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10.道具との出会い

 それから月日はあっという間に流れ、私は7歳の誕生日まであと3ヶ月となった。


年が明けて間もなく、魔法学院への入学準備が本格的に始まった。

入学に必要なものを揃えるため、母と一緒に買い物へ行くことに。


母がいつも買い出しをするというマイフ市場。そのすぐ隣に、マフォン横丁という商店街がある。

学院に必要なものは、そこで一通り揃うらしい。


私は母とともに家を出た。

何気に、マイフ市場へ行くのは初めてだった。





 しばらく歩くと、小さな建物が現れた。

正直、前世で見た仮設トイレのような見た目をしている。


だが、中に入ると床に赤い魔法陣が描かれているだけで、他には何もなかった。


「これは何?」


「移動用魔法陣よ。ただし、大魔女専用のね」


 移動用魔法陣・・・つまり、離れた場所に一瞬で移動できるワープ装置のようなもの。

だが、通常の魔法陣は緑色のはず。これは赤い。


「大魔女専用ってことは、普通のとは何か違うの?」


「ええ。性能もだけど、使えるのは大魔女と、その家族のみよ」


そう言うと、母は私の手を取り、魔法陣の上に立った。





 瞬間、視界が歪み、一瞬で別の場所へと移動していた。


そこもまた、小さな建物だったが、扉をくぐると目の前に広がったのは活気ある市場。


「すごい・・・!」


 石畳の道沿いには露店が並び、行き交う人々が賑やかに声を交わしている。

雪が積もって寒いはずなのに、熱気にあふれた空間だった。


「ここが市場・・・?」


「そうよ。正式にはもう町なんだけどね。元々は市場だったから、その名残でそう呼ばれてるの」


市場から発展して町になった、ということか。

歴史を感じる。





 母と手をつなぎ、目的地へ向かう。


歩くうちに、周囲の視線を感じ始めた。

母のように「魔女然」とした服装の人は他にもいるが、彼女に向けられる視線は明らかに多い。


そして、その母と手をつないでいる私も、同じように注目を浴びていた。


「・・・落ち着かないな」


視線の理由は明らかだ。

「灼炎の女皇」とその娘が市場を歩いている・・・そりゃあ目立つだろう。


 だが、私はただの陰キャでろくでもない女だ。こんな視線は落ち着かない。

そう思っても、どうしようもないのだけれど。


「着いたわ。まずはあそこよ」


母が指さしたのは、白壁の建物で「ガリバーの店」と書かれた看板が掲げられている。


「あのお店、何のお店なの?」


「魔導書と杖を扱っているの。ここで教科書と杖をまとめて買うわ」


杖。魔法使いにとって重要な、魔力を制御する道具。

いよいよ私も、それを持つ時が来たのか。





 店の暖簾をくぐると、ずらりと並ぶ本棚が目に入った。


図書館のような雰囲気だが、一方で靴箱のような棚もある。

本と靴屋を足して二で割ったような、不思議な空間だった。


「おお、これはセリエナ様! よくぞおいでなさいました」


 奥から現れたのは、眼鏡をかけた白髪の老人だった。


「久しぶりね、ガリバー。今日は・・・」


「存じております。お嬢様のゼスメリア入学準備ですね?」


「ええ。そう言えば、この子をあなたに紹介するのは初めてだったかしら」


 母に促され、私はぎこちなく挨拶をした。


「こ、こんにちは・・・」


「こんにちは。・・・ふむ、いいお顔だ。やはり、セリエナ様の面影がありますな」


「あら、その言い方だと、まるで私がもう亡くなったみたいね?」


「おっと、これは失礼。しかし、本当にそっくりですな。

幼少期からこの可愛らしさなら、成長したらさぞかし・・・」


「御託はいいわ。ものを出して」


「ははっ、承知しました」


 店主は奥へ行き、分厚い本を十冊ほどまとめて運んできた。


「ゼスメリア指定の教科書類は、これですべて揃っています。

ただ、専属魔導書と杖については、お嬢様自身に選んでいただく必要があります」


「アリア、この人について行きなさい」


私は頷き、店主の後をついていった。





「では、お嬢様。こちらの棚から、気になった本を一冊お選びください」


 案内されたのは、まるで高校の図書室にあるような長い本棚だった。

ぎっしりと並ぶ本・・・だが、どれもタイトルが読めない。


・・・いや、一冊だけ読めるものがあった。


思わず手に取る。


「サンフレア・・・?」


 瞬間、何かが自分の中で弾けたような感覚がした。

目の前が晴れ渡るような、清々しい気持ち。


「おお・・・こんなに早く見つかるとは!」


店主が感嘆の声を上げる。


「それは、あなたの専属魔導書です。あなたにしか読めず、あなたにしか使いこなせない魔法が記されています」


本が人を選ぶ・・・そんな話、ファンタジーではよくある。

だが、実際に選ばれるとやはり感動する。


「では、次は杖ですね。こちらへどうぞ」





 私は迷わず、左側の棚へ向かった。


引き寄せられるように、ある箱を手に取る。

理由はわからない。ただ、強く惹かれた。


店主が箱を開け、中から杖を取り出す。


それは、白塗りの長いまっすぐな杖だった。


「これはロームの魔杖。炎を極めんとする者のための杖です」


その時、私は言った。


「私、母さんみたいなすごい魔女になる!」


店主は笑い、言った。


「その意気ですぞ、アリア・ベルナード様」


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