょ、とかそういう主語のデカいことを言わなかったことは賞賛に値する。褒めて遣わす」


「意味が被ってるわよ」


「良いんだよ。良いことは何度重ねてもいいもんなの」


~~~~~


「ちょっと待ってください。詠史さんと水菜乃の仲睦まじい談笑ばっかりじゃないですか!!私がしたくて堪らない幼馴染全開の微笑ましいやり取りばかりじゃないですか!!!」


「これはまだ導入部分よ。ここから詠史の相談が始まったのよ」


 真絹がプクリと頬を大きくしたが、それでも何も言わずにあたしの言葉を待つ。良い子ね。


「そしてあいつは唐突にこう言ったのよ」


~~~~~


「生きる意味が分かんなくってさぁ」


「なんだ、ちょっと早い中二病か。心配して損したわ」


 あたしは大きなあくびをして傍にあったベンチに寝転んだ。そのまま涅槃に至った仏陀の体勢になる。


「あのねぇ、そんなもんどうでもいいのよ。別にあたしたちは産まれたくて産まれたわけじゃないわ。生きるために産まれたわけじゃないわ。たまたま産まれたから生きてんのよ。意味なんてなくて当然」


「お前なぁ………そういうひねくれたこと言うなよ」


「ひねくれてないわよ。定規のように真っすぐ素直な心根を前提にして考えたらそうなったの。

 まぁあんた程度のお子ちゃまと論を重ねる気はないわ。あと10年たったらまた楽しく議論しましょう」


「僕を馬鹿にしたな」


「ええ♪生きる意味なんて大層なものじゃあないけれどあたしの生きている趣味はあんたを馬鹿にすることだもの♪

 さてさてさて、それじゃあシンプルに聞きましょう。あんたがガキの身の程に合わないことを思ったのはなんでかしら?きっかけを教えなさい」


 詠史に抱き着き、情け容赦なく頬をこすりつけてやる。


「教えなければ今日あんたのお家にお泊りしてでも聞き出すわ。お風呂からベッドまで一瞬たりとも逃さずに聞き出してやるわ!!おばさんおじさん詩絵さん全員に媚まくりどんな恥ずかしいきっかけだったとしても聞き出し、皆に言いふらすわ!!!!いえ、ネットに流して全世界にあざ笑うわ!!!

 うふふ、こんなこともしちゃうかも♪」


 脇腹をツンツンと突く。こそばゆかったのだろう。ビクンッと身体がはねた。


「くっ!!外道め!!!」


「なんとでも言いなさい。あんたはあたしと幼馴染になったその日からあたしに弄ばされるって決まってるのよ!!!あたしがそう決めたもの!!!」


「くぅぅこのアマぁぁ!!!!」


「ほら、早く言いなさい。今ならあたしの心の内だけにとどめてあげる可能性が無きにしも非ずかもしれないわよ」


「外道め!!!」


「ボキャ貧~~~」


「……下劣な女め!!!」


「そのセリフはムカつく」


「ごめんなさい!!」


「許してあげる」


 あたしは頭を撫でてやった。


~~~~~~~~~~~~


「ちょいちょいちょい!!お待ちください!!!」


「何よ、これからが本番だって言うのに」


「仲良すぎじゃないですか!?知っていたつもりでしたよ、貴方達が尋常でないほど仲良しだというのは。でも、思っていたよりさらに仲良しですね!!!」


 うわぁ、我が従姉ながら鬼気迫る顔。綺麗な顔が台無しよ。


「まぁあいつとあたしは妙に馬が合ったからね……でもどうでいいじゃない。姉と出来の悪い弟みたいな関係性よ。あんたの邪魔をするつもりはないから安心なさい」


「むにゅぅぅ……何かスッキリしません」


 うぅん……でも本当にあいつにこれっぽっちも魅力を感じていないのよね。でも真絹に妙な勘繰りされるのも心外だし、少し気を付けるとしましょう。


 取り合えず最後に一緒にお風呂入ったのが去年だってことは絶対に口外しないよう詠史にも釘刺しとこっと。



次回 詠史の過去と真絹との意外なつながりが出てくる?

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