入学から1カ月が経った。
あれからというもの、ジオルは定期的に私に絡んでくるようになった。
最初は1人でだったが、そのうち同じく紫髪の男を連れてくるようになった。
名前は、ドーレン。ドーレン・ゼノリーヴァ・・・というらしい。
そしてこの2人、どちらも制服に紫のラインが入っていた。
つまり、所属の組はヴィオレだ。
さしずめ、出会って間もなくして意気投合、揃って私を狙ってきたといった所だろう。
ヴィオレは闇属性に適性を持つ者が多い組だ。そういえば、紫の髪と瞳は闇属性の証だと聞いたことがある。なるほど、奴らはまさにヴィオレの典型か。
奴らは陰湿だ。
授業の合間の廊下や人の少ない部屋の一角など、先生や上級生に見つかる恐れのない場所でばかり、私に絡んでくる。
そして、怖い相手が来るとさっと逃げていく。
実にいじめっ子らしい行動パターンである。
こういう奴は大抵、強がっているだけの弱虫だ。
前世の私は、ただいじめられるだけだった。抵抗すらできず、最後には死ぬしかなかった。でも、今世は違う。絶対に負けない。必ず、仕返ししてやる。
次の授業は、魔法生物学だ。
授業で使うのは1階の北にある教室と、城の外の北側にある「生物学区」と呼ばれるエリアだ。
生物学区とは、要は温室や森、畜舎や農場といった「魔法生物学に必要な施設」がまとめて置かれたエリアである。
教室もあり、こちらで授業を受けることもある。
今回は教室ではなく、温室で実習形式の授業を受ける。
私は正直、座学よりはこういう実習の方が好きだ・・・前世の時から。
ここ1カ月受けてみた感じ、魔法生物学とは、内容的には前世で受けていた生物や理科の授業にかなり近い。
と言うか、時には動物や植物の世話をしたりすることもあるので、どちらかと言うと農業高校のそれに近い・・・かもしれない。
私は前世では普通科高校だったので、よくわからないが。
「おはようございます、みなさん。今日は、魔法植物『パルステル』の植え替えを行います」
魔法生物学は、動物学と植物学に分けられ、それぞれ先生が違う。
今話しているのは、植物学の担任イリス・マードロッド先生だ。
黒い帽子を被り、緑のワンピースを着た30代くらいの先生で、目と髪は雪のように真っ白。髪型はボブ・・・といったところか。
シンボルカラーが緑の組、ヴェイルの担任でもある。
「最初にお伺いしますが、パルステルについて、何か知っていることがある生徒はいるかしら」
すぐに、シルフィンが手を上げた。
まあでも、正直予想通りだ。
というのも、彼女は草花好きなのだ。
シルフィンは魔法薬学の授業が好きらしいけど、植物学も同じくらい好きだと以前言っていた。
「はい、シルフィンさん」
「パルステルの正式名称は『パルステル・マーラーディア』です。夏になると紫の花が咲きます。その葉っぱや花、根は全て、薬や香草に使えます」
シルフィンの解説が終わると、先生は「お見事!」と言って拍手した。
「素晴らしい説明です。今彼女が言ってくれた通り、パルステルというのは古来より薬用中心に利用されてきた植物。そして、現在世界で最も多く栽培されている植物の1つでもあります。
それは利用価値の高さもありますが、栽培が簡単であることも大きな理由です」
ではみなさん、目の前の鉢を見てください、と先生は言った。
私たちの目の前。そこには半分くらいまで土が入れられた大きな植木鉢と、葉っぱがうねうねと動く植物が植えられた小さな植木鉢がある。
「みなさんの目の前にあるのがパルステルの苗、そしてその右側にあるのが、今回苗を植え替える鉢です。
手袋と、移植ごてがありますね?まずは手袋をつけ、移植ごてを持ってください」
みんなが言われた通りにすると、先生は苗が植えられた鉢を1つ手に取った。
「移植のやり方ですが、至って簡単です。根本の・・・このあたりに、移植ごてをさっと刺します」
先生は、苗自体の根本から3センチほど離れたところの土に移植ごてを素早く刺した。
そして左手を反対側から入れ、土から持ち上げた。
それで明らかになった、土に埋まっていた根の部分は、意外にもごく普通の・・・ミニトマトなんかの苗の根と同じような感じだった。
「持ち上げたら、植え替え先の土に置いて、まっすぐ立てたまま周りの土をかぶせる。根がはみ出さないように、しっかり埋めてください」
くれぐれも時間をかけないように、そして手袋を外さないように、と先生は言った。
「パルステルは、苗の時は全体に毒があります。その毒で外敵から身を守るのです。
命に関わるようなものではありませんが、それでも触れた箇所はやけどをしたように腫れ、数日間は痛みと共に続くでしょう。
ですので、手袋をしっかりつけ、肌に苗が触れないようにしてください」
触るとかぶれる植物、みたいな感じか。
それなら、前世にもウルシなんかがあった。
でも、こちらはあれらより危険だろう・・・何しろ、自らの意思で動くのだから。
「それでは、始めてください」
先生が開始の合図をすると共に、私は素早く作業に取り掛かった・・・そう、素早く。
初めてのことではあるが、可能な限り迅速に終わらせるつもりで、手を動かした。
私にそのつもりはなかったのだが、途中でうねうねと動く苗の葉っぱに手を触られた。
3秒にも満たない時間だったが、それでも手袋越しに熱いものを感じた。
やけどのようになるという話も納得がいく。
植え替え先の鉢の土に苗を乗せ、根元にさっと土を被せ、私は目の前の課題を片付けた。
この学校に入ってから、課題はなるべく素早く、正確に終わらせることを心がけている。
前世では、どうしたわけかそれが上手くいかなかったが、今世では思うようにできる。
子供の体は違う・・・のだろうか。
私の隣では、シルフィンが作業していた。
こちらは、苗の根元に土をかけている最中だった。
「あ、もう終わるね?」
「うん。そっちは?」
「大丈夫。もう終わったから」
そう言いながら正面の鉢を見て、驚いた。
なんと、植え替えたはずの苗が元の小さい植木鉢に戻っていたのだ。
「あれ?」
そんなバカな・・・と思いつつも、とりあえずさっきと同じように苗を掘り起こし、植え替えた。
すると、今度は誰かに後ろから頭を押された。
危うく苗に鼻から突っ込みそうになったが、何とかギリギリで止まれた。
「ちょっと!何するの!」
私の代わりに、シルフィンが怒った。
振り向くと、そこにはジオルとドーレンがいた。
何食わぬ顔をしているが、どこか煽るような笑いを浮かべている。
「・・・もう!アリア、大丈夫?」
「ええ、何とかね」
さっき苗が元に戻ったのは、「エルパトラス」のせいだろう。結果だけを数秒前に戻す魔法で、日常生活でもよく使われる便利な魔法だ。
でも、こんな風に嫌がらせに使われるとはね。
本来は日常生活で使われる汎用魔法の一種だが、こういう形で人の妨害にも使える。
しかしそれはまだしも、さっき押されたのは本当に危なかった。
この植物の毒が、皮膚に触れればやけどするような毒であるなら、目に入ったら失明するかもしれない。
前々からこういう嫌がらせはあったけど、ここまでリスクのあるものは初めてだ。
こいつらとは一緒の授業を受けたくないのけど・・・どうも、完全に回避するのは難しい。
廊下ですれ違うこともあるし。
ちなみにこのあと、煮え切らない様子のシルフィンを気にした先生が声をかけてきたが、ジオルたちはやはり知らん顔をした。
さらに、授業が終わって帰る時には、奴らはわざわざ私の進路を妨害する感じで歩いてきて、立ち塞がってきた。
「どきなさい」
私が2人を睨みつけると、ジオルは舌打ちをした後、「つくづく目障りだな、アリア!」と言って、ドーレン共々走り去った。
目障りなら、いっそ私に関わらなければいいのに。
それとも、私をいじめずにはいられない理由でもあるのか? ・・・バカバカしい。