それから1か月後、私は7歳の誕生日を迎えた。
今年の誕生日は、試験の合格祝いも兼ねた特別なものだった。
私は元々偏食だったけど、この世界の食べ物にも慣れてきた。
シチューや卵焼きなど、前世にもあった料理は一部・・・というか、半分以上はこっちの世界にもあった。
もっとも材料は違うことがままあったが、それでも私は少しずつ慣れてきて、好きなものや嫌いなものも出てきた。
基本的には、それらは前世と変わりないメニューだった。
そして迎えた、4月4日。
朝起きた後、私はわくわくしながら準備をした。
学校へ持っていく鞄は、茶色の肩掛けバッグ。手触りからするに、何かの繊維を編み込んで作られたもののようだ。
それに、母と一緒に今日必要なものを詰め込む。
と言っても、私にはよくわからない書類がメインだったが。
「それじゃ、行きましょうか」
「うん!」
入学式は8時からだが、試験の時のように混んでいると思われるので、7時前に家を出た。
向こうまでは、途中でワープを経由すれば15分ほどでつく。
道中で、母は懐かしい記憶が蘇ると言っていた。
「私も昔、この道を通ってゼスメリアに通っていたのよ。入学式の日は、母と手をつないで、舞い散る桜の中を歩いたわ。
ちょうど今と同じようにね」
ただ、あの時とは立場が逆だけどね、と母は言った。
「あっという間だったわ、本当に。
あの日苦労して産んだあなたが、もう7歳になって、ゼスメリアに入学するなんて・・・。」
どうやら、感傷に浸っているようだ。
そっとしておきたいところだけど、残念ながらそうしている暇はない。
母の気持ちは大切にしたいが、今は私を優先してほしい。
ゼスメリアの正門前には、多くの人がいた。
前世の学校と違い、入り口に「入学式」と書かれた看板が出たりはしていない。
それはそれで、なんか不安になる。
門をくぐり、学校の中へ入った。
そこは、広大なホールとなっていた。
左側には、異様なほど長い直線の階段がある。
その途中のあちこちに、各階の通路の入り口であろう扉が見える。
式は、城内の「大講義室」というところで行われるらしい。
そしてそれは、人の流れからすると、ここから左に伸びている通路の先にある。
「こっちよ」
母は私の手を離さぬようにして、歩いていく。
通路の先の「大講義室」に入った途端、言葉にならない威圧感を感じた。
正面の奥には、ステージらしきものがあり、その両脇に先生と思しき人たちが座っている椅子と机がある。
そしてその正面、私の前方には、規則正しく並べられた数百個の椅子があった。
緑のと青のとがあり、緑の方は前列に集中していた。
なんとなく、新入生用と保護者用に分けられており、前の緑の椅子が新入生用だと感じた。
実際それは当たりだったようで、母は「緑の椅子の、100番に座りなさい」と言って、私を送り出してきた。
椅子には、丁寧に手書きの数字を書いた紙が貼られていた。
100番、という数字の席を探したところ、最後列から2番目の、左の端っこにあった。
どうやら、数字は後列から始まり、1列につき50の席があるようだ。
そして、新入生の椅子の列は全部で5つある。
つまり、新入生はざっと250人ということか。
私が前世でいた高校は、3学年すべて合わせても300人に満たないくらいの生徒数だった。
一応、転校する前にいた高校はその倍いたが。
あっちが少なかったのか、こっちが多いのかよくわからない。
私が着席して少しして、隣の席に人が来た。青い髪と目をした女の子だった。
あたりを見て気づいたのだけど、席は男女で分けられていて、前列が男子、後列が女子であるようだ。
しばらくして、時計が8時ぴったりを指したと同時に、式が始まった。
最初に、正面のステージに校長らしきおじさんが出てきて、開式の言葉的なのを述べた。
その後、色んな人が入れ替わりにステージに出てきては、色々な挨拶やらお祝いの言葉やらを述べた。
・・・つまるところ、前世の学校のそれと大して変わりない。
なんか、がっかりした。
卒業式なんかもそうだったけど、こういうのは眠くなる。
ある意味で、テストよりきついものだ。
式が始まってから1時間。
そろそろ閉式かな、と思ったら、ステージに登った女の先生から予想だにしなかった言葉が飛び出した。
「では、これより組分けを行います」
どんな方法で決めるのだろう?そう思った次の瞬間、ステージ上に巨大な三又の燭台が運ばれてきた。
それは直径が1メートルくらいある、かなり大きなものだった。
立てられた3本のろうそくは、どれもそこまで長くはない。せいぜい10センチくらいだった。
私たちの視線が燭台に集まる中、ステージの先生が喋った。
「これは『組分けの燭台』といい、皆さんを適切に組分けしてくれる道具です。
これから、皆さん1人1人の番号とお名前をお呼びします。呼ばれた者は壇上に上がり、この3本のろうそくに火をつけてください。
その火の色によって、皆さんがルージュ、アズール、ジョーヌ、ヴェイル、ヴィオレのうちどの組に入るかが決まります」
この学校にある5つの組に関しては、母から聞いている。
学校の設立時より存在する、1年何組・・・といったような「クラス」にあたるものだ。
それぞれの組にはシンボルカラーがあり、ルージュが赤、アズールが青、ジョーヌが黄、ヴェイルが緑、ヴィオレが紫となっている。
「ゼスメリアの組のシンボルカラーについては、皆さんもご存じでしょう。赤はルージュ、青はアズール。ジョーヌは黄色、ヴェイルは緑。そして、ヴィオレは紫です」
ここまでは、聞いていた通りだ。
あとは組が決まると、その組のシンボルが制服に刻まれるが、それもまた組によって色もデザインも違うという。
私は赤が好きだから、ルージュがいいな。
「皆さんがどの組の所属になるかは、誰にもわかりません。ですが、たとえどのような結果になったとしても、皆さんにとってのマイナスにはならないでしょう。
安心して。そして、心してください」
なんだか、意味深な言い方だった。
それから新入生たちの点呼が始まり、呼ばれた子たちは次々に組を決められていった。
みんながろうそくにつける火は、始めから5色のいずれかの色だから、火をつけたその瞬間に所属の組が決まる。
私の直前の子は、ルージュに入ることになった。
彼女はそれを望んでいたのか、「あなたの組はルージュです」と先生から聞くと、他の子よりも大きな声で「ありがとうございます」と言った。
いよいよ私の番だ。
番号と名前を呼ばれて起立し、まっすぐにステージ上へと向かう。
気持ち的にも動き的にも、卒業式のそれを思い返した。
いざ燭台の前に立ち、
つまり・・・
「ルージュ。あなたの組は、ルージュです」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で小さな歓声が弾けた。
別に、どうしてもルージュでなければ嫌だとか、特定の組には入りたくないという気持ちがあったわけではない。
ただ、シンボルの色である赤が好きだったから、ルージュがよかっただけだ。
でも、入れることになってよかった。
ついでに言うなら、私の髪と瞳も赤色であるし。
最後の番号の子が呼ばれ、組分けが終わると、壇上に登った先生からついに閉式が宣言された。
これで、やっと終わる。
正直、自分の番の時以外は退屈で仕方ない。冗談抜きで眠くなる。
さすがに幼い新入生が入学式で寝ていたらまずいから、起きていたが。
式が終わると、閉式の挨拶をした先生から、今日のところは帰宅してよいと言われた。
私は席を立ち、母の元へと向かった。
「母さん!聞いた?私、ルージュに入ることになったよ!」
「ええ、聞いてたわ。・・・不思議なものね、私もかつてルージュだったのよ」
そうだったのか。母娘揃って同じ組に入るとは。
「まず、今日は帰りましょう。明日から、いよいよ学院生活開始よ」
「うん!楽しみ!」
私は、期待に胸を膨らませながら言った。