冬の始まりを告げる雪が、学院の中庭に舞い落ちる。
学院での生活にもすっかり慣れた私たちは、ここゼスメリア魔法学院の一年生として日々魔法を学び、技術を磨いている。
「灼炎の女皇」の娘である私は、今日もごく普通の学院生活を送れている。
私の目に映るのは、いつも通りの授業、いつも通りの仲間たち。
「アリア、寒くない?」
シルフィンが、私の隣でそっと尋ねる。
しばらく付き合ってわかったが、彼女は少しばかり人への気遣いができる。
「私は大丈夫。シルフィンこそ平気?」
「うん、まあね」
シルフィンは肩をすくめ、ちらりと窓の外を見た。
授業の合間、私たちは組の教室で次の授業の準備をしていた。ライドとマシュルも一緒だ。
「ったく、冬ってのは嫌だな。どこに行くにも、何をするにも寒くて仕方ない」
マシュルがぼやきながら、手元の魔導書をぱらりとめくる。
水の魔法使いである彼は、冷気には多少の耐性があるが、それでも寒いものは寒いらしい。
「まあ、もう少ししたら本格的な冬になるし、今のうちに慣れておいた方がいいんじゃない?」
雷属性の魔法使いであるライドが、淡々と言葉を挟む。
「はー・・・なんか、冬眠したくなるな」
「おいおい、何言ってるんだよマシュル」
そんな他愛もない会話を交わしていた、その時のことだったーー
「大変だ! 学院に、魔物が入り込んだ!」
廊下から飛び込んできた上級生の声に、一瞬、空気が張り詰めた。
「・・・魔物?」
私は反射的に立ち上がった。
「ああ、詳しいことは分からない・・・でもとにかく、今先生たちが対処してくれてる!生徒は全員、組の教室で待機するようにって指示があった!だからみんな、大人しくここで待っててくれ!」
驚きと不安の声でざわめく教室内に、駆け込んできた彼を始めとした数人の上級生がみんなをなだめる声が響いた。
私たちは教室の片隅に集まった。
シルフィン、ライド、マシュルは、緊張した面持ちになっていた・・・もちろん私もだけど。
「ねえ、この状況・・・なんかヤバくない?」
「ヤバいさ。学院内に魔物が侵入したなんて、一大事だ!」
「まあでも、先生たちがなんとかしてくれるよ、きっと!」
確かにそうだ。でも、同時に侵入してきたという魔物の正体も気になる。
この辺りの地域には魔物がうろついている。だから、学院の周りは先生たちが厳重に警備している。そう聞いていたのだが。
「・・・行こう」
シルフィンが呟いた。
「行くって、どこに?」
「そうだよ、聞いただろ?生徒は皆、教室で待機してろって・・・」
しかし、シルフィンは首を横に振った。
「行く!なんとしても。ついてきて!」
連れていかれた先は、彼女の個室。
シルフィンが机の引き出しを引くと、そこには丸い奇妙な空間が広がっていた。
「あれ、これってもしかして『探し人の魔法』!?」
ライドが驚くのも無理はない。
自分が探し求めている存在の居場所と繋がる扉を開く『探し人の魔法』は、以前授業で習ったばかりの汎用魔法だ。
特定のものに固定して使うこともできるのだが、これは授業ではやっていない。
なのに、シルフィンは自分の机の引き出しに『探し人の魔法』を固定している。
「この前授業でやったばっかりのやつだ・・・どうして」
唖然とするマシュルを尻目に、シルフィンは詠唱する。
「探せ、学院に入り込んだ魔物の居場所を!」
引き出しの中にあった紫の空間が歪み、どこかで見覚えのあるような場所の光景に変わってゆく。
やがてそれは、はっきりとした映像へと変わる。
「ここって・・・中庭?」
私は思わず息をのんだ。探し人の魔法が示したのは、学院の中庭。
そこには、緑色の粘液のようなものが蠢いていた。
「これって・・・もしかしてウーズか!?」
ライドが呟き、マシュルが反応する。
「それって確か、スライムの一種だよね?なんで、そんなものが学院に?」
「それを確かめに行くのよ!」
シルフィンを先頭にし、私たちはすぐに魔法が示した空間に飛び込んだ。
ひんやりとした冬の空気が肌を刺す。
だが、それよりも目を引いたのは、広がる緑の粘液の塊だった。
「・・・でかいな」
マシュルがごくりと唾を飲む。
目の前に広がる魔物・・・ウーズは、私たちの身長の倍はあろうかという大きさだった。
ヌルリと蠢きながら、ゆっくりと動いている。
「先生たちは・・・?」
辺りを見渡すが、先生たちの姿はない。
「まずいね、これ・・・」
ライドが眉をひそめる。
「ああ。こいつを放っておけば、学院中に広がるかもしれない」
「なら、やるしかないね・・・私たちが!」
シルフィンが杖を構える。
「おれたちだけで・・・?いやいや、 無茶だろ!」
マシュルが抗議するが、私はシルフィンの意志を理解していた。
「・・・やりましょう」
私もまた杖を出し、魔力を込める。
「アリアもその気なの?なら、仕方ないな・・・!」
私たちの姿勢を見て、意を決したライドにマシュルは「おいおい、マジかよ・・・!」と言いつつ、自身も杖を構えた。
「みんな、いくよ!」
私の合図で、シルフィン、ライド、マシュルがそれぞれの位置に散る。
「スパークボルト!」
ライドが詠唱し、ウーズに向かって細い雷の矢を放つ。だが、バチッと弾けた雷がウーズの表面を滑り、あまり効果がない。
「・・・くそっ、雷は効きにくいのか!」
「なら、水ならどうだ!」
マシュルが杖を構え、詠唱する。
「アクアショット!」
彼の杖の先に小さな水球が現れ、ウーズに向かって飛んだ。
水球が当たるとウーズはぐにゃんとへこんだものの、すぐに元の形に戻ってしまった。
「効いてない・・・!」
「なら、私たちの出番ね!」
私はシルフィンと目を合わせ、同時に詠唱を始める。
「フレイムスパーク!」
杖の先に小さな火花が集まり、閃光のように弾けながら飛び散る。火の粉がウーズに触れると、小さな爆発を起こす。
単体ではそこまで強くない魔法だが、私たち2人で放つとまずまずの威力になるはず。
ウーズに命中すると、ジュウッと蒸気が上がり、ウーズが苦しんでいるように見えた。
「やったのか?」
マシュルが息をつくが、ウーズの表面が大きく膨れ上がり、突然弾けた。
「うわっ!」
飛び散った粘液が辺りに降り注ぐ。
幸い、私たちはとっさに避けたが、その粘液が地面を溶かしているのが見えた。
「・・・これ、酸性の液体だ!」
シルフィンが叫ぶ。
この様子だと、中途半端な威力の魔法では、かえって危険かもしれない。
「なら、もっと強い魔法を使おう!」
私は、専属魔導書の「サンフレア」を取り出した。
魔力を消費せず魔法を使える魔導書の中でも、私にしか扱えない魔導書。
入学してから使う機会に乏しかったが、ついに使う時が来た。
「燃え盛る太陽よ、その輝きで全てを焼き尽くせ──」
詠唱と共に、燃え盛る小さな太陽のような光球が生まれ、周囲の温度が急激に上昇する。
地面がじわじわと焦げ付き、空気が歪むほどの熱が周囲を包む。
光球がどんどん膨張し、まばゆい黄金の炎が渦を巻きながら回転を始める。
その輝きは目を開けていられないほど強くなり、まるで真昼の太陽が地上に降りてきたかのようだ。
手を振るって光球を飛ばすと、光球が爆発し、無数の炎の奔流が放射状に広がる。
その炎は単なる火ではなく、太陽の熱を宿した灼熱のエネルギーであり、触れたものを瞬時に焼き尽くす。
ウーズの影が地面に焼き付くほどの閃光が走り、轟音とともに爆風が吹き荒れる。
魔法が収束した後も、大地は赤熱し、立ち上る陽炎が戦場に残る。
まるで太陽がその場に降りたかのような余韻を残しながら、ゆっくりと熱が消えていく。
「・・・倒した?」
炎が消えた後、そこにはウーズの姿はなかった。ただ黒く焦げた地面が、そこに何かがいた証拠を示している。
「やった・・・のか?」
マシュルが息をのむ。
「うん、消滅したみたいね」
シルフィンも魔力を収めながら安堵の息をつく。ライドは額の汗をぬぐいながら、まだ警戒しているようだった。
「すげぇな、アリア・・・あんな魔法、初めて見た」
ライドの声に、私は少しだけ苦笑した。
「私も、本格的に使うのは初めてだったよ。でも、なんとか成功したみたい」
地面に焼きついた痕跡を見つめながら、私は心の中でそっと呟いた。
ーーこれが、私の"炎"。
私にしか扱えない、魔導書の力ーー
「とにかく、これで倒せたよね。もう、安心だ!」
私たちはお互いの顔を見合わせ、安堵の息をついた。
しかし、その時ーー
「何をやっているの、あなたたち!」
鋭い声が響き渡った。
振り向くと、そこには先生たちが立っていた。
私たちは再び顔を見合わせた。
・・・さて、どうやって言い訳しようか?
「先生、違うんです! 私たちはただ・・・」
シルフィンが慌てて言いかけるが、先生の鋭い視線に言葉を詰まらせる。
「まずは、状況を説明してもらおうか?」
私たちルージュの組の担任、レシウス・フィドルス先生が腕を組んでいた。
その背後には、他の教師たちも困惑した表情で立っている。
「すぐに話します!」
私は覚悟を決めて、ウーズとの戦いの経緯を語り始めた。
説明を終えると、レシウス先生はすぐに口を開いた。
「君たちは幸運だったな。アリアが強かったのも幸運だったし、相手が比較的弱い部類の魔物だったのも幸運だった。何より、君たちが無事だったことが一番の幸運だ」
教室で待機せよという指示に従わなかったのだから、罰を受けるのではないかと思ったが、先生はそんなことはしないと言った。
「あくまで、その幸運にだが」と付け足していたが、正直これが一番の幸運だ。
「ともかく、教室に戻りなさい。安全が確認でき次第、授業を再開する。組のみんなにも、そう伝えてくれ」
これ以上、先生の指示に背くのはやめておいたほうが良さそうだ。
みんなもそう思ったのか、素直に教室へと戻った。