目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

26.レフェの謁見

 年が明けて十日。今年に入って初めて、私は母さんと共にレフェ城へ赴いた。


 レフェ城は、この大陸の中心国家にして、私たちが暮らす国の中枢を担う王城である。母さんは毎月ここに赴き、魔法研究の成果や新たな魔導書を提出し、その対価として五十万テルンを受け取っている。


母さんはこの国全体を包む「灼炎の結界」を展開し、外敵から守護している。その防衛の要たる母さんに対する謝礼が五十万テルンというのは、正直安すぎる気もするが、私たち親子ふたりが暮らしていくには十分すぎる額なのだろう。


 それにしても、レフェ城を訪れるのはこれが初めてだ。どんな城なのかと期待していたが、実際に目の当たりにすると、前世で見た「西洋風の城」とほとんど変わらない。


一面白く塗られた石造りの荘厳な建築物。ここが国の中枢であり、王の住まう城なのだ。


 城へ続く長い石橋を渡り、正門の前へと到着すると、そこにいた兵士が母さんに恭しく頭を下げた。


「これは、大魔女セリエナ様! よくぞおいでくださいました。・・・失礼ながら、そちらのお嬢様は?」


「娘よ。アリア・ベルナード。今年で、8歳になるわ」


「ははっ、左様でございますか。セリエナ様に似て、実に可愛らしいお嬢様でございます」


「あら、どうもね。王は、いつものところかしら?」


「はい。ラドム様はすでに玉座の間でお待ちです。どうぞお急ぎください」


「わかった、ありがとう」


そうして私と母さんは、城の門をくぐった。



 城内に入ると、磨き上げられた光沢のある床に鮮やかな青いカーペットが敷かれ、真っ白な壁が高くそびえていた。


廊下の両脇には兵士たちが整然と並んでいる。門前にいた兵士とは違い、彼らはまるで彫像のように微動だにせず、私たちに目を向けることすらなかった。


 正面にそびえる大きな階段を登った先には、両開きの大扉がある。


「いよいよ、王様に謁見ね。アリア、いい子にするのよ」


「大丈夫。失礼のないようにするよ」


 そう答えると、母さんは安心したように微笑み、扉をノックした。


「ラドム国王。セリエナ・ベルナードです。以前お話した通り、娘を連れて参りました」


 扉の向こうから、若い男の声が響く。


「そうか、よく来てくれた。どうぞ中へ」


「では、失礼します」


母さんが扉を押し開く。


 広々とした謁見の間。入り口から玉座までは十メートルほどの距離がある。玉座には赤い短髪の男が座っていた。


母さんが歩き出し、私はその後をついていく。近づくにつれ、王の姿がはっきりと見えてきた。


 王は青い貴族服を纏い、赤髪に青い瞳を持つ若い男性だった。


母さんは玉座の前で立ち止まり、優雅に礼をする。私もそれにならい、見よう見まねで礼をした。


「我が国の守護者、大魔女セリエナ・ベルナード。今日もよくぞ我が城へ出向いてくれた。 さっそくだが、娘の紹介をしてはもらえぬか?」


「お初にお目にかかります。アリアと申します。今年で8歳を迎え、ゼスメリア魔法学院に入学しました」


「ほう、ゼスメリアに。ということは、貴女と同じ道を往くのか?」


「はい。この子は私の娘であると同時に、夫が最後に遺したもの。必ずや、私の後継者として立派に育て上げてみせます」


 夫——つまり、私の父親。


私はこの世界に転生した時、すでに父の姿はなく、写真でしか見たことがない。母さんも、父については一切語ろうとしなかった。


 しかし、今の母さんの言葉から察するに——やはり、もうこの世にはいないのだろう。


「そうか・・・そうであったな」


 王は私に目を向ける。


「アリア、と言ったな。君は、母が好きか?」


「はい、もちろんです。母さんは、私にとって世界で一番大切な人です」


「はは、そうか。・・・改めて、私がこのレフェの国王、ラドム三世だ。  こうして君と対面できたこと、光栄に思うぞ。セリエナ殿の娘、アリアよ」


 私は「恐れ入ります」と礼をした。


「ずいぶんと礼儀正しい子だな。セリエナ殿、これは貴女の教育か?」


「いいえ。ですが、この子はいずれ私の後を継ぐ生まれながらの魔女。最低限の礼儀は、教えずとも覚えてくれました」


「それは感心だな。・・・セリエナ殿、恐れながら、一つ私見を言わせてほしい。この子はきっと、貴女を超える大魔女になるぞ」


「私もそう思っております。この子は、いつの日にか私を超えてくれる・・・そんな気が、前々からしているのです」


「おお、貴女もか。では、我々の目に狂いはなさそうだな」


 王は高らかに笑い、改めて母さんへと向き直る。


「さて、いつもの報告を頼もう」


「はい」


 こうして、母さんの報告が始まった。

まず母さんは、持ってきたバッグを下ろして床に置いた。

その口が自然に開き、中から数枚の書類と一冊の本が飛び出した。


 それらを手に収め、王は時折ふむふむと頷きながら、一つ一つ読んだ。

そして読み終わると、顔を上げた。


「いつもながら、よい報告だ。日ごろからの我が国を守る結界の展開。そして、この研究成果報告。

改めて思うが、貴女は素晴らしい大魔女だ」


「ありがとうございます。ですが、私がこうして魔法の研究、並びに娘の子育てをしながらでも生活ができるのは、国王のご理解とお慈悲のおかげです」


「貴女は我が国の守護者、このくらい当然だ。さて・・・」


 王は左手を伸ばし、空中に大量の金貨を出した。


「これが今回の謝礼だ。念の為、確認していただきたい」


母さんはそれらを1枚1枚数え、「大丈夫です。ありがとうございます」と言い、それらを持参した小袋に入れた。


「では、これで終わりとする。・・・と言いたいところだが、今回ばかりは事情が少し異なる」


 私に目を移し、王は神妙な面持ちになった。


「セリエナ殿。貴女は、この子にまだあの事を教えておらぬだろう?」


「はい、まだです」


「やはりか。では、ここで教えよう・・・母である貴女と、この国の王たる私の口から、な」


 何やら、重大なことを聞けそうな予感がする。

一体、何の話が始まるのだろう。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?