翌日、ついに初登校の日を迎えた。
制服に袖を通し、必要なものを詰めたバッグを肩にかける。準備は万端だ。
初日は8時15分に学校の正門前に集合することになっている。
余裕をもって30分前の7時45分に家を出た。
家を出る直前、母が「お守り代わりよ」と言って、私の左手の中指に指輪をはめてくれた。
オレンジ色の、きれいな指輪だった。
学校の正門までは母が送ってくれた。
小学校の新入生が親に付き添われるのはよくある光景だし、私はちょうど7歳。
前世で言えば、小学1年生にあたるだろう。
正門の前で、母が優しく微笑む。
「それじゃあ、行ってらっしゃい。頑張ってね」
私は期待と不安を胸に、門をくぐった。
昨日は気づかなかったが、学院の中庭は広く、整然と整備されている。
いかにも上流階級の学校らしい雰囲気だった。
その光景を目にすると、不安がふと膨らむ。
――本当に、こんなところでやっていけるだろうか。
学校の中に入ると、すでに100人ほどの生徒が集まっていた。
顔ぶれを見る限り、昨日の入学式で一緒だった新入生たちだ。
状況からして、ここで時間まで待つのだろう。
私は列の最後尾に並んだが、前の子の背が高く、前方の様子が見えない。
背伸びして覗き込むと――やはり、何もない。
先生が指示を出しているわけでもなく、ただ皆が立って待っているだけだった。
「え、なに?ここで待ってればいいの?」
後ろから声がした。
振り向くと、私と同じくらいの身長の女の子が立っていた。
赤い髪に赤い瞳――まるで鏡を見ているようだ。
ただし、彼女はショートヘアのストレートで、私のロングヘアとは対照的だった。
「そうっぽい。前に先生がいないから、わからないけど」
「そうなの?ありがとね。私、シルフィン」
「シルフィン、ね。私はアリア」
そんな風に、初めての知り合いができた。
前世ではこういうのが上手くいかなかったけど、今度は友達になれるだろうか。
少なくとも、彼女は悪い子には見えないけれど――
8時15分ちょうど。
私たちの前に、赤い服を着た若い男性教師が現れた。
「あー、新入生のみんな、おはよう。全員揃ってるかな?」
彼は手のひらをかざすと、私たちの頭上に青白い炎が浮かび、パチパチと音を立てた。
「うん、ちゃんといるみたいだね」
次の瞬間、彼が指を動かすと、私の目の前の子の制服に青いラインが浮かび上がった。
同時に、右腕には紋章のようなものが刻まれる。
「制服を確認してくれるかな?」
私は自分の腕を見下ろす。
金色の盾のようなエンブレムに、赤いドラゴンが描かれていた。
――これが、ルージュの紋章。
「それぞれの組のシンボルカラーと紋章が、制服に刻まれたはずだ。確認できたかな?」
みんなが頷くと、先生はさらに続けた。
「では、紹介しよう」
彼の背後の壁が一瞬燃え上がり、5色の炎が揺らめく。
そこから現れたのは、5人の上級生――それぞれの組を代表する6年生たちだった。
「彼らは、君たちの組のリーダーだ。これから、組ごとの教室へ案内してくれる。
自分の制服と同じ色の先輩の前に並んでくれ」
「ルージュはこっち!」
「ジョーヌの子はここに集まって!」
私たちは、それぞれの6年生のもとへと向かう。
私の前に立っていたのは、大柄な男子だった。
彼の背丈は、前世で私が死んだ時の身長と同じくらいだった気がする。
私の周りには50人ほどの新入生が集まっていた。
――なるほど、新入生250人を5組に分けると、単純に1組50人か。
「これで全員かな?」
彼は他の上級生や先生と視線を交わし、「大丈夫そうだな」と呟いた。
「それじゃあ、案内を頼むよ。みんな、ついて行って」
先生はそれだけ言うと、私たちを上級生に任せた。
私たちはルージュの6年生に案内され、校舎内の長い直線階段を登る。
途中で足が疲れてきた頃、ようやく彼が足を止めた。
「ここだ。これがルージュの教室だ」
彼が指差したのは、中央に赤い花の紋章が刻まれた木製の扉だった。
扉が開かれ、中に入る。
白塗りの壁に木目の床――学院の雰囲気そのままの空間が広がっていた。
すぐ左手にはソファーやテーブル、本棚があり、まるでリビングのような場所だ。
そこからさらに3方向に通路が分かれている。
「ここはルージュの休憩室。授業の合間に少し休むための場所だ。
奥にある3つの通路を通ると、各学年の教室に行ける。
どこを通っても、自分の学年の教室に着くようになってる。
それと、教室を出るときは、入った時と同じ通路から戻ってくる仕組みだ」
彼はひと呼吸置いてから、自分の名を名乗った。
「そうだ、僕はマーク・エスリル。ルージュの組長――つまり、この組のリーダーだ。
学校生活で何かわからないことがあったら、僕ら6年生に聞いてくれ。
6年生の教室に来たいときは、『6年生の教室へ』と言いながら通路を通るといい。いいね?」
私たちは、一斉に「はい!」と答えた。
「よし、それじゃあ、適当に通路を選んで1年生の教室へ行こう。先生が待ってるからね」
そう言い残し、マークは通路の奥へと消えていった。