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17.最適の魔法

 教室に入ると、すでに半分ほどの席が埋まっていた。

奥では、先生が待機している。


赤い長髪を三つ編みにし、赤い瞳を持つ若い女性。

昨日のオリエンテーションで名前を聞いた、エスリン・アシュフォード先生だ。


「おはよう。席につきなさい」


 先生の声に、私たちは慌てて返事をし、適当な席へと座った。


その瞬間、先生は唐突に髪を払い上げ、そのまま燃え上がらせた。

数人の生徒が驚きの声を上げる。だが、私はさほど驚かなかった。


見慣れた光景だったから。


 母も、お風呂上がりによく同じことをしていた。

彼女いわく、「高位の炎の魔法使いは、よく自分の髪を燃やして乾かす」らしい。

この技術は自己にしか使えない特別な魔法だとか。


つまり、この先生は高位の炎の魔法使い——いや、名門校の教師なのだから、当然か。


「前の時間でも話したけど、生まれながらにして炎魔法への適性を持つ君たち。

その才能を尊重し、最大限に活かす。

それがこの授業の目的であり、私の務め。まずは、それを理解してくれる?」


私を含め、全員が元気よく返事をした。


「ありがとう。……そうそう、言ってなかったけど、私も昔は君たちと同じ、この学校の生徒だったのよ」


 先生は微笑みながら続ける。


「だからってわけじゃないけど、なるべく楽しい授業にしようと思ってる。よろしくね」


そんなことを言われなくても、楽しみだ。

少なくとも前世の退屈な授業よりは、はるかに——。


「それじゃあ、始めましょう。まずは教科書の5ページを開いて」





 授業はテンポよく進んだ。

今回のテーマは、術式について。


簡易術式と正式術式の2種類があることは、シルフィンとの会話でも話題にしていた。

今日の授業では、そのうち簡易術式を実際に展開し、魔法を放ってみることになった。


 先生の説明によると、簡易術式は「形を覚えて展開をイメージすれば、誰でも発動できる」らしい。

教科書には、その術式の絵が描かれていた。


ルーン文字がぎっしりと並んだ複雑な図形。


・・・これ、覚えられるのかな。


と、一瞬不安になったが——。


「実はね、単純に“円形の魔法陣”ってイメージすれば大丈夫よ」


先生の言葉に従い、試しに手を差し出しながら円形の魔法陣を思い浮かべた。


すると——本当に展開できた。


 魔力の消費は、ほんの少しだけ。

基本魔法を二回使うのと、ほぼ変わらない。


「術式は、魔法の消費を抑え、詠唱時のイメージを補助するもの。

つまり、魔法を使う上での必須スキルといってもいいわね」


 なるほど、これは確かに便利だ。

シルフィンの言っていた通り、実質基本魔法と同じ感覚で扱える。


ちなみに正式術式は、1年生では習わないらしい。

使用頻度が低く、難易度も高いため、まずは簡易術式をしっかり学ぶ必要があるとのこと。


 これから「術式」と言えば、基本的に簡易術式のことを指すのだろう。

少なくとも、1年生の間は——。





 授業が終わった後、先生に呼び止められた。


「アリア・ベルナード、ね?」


先生の声は穏やかだったが、その表情は笑っていなかった。

なぜか少し緊張する。


「はい・・・あの、何か?」


「いや、大したことじゃないわ。ただ——あなたのお母さんのことでね」


母さんのこと?


「実は私、あなたの母、セリエナ・ベルナードの同級生だったの」


 まさかの事実に驚いた。


「特別親しいわけではなかったけど、彼女の魔法の才は当時から際立っていたわ。

・・・そして、今や“灼炎の女皇”と呼ばれるほどの存在になった」


先生の目が、どこか懐かしそうに細められる。


「今では手紙をやり取りする仲になったのよ。

・・・だから、あなたがこの学校に来るかもしれないって聞いて、ずっと楽しみにしてた」


そう言いながら、先生はそっと私の頬に手を添えた。


「あなたの顔・・・セリエナにそっくりね。

まるで20年前の彼女が、そのままここにいるみたい」


 ふふ、と先生が微笑む。


——それは、先生自身のことを言っているのか。

それとも、私のことを言っているのか。





 次の授業に向かおうとした時、廊下で突然、声をかけられた。


「おい、おまえ!」


振り向くと、紫の短髪の少年が立っていた。


顔だけなら、文句なしのイケメン。


・・・だが、次の言葉で全てが台無しになった。


「おまえ、アリア・ベルナードだな」


 その言い方、そして険のある表情。


ああ、面倒なやつだ。


「母様の言った通りだ。実にうざったい顔をしている」


「・・・何よ、その態度。てか、あんた誰?」


「僕はジオル・アルバートだ」


 ジオルは、冷たい視線を向けながら続けた。


「母様から聞いているぞ。

おまえの母は、才もないくせに八方美人を気取って、見た目だけで大魔女に成り上がったクズ女だとね」


・・・なるほど、母のことが気に入らないわけね。


「クズってのは、どっちのこと?」


「・・・なんだと?」


「先に悪口を言ってきたのはそっちでしょ?」


ジオルの表情が険しくなる。


「こいつ・・・まあいいさ。これで母様の言う通り、おまえもクズだと証明されたわけだ」


「へえ。それ、鏡の前で言ってみたら?」


「……なっ!」


 ジオルが手を上げようとしたので、私は教科書でガード。


分厚い表紙に拳が当たり、ジオルは苦痛に顔を歪めた。


「・・・きれいな顔して、女の子に手を上げるんだ? 残念な人ね」


「・・・ちっ、覚えてろよ!」


吐き捨てるように言い残し、ジオルは去っていった。


——初日から、不穏な空気が漂ってきた。



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