その後始まった「魔法生物学」の授業。
続く「数学」や「汎用魔法」の授業も含め、初日ということもあってか、内容はほとんど説明ばかりだった。
授業ごとに先生が変わるのは前世の学校を思い出す。
若い先生もいれば、白髪混じりの中年、すっかり白髪になった老教師もいた。
ただ、どの先生も怖そうな雰囲気はなく、なんだか安心した。
退屈な授業を乗り越え、ようやく昼食の時間になった。
食堂は校舎の1階西側にあり、全校生徒が一斉に集まるため、大講義室ほどの広さがあった。
1年生は入り口から見て右端の列に座ることだけ決められていたが、席の指定はなし。
どこに座るか少し迷ったものの、私は一番後ろの列の端に適当に腰を下ろした。
魔法で宙を舞いながら運ばれてきた料理は、見覚えのあるものばかりだった。
家で食べたことがあるし、味も知っている。
でも、この世界ではきっと高級な料理なのだろう。
ここは魔法学の先進校。勉強だけでなく、食事の質も一般の学校とは違うのだ。
適当に料理をつまんでいると、偶然、向かいの席の子と目が合った。
青髪に青い瞳、ウルフカットの男子だった。
「・・・」
彼はすぐに視線をそらした。
だが、私は逃さず声をかけた。
「ねえ、あなたもそれ好きなの?」
私が手を伸ばそうとしていたのは「カルメイル」。
簡単に言えば、この世界のアップルパイだ。
「・・・ああ。母さんがよく作ってくれるんだ」
彼は目を見て答えた。
私は一か八かで踏み込んでみる。
「そうなんだ。私はアリア。あなたの名前は?」
適切な友達の作り方など知らない。
でも、こういう時はまず名前を聞けばいい。
「・・・マシュル。マシュル・アニエスだ」
「マシュルね。あ、私の名字は──」
「知ってる。ライドから聞いた」
「えっ、ライドを知ってるの?」
意外だった。
同じ学年、同じ組だから知っていても不思議ではないが、それ以上の関係があるのだろうか?
「ああ。家が近いんだ。昔からよく遊んでる」
「そうなのね。いいなあ」
私には幼馴染がいない。
母と二人きりで育った私は、近所に同世代の子がいない環境だった。
「・・・おれからすれば、君の方が羨ましいけどな」
マシュルは真剣な目で言った。
「何しろ『灼炎の女皇』の娘なんだから」
「えっ?」
「それに、君は朝、おれの隣に座ってたろ?気づいてなかった?」
「・・・あ、そういえば」
ライドと逆側の隣に座っていたのが彼だった。
「おれは水の魔法使いだ。君は炎だよな?」
「うん。でも、まだ大した魔法は使えないよ」
「最初から何でもできる奴なんかいないさ。でも、たとえおれが魔法を覚えたとしても、君には勝てる気がしない」
「どうして?」
「基礎魔力が違いすぎるだろ。何しろ君は大魔女の娘だ」
・・・それは、真逆の意味で正しくない。
「それが、違うんだよね」
私は淡々と事実を告げた。
「最初に測った時、基礎魔力は100しかなかった。今は300まで上がったけど」
「えっ・・・?」
マシュルは目を見開き、思わずむせた。
水を飲んで一息つき、改めて尋ねる。
「・・・本当かよ?」
「本当。本当の本当」
「・・・おれより200低いな」
「えっ?」
「おれは500ある。でも、5歳の時からずっと変わってないけどな」
「そういう人もいるんじゃない?」
「どうかな・・・。でも、たった数年で100から300に増えたってのはすごいよ。やっぱり、セリエナ様の娘さんだな」
「・・・」
"様"づけ・・・?
それに、私は"さん"づけ・・・?
その瞬間、私は決意した。
「マシュル、私と友達になってくれない?」
ライドの時とは逆のシチュエーション。
こんなことを言うのは、人生でほとんど初めてだった。
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「ね、ねえ・・・」
不意に、隣の席の子が話しかけてきた。
「今の話、聞いてたんだけど・・・あなた、本当にセリエナ様の子供なの?」
顔を向けると、どこかで見たことのある子だった。
「そうだよ。・・・えっと、あなたは?」
「シルフィン。シルフィン・マグナスター。お、覚えてる?朝、話したよね・・・?」
言われて、はっとする。
「ああ、覚えてる。入学式の前に・・・」
「そうそう! でも驚いたなあ。あなたが『灼炎の女皇』様の娘さんだったなんて・・・!」
また"様"づけ。
「おいおい、お前も炎の魔法使いなのか?」
マシュルが口を挟む。
「うん。私の家も代々炎の魔法使いの家系なの。
『灼炎の女皇』様と、その娘さんが私と同い年だって話は聞いてたけど・・・まさか本当に会えるなんて!」
シルフィンは目を輝かせる。
「その・・・図々しいお願いかもしれないけど、私とも友達になってくれない?」
ライドに続き、二人目の"友達になって"の申し出。
「・・・ うん。もちろん!」
「ほんと!? ありがとう!」
シルフィンは勢いよく抱きついてきた。
母以外に抱きしめられたのは、転生してから初めてだ。
柔らかい体温が私を包み、彼女の髪が頬をかすめる。
「ずるいぞ! おれも!」
マシュルが拗ねた声をあげた。
「・・・もう、仕方ないなあ」
お望み通り、彼にも軽く抱きつく。
直後、周囲からどよめきが起こり、我に返った。
「っ・・・! 何でもないから!」
私はすぐに離れ、何事もなかったかのように食事を続けた。