それから数カ月が経ち、私は少しずつ炎を制御できるようになってきた。
以前はただ力任せに魔法を放つだけだったが、母の教えを思い出しながら丁寧に魔力を扱うことで、炎の形を自在に変えることができるようになった。
また、魔力が暴走することも減ってきた。
学院の訓練場では、私は炎を細く伸ばして鞭のように操ったり、空中で燃え盛る鳥の形を作ったりすることもできるようになった。
まだ完璧には程遠いが、それでも確実に成長している実感があった。
「アリア、最近すごいじゃない!」
シルフィンが驚いたように目を輝かせる。
「うん。でも、まだ満足はできないよ」
私は静かに炎を消しながら、まだまだ鍛錬が必要だと感じていた。
「でもさ、最近は前みたいに暴走することもなくなってきたし、確実に進歩してると思うよ」
ライドが微笑みながら言う。
「おれもそう思うぜ。前までは、見ててヒヤヒヤしてたけどな」
マシュルが腕を組みながら頷いた。
「・・・そうだね」
私は彼らの言葉に小さく頷いた。
私は成長している。それは確かだ。
でも——
心の奥には、別の感情が渦巻いていた。
この世界に生まれてから、私はずっと、炎の魔法を極めることに集中していた。
だが、それは本当に私の「やりたいこと」なのだろうか。
気づけば、私は母の期待に応えようと必死になっていた。
私は「炎の大魔女」の娘だから。
私は「世界最強の魔女の血を引く者」だから。
——だから、強くなければならない。
そんな風に、自分を追い込んでいた。
(・・・でも、本当にそれだけでいいの?)
この疑問は、私がこの世界に転生してから、ずっと心の奥にあったものだ。
私は前世で、炎を操る魔女なんかじゃなかった。
ただの、普通の女子高生だった。
それも、いじめを苦にして自ら命を絶った、弱い人間。
(私は、何のために転生したんだろう)
ふと、そんなことを考えてしまう。
もし、前世の私がこの世界の私を見たら、どう思うだろう。
「・・・アリア?」
気づくと、シルフィンが心配そうに私を見つめていた。
「えっ、あ、ごめん・・・ちょっと考え事してた」
私は慌てて微笑んだ。
「うーん、最近のアリアって時々、何か考え込んでるよね」
ライドが首をかしげる。
「まぁ、アリアはアリアだからな。悩むこともあるんだろ」
マシュルは気にするなと言わんばかりに、肩をすくめた。
シルフィンは少しだけ考え込んでから、そっと私の手を握った。
「アリア。何かあったら、私たちに話してね?」
「・・・ありがとう」
私は小さく微笑んだ。
でも——
この世界に生まれた意味。
前世の私が抱えていた後悔。
れを、本当に話していいのかどうか。
私はまだ、その答えを見つけられずにいた。
数日後、授業が終わった後、私は訓練場で自主訓練をしていた。
炎を指先から灯し、小さな火の玉を生み出す。それをゆっくりと回転させ、手のひらで転がし、細く糸のように伸ばす。
以前の私ならすぐに暴走していたが、今はしっかりと制御できている。
(確かに、成長はしてる。でも・・・)
私の心は、晴れなかった。
ふと顔を上げると、夕焼けが空を染めている。燃えるような赤い空。その色は、まるで私の魔法のようだった。
・・・そう言えば、前世で最期に見た夕焼けもこんな感じだった。
学校の屋上から飛び降りる直前に見た、あの夕焼けも・・・
(私が目指しているのは、本当に強さなの?私が転生したのは、何のためなの?)
そのとき、ふいに後ろから声がかかった。
「アリア、やっぱりここにいたんだね」
シルフィンだった。彼女もまた、炎を操る魔法使い。私と同じ赤い髪、赤い瞳を持つ存在。
「うん・・・ちょっと、練習してた」
「アリアは頑張りすぎだよ。最近ずっと考え込んでるし」
「・・・そんなこと、ないよ」
私は苦笑するが、シルフィンはじっと私を見つめてくる。
「嘘」
「え・・・?」
「だって、ちょっと前まで私もそうだったから。お母さんに認めてもらいたくて、必死で強くなろうとした。でもね、いつの間にか楽しくなくなってたの」
シルフィンの言葉に、胸が締めつけられる。
「アリア、無理しないでいいんだよ」
「・・・でも、私は母の娘だから」
「それって、アリア自身の気持ち?」
私は何も言えなかった。
「確かにアリアはセリエナ様の子供だけど、アリアはアリアだよ。自分のやりたいこととか、夢があってもいいと思う。強くなることだけがすべてじゃない。私たち、友達でしょ? 何かあったら、ちゃんと言ってよ」
シルフィンは優しく微笑んで、私の手を握る。その温もりに、私は少しだけ肩の力を抜いた。
「・・・うん、ありがとう」
私はまだ、この世界での意味を見つけられずにいる。でも——少なくとも、私を支えてくれる仲間がいる。
それだけでも、救いだった。
その夜、私は久しぶりに母の部屋を訪れた。
昼間授業でもやった・・・セリエナ・ベルナード。「灼炎の女皇」とも呼ばれる、世界最強の炎の大魔女。
そして、今世での私の母でもある。
私はこの人の後継ぎとして転生し、ここまで育てられてきた。 将来的には、立派な魔女にならなければならないだろう。
母の部屋は静かで、厳かな雰囲気が漂っている。赤い炎の灯る燭台が、壁に揺らめく影を映していた。
「どうしたの、アリア?」
母は机に向かい、魔導書を広げたまま私を見る。その紅い瞳は、まるで私の心を見透かしているようだった。
「・・・少し、話がしたくて」
私は母の前に立ち、意を決して口を開いた。
「私って・・・本当に、強くならなきゃいけないの?」
母は一瞬だけ目を細めたが、すぐに静かに口を開いた。
「どういう意味?」
「私は、ずっと強くならなきゃいけないって思ってた。でも、それは本当に私が望んでいることなのか、分からなくなって・・・」
母は私の言葉を黙って聞いていた。そして静かに立ち上がると、私の肩に手を置いた。
「アリア。強くなる、魔女としての格を上げるということは、私の娘であるあなたの宿命。でも、その先に何を望むかを決めるのは、あなた自身よ」
「・・・母さんは、私にどうなってほしいの?」
「そうね・・・正直、あなたには私を超えた後継ぎになってほしい。ただ一方で、あなたが自分の生きる道を見つけ、その道を誇りを持って歩む、ということもしてほしいの」
母の意外な言葉に、私は驚いた。
確かに母は、私に強くなることを求めていたが、同時に私が私自身の道を見つけることも望んでいたのだ。
「・・・私は、強くなりたい。でも、それだけじゃない。私の力を、誰かのために使いたい」
「なら、その答えを見つけるために進みなさい。あなたの道は、あなたが決めるものなのだから」
母は優しく微笑んだ。
私は深く息を吸い込み、力強く頷いた。
「ありがとう、母さん」
私の心の霧が、少しだけ晴れた気がした。
私は私の道を探していく。そのために、もっと強くなる。
そして、いつか——
この力を、誰かのために使えるようになれれば。