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15.3人の友達

 その後始まった「魔法生物学」の授業。

続く「数学」や「汎用魔法」の授業も含め、初日ということもあってか、内容はほとんど説明ばかりだった。


授業ごとに先生が変わるのは前世の学校を思い出す。

若い先生もいれば、白髪混じりの中年、すっかり白髪になった老教師もいた。

ただ、どの先生も怖そうな雰囲気はなく、なんだか安心した。





 退屈な授業を乗り越え、ようやく昼食の時間になった。

食堂は校舎の1階西側にあり、全校生徒が一斉に集まるため、大講義室ほどの広さがあった。


1年生は入り口から見て右端の列に座ることだけ決められていたが、席の指定はなし。

どこに座るか少し迷ったものの、私は一番後ろの列の端に適当に腰を下ろした。


 魔法で宙を舞いながら運ばれてきた料理は、見覚えのあるものばかりだった。

家で食べたことがあるし、味も知っている。

でも、この世界ではきっと高級な料理なのだろう。


ここは魔法学の先進校。勉強だけでなく、食事の質も一般の学校とは違うのだ。





 適当に料理をつまんでいると、偶然、向かいの席の子と目が合った。

青髪に青い瞳、ウルフカットの男子だった。


「・・・」


彼はすぐに視線をそらした。

だが、私は逃さず声をかけた。


「ねえ、あなたもそれ好きなの?」


私が手を伸ばそうとしていたのは「カルメイル」。

簡単に言えば、この世界のアップルパイだ。


「・・・ああ。母さんがよく作ってくれるんだ」


 彼は目を見て答えた。

私は一か八かで踏み込んでみる。


「そうなんだ。私はアリア。あなたの名前は?」


適切な友達の作り方など知らない。

でも、こういう時はまず名前を聞けばいい。


「・・・マシュル。マシュル・アニエスだ」


「マシュルね。あ、私の名字は──」


「知ってる。ライドから聞いた」


「えっ、ライドを知ってるの?」


 意外だった。

同じ学年、同じ組だから知っていても不思議ではないが、それ以上の関係があるのだろうか?


「ああ。家が近いんだ。昔からよく遊んでる」


「そうなのね。いいなあ」


私には幼馴染がいない。

母と二人きりで育った私は、近所に同世代の子がいない環境だった。


「・・・おれからすれば、君の方が羨ましいけどな」


マシュルは真剣な目で言った。


「何しろ『灼炎の女皇』の娘なんだから」


「えっ?」


「それに、君は朝、おれの隣に座ってたろ?気づいてなかった?」


「・・・あ、そういえば」


 ライドと逆側の隣に座っていたのが彼だった。


「おれは水の魔法使いだ。君は炎だよな?」


「うん。でも、まだ大した魔法は使えないよ」


「最初から何でもできる奴なんかいないさ。でも、たとえおれが魔法を覚えたとしても、君には勝てる気がしない」


「どうして?」


「基礎魔力が違いすぎるだろ。何しろ君は大魔女の娘だ」


・・・それは、真逆の意味で正しくない。


「それが、違うんだよね」


 私は淡々と事実を告げた。


「最初に測った時、基礎魔力は100しかなかった。今は300まで上がったけど」


「えっ・・・?」


マシュルは目を見開き、思わずむせた。

水を飲んで一息つき、改めて尋ねる。


「・・・本当かよ?」


「本当。本当の本当」


「・・・おれより200低いな」


「えっ?」


「おれは500ある。でも、5歳の時からずっと変わってないけどな」


「そういう人もいるんじゃない?」


「どうかな・・・。でも、たった数年で100から300に増えたってのはすごいよ。やっぱり、セリエナ様の娘さんだな」


「・・・」


"様"づけ・・・?


それに、私は"さん"づけ・・・?


その瞬間、私は決意した。


「マシュル、私と友達になってくれない?」


 ライドの時とは逆のシチュエーション。

こんなことを言うのは、人生でほとんど初めてだった。



---


「ね、ねえ・・・」


不意に、隣の席の子が話しかけてきた。


「今の話、聞いてたんだけど・・・あなた、本当にセリエナ様の子供なの?」


 顔を向けると、どこかで見たことのある子だった。


「そうだよ。・・・えっと、あなたは?」


「シルフィン。シルフィン・マグナスター。お、覚えてる?朝、話したよね・・・?」


言われて、はっとする。


「ああ、覚えてる。入学式の前に・・・」


「そうそう! でも驚いたなあ。あなたが『灼炎の女皇』様の娘さんだったなんて・・・!」


また"様"づけ。


「おいおい、お前も炎の魔法使いなのか?」


 マシュルが口を挟む。


「うん。私の家も代々炎の魔法使いの家系なの。

『灼炎の女皇』様と、その娘さんが私と同い年だって話は聞いてたけど・・・まさか本当に会えるなんて!」


シルフィンは目を輝かせる。


「その・・・図々しいお願いかもしれないけど、私とも友達になってくれない?」


ライドに続き、二人目の"友達になって"の申し出。


「・・・ うん。もちろん!」


「ほんと!? ありがとう!」


シルフィンは勢いよく抱きついてきた。


 母以外に抱きしめられたのは、転生してから初めてだ。

柔らかい体温が私を包み、彼女の髪が頬をかすめる。


「ずるいぞ! おれも!」


マシュルが拗ねた声をあげた。


「・・・もう、仕方ないなあ」


 お望み通り、彼にも軽く抱きつく。

直後、周囲からどよめきが起こり、我に返った。


「っ・・・! 何でもないから!」


私はすぐに離れ、何事もなかったかのように食事を続けた。


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