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19.邪悪な魔法への対処術

 次は、「邪悪な魔法への対処術」の授業に行く。

正直こちらもあまり受けたくないが、仕方ない。

自由に受ける授業を選べるとはいえ、まったく受けないわけにはいかない。


今回の授業は、ライドと共に受ける。

席はもちろん、すぐ近くだ。

少しだけ距離を置くのは、毎度毎度隣で授業を受けていると、変な勘違いをされるかもしれないからだ。


 教室の生徒の中には、ジオルたちの姿はなかった。

しかし、私がこの授業が嫌な理由はそこではない。



始業のベルが鳴ると共に、教壇の上に先生が現れる。

それは、文字通り「虚空から」現れるのだ。


「・・・」


紫の瞳に長い髪。紫のレオタード風の服に黒い眼鏡。腰には黒いベルトを巻き、腕も足も露出している。そして、視線を引かずにはいられないほど豊かな胸──


彼女の存在感は、ただ立っているだけで圧倒的だった。


 おおよそ子供の前に現れていいものではないとも言える、妖艶な見た目の先生。

これが、「邪悪な魔法への対処術」の担当、メジェラ・ロイゼン先生だ。


始業のベルと同時に教室に現れ、終業のベルと同時に教室から消えるという、時間に厳格な先生。

そしてそれは、自他共に同様だ。


この先生はいつも無言で教室に現れる。

しかし多くの生徒、特に男子はその姿をすぐさま目に映すため、気づかないということはない。


 でも、正直この先生は苦手だ。

好きになれそうにない。


「・・・では、授業を始める。教科書の24ページだ」


この先生は・・・何というか、高圧的だ。

いつも、こちらを低く見ているような感じがする。


少なくとも、他の先生とはだいぶ違う。

その振る舞いも、性格も。



「今日は、『狂信の魔法』とそれを破る魔法について教える。『操作の魔法』の一種であり、邪悪な魔法使いはしばしば使うものだ」


 『操作の魔法』とは、簡単に言うと人を意のままに操る魔法。

言うまでもなく『邪悪な魔法』、この世界の悪しき者が使う魔法の一種だ。


相手を自然に誘導するものから、完全に意識を乗っ取るものまで、多様な形がある。


 ちなみに、似たものに『魅了の魔法』というものがあるが、こちらは邪悪な魔法には分類されず、また基本的に異性にしか効果がない。


「『狂信の魔法』。それは、対象の理性と知性を失わせ、術者の思い通りに動く人形を作り出す魔法だ。ただし、意識を乗っ取るわけではない」


 先生は、手に透明な水晶玉を生成した。


「この魔法を受けた者は、いわば意識をこのような・・・水晶玉の中に閉じ込められるのだ。

確かに存在はしている、だが手も足も外には出せない。そしてただひたすら、自らの体が意に反して動き、壊れてゆくのを見続けることになる」


 実に恐ろしい魔法だ、と先生は続け、黒板の方を向いた。


と見せかけて、勢いよく振り向いた。


「エディラ・レディラ!」


 先生の杖から黒い光が飛び、机に伏していた1人の女子に命中した。

すると、彼女は口をあんぐりと開けて大きく仰け反った後、ゆっくりと姿勢を正した。


「このように、例え相手の話を聞こうとしていない、同性の者であろうとも、従わせることができる。

それが、この魔法・・・エディラ・レディラ、狂信の魔法だ」


 邪悪の魔法は、邪なる者ダークマースと呼ばれる・・・まあ詳しいことはわからないのだけど、悪の魔法使いが使う魔法。


そしてこの人・・・メジェラ・ロイゼン先生は、元々はその邪なる者ダークマースの一員だったそうだ。


「おっと、みんなを驚かせてしまったな。では、解除するとしよう」


先生は「アルスレン・ランフレル」と唱え、杖から白い光を放った。

するとたちまち魔法は解け、操られていた女の子ははっとしたような顔をした。


「・・・気分はどうだ?」


 先生に見つめられ、彼女は震え上がって謝罪した。

でも、先生は謝罪を要求していたわけではない。


「私は謝罪しろとは言っていない。・・・まあ、いいだろう。狂信の魔法にかかった者の意識がどうなるか、これでよくわかっただろう」


女の子は、「は、はいぃ!」と震えながら言った。

この先生は、厳しいのだ・・・見た目の割に。


「では、次のページだ。今しがた私が唱えて見せたが、この魔法には対処法がある。

『理性の魔法』、アルスレン・ランフレル。心を鎮め、知性と理性を取り戻させる魔法だ」


 教科書には、魔法の詠唱と浮かべるべきイメージ、そして実際に使った際の演出が描かれている。

これは、どの魔法にも共通していることだが。


「これは邪悪の魔法に属さず、精神に作用する魔法の中では強力な部類に入る。

上手く扱えば、酒や快楽に酔った者は元より、暴れる怪物でさえも鎮めることができる。最も、術者の実力次第だが」


先生は、では、実践練習と行こうか、と言った。


「相手は誰でもいい、2人で1つの組を作れ。そして、前に出てこい。

片方に私が『狂信の魔法』をかけるから、残った方が『理性の魔法』を使い、相手を正常に戻すのだ。

心配ない、君たちが怪我をすることはない」


そうは言われても、という感じだ。

明らかに、危ない授業ではないだろうか。

まあ、この先生はいつもこうだけど。



私は、ペアをライドと組んだ。

そして、先生に呼ばれるのを待った。


 最初に呼ばれたのは、青い短髪の女の子と緑の短髪の男の子のペア。

女の子の方は、何度か話す機会があったから知っている。ジリアナ・マーフィアス、氷魔法を得意とする子だ。


氷属性と水属性の子は、シンボルカラーが「青」のアズールの組に多くいるが、彼女はジョーヌ。カラーは「黄色」の組だ。


一緒に組んでいる男子は、制服に青いラインが入っていたから、アズールの所属か。


 教壇の前に並んだ2人に向かって、先生は「エディラ・レディラ!」と叫んだ。

杖からほとばしった光は、男子の方に飛んだ。


彼は、目を見開いて立ち尽くした。

ジリアナは術式を展開し、『理性の魔法』を使うべく一生懸命に杖を振り、「アルスレン・ランフレル!」と叫んだ。


 何度か試して、5回目くらいでやっとジリアナは魔法を放つことができた。

彼が正気に戻ったのを見て、彼女は胸を撫で下ろした。


「まだ終わってはいないぞ。次は、君が受ける番だ」

そうして、先生は次はジリアナに魔法をかけた。


立場が逆転した男子は、若干困惑しつつも、さっきの彼女と同じように魔法を唱えた。

こちらは、2回目で上手くいった。


「よくやった。2人とも合格だ」

先生は、次のペアを呼んだ。



 ところでふと気になったのだが、ジリアナの杖は、手に収まる20センチくらいの大きさのもので、「バトン」と呼ばれるタイプだ。


ゼスメリアでは、使う杖は基本的に自由だけど、あのような「バトン」 と呼ばれる短い杖を使っている人が生徒にも先生にも多い。 


かくいう私の友人たち、シルフィン、ライド、マシェルもこのタイプの杖を使っている。


 ちなみに私が使っている「ロームの魔杖」は、白塗りの傘くらいの長さがある杖で、「スタッフ」と呼ばれる部類に入る杖だ。


このような杖を使う魔法使いは割と珍しいそうだ・・・学校でも、外でも。

ルージュの組で、私の他にスタッフを使っているのは3人ほど。あいにく、誰ともまともに話したことがない。


 先生は先にライドに魔法をかけた。

私は杖の先を彼に向け、術式を展開する。

「アルスレン・ランフレル!」

光が走り──成功。


一発で上手くいった。

先生は特に驚いた様子もない。これまでの授業でも、私は一発で魔法を成功させることが多かったからだろう。


「では、次は逆転しよう」


 そうして、次は立場が逆になった。

魔法を受けた瞬間、意識が体から切り離され、隔離される感じがした・・・外ではなく中にある、広く何も無い空間に。


目に映っている景色は見え、意識も明確にある。でも、体はまるで透明な「何か」に閉じ込められたように動かなかった。


先生が言っていた、「水晶玉の中に閉じ込められる」というのは、言い得て妙だと思った。



 やがて意識が戻り、体が動かせるようになった。

どうやら、ライドは4回目にして成功したらしい。


先生は、これまでのペアの時と同じく、暗く沈んだ目で私たちを見て「合格だ」と言ってきた。




「この時間の授業は、ここまでだ」

 時計が11時を指す直前に、先生は授業を切り上げ、終わりのチャイムと共に消える。

これもいつものことだ。


そして、帰り際にライドがぼやくのもいつものことである。

「はあ・・・やっと終わった。

メジェラ先生、なんか苦手なんだよなあ・・・」


「私も。なんかあんまり好きじゃないんだよね、正直」


 メジェラ先生は厳しいけど、悪い先生ではない。

でも、あの高圧的な態度はどうもいけ好かない。

なんだか、常に見下されているような・・・そんな感じがする。


「まあ、もともとダークマースだったしな。仕方ないとは思うけど……やっぱり苦手だよ」



 ここで私はライドに、静かに・・・とジェスチャーで指示した。

というのも、こちらを見つめるヴィオレの生徒がいたのだ。


ヴィオレは、他ならぬメジェラ先生が担任を務める組。

当然、先生の陰口を叩いている者がヴィオレの生徒に見つかれば、密告されるだろう。


別に怖いわけではない。

くだらないことはしたくないだけだ。


 学校生活において、いじめっ子の相手をすることと、先生との喧嘩ほど意味のないことはない。


もちろん、気に入らない奴にわざわざ絡んだりする必要もない。

どこかの誰かさんたちにも、それをわかってもらいたいものだ。

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