それから月日はあっという間に流れ、私は7歳の誕生日まであと3ヶ月となった。
年が明けて間もなく、魔法学院への入学準備が本格的に始まった。
入学に必要なものを揃えるため、母と一緒に買い物へ行くことに。
母がいつも買い出しをするというマイフ市場。そのすぐ隣に、マフォン横丁という商店街がある。
学院に必要なものは、そこで一通り揃うらしい。
私は母とともに家を出た。
何気に、マイフ市場へ行くのは初めてだった。
しばらく歩くと、小さな建物が現れた。
正直、前世で見た仮設トイレのような見た目をしている。
だが、中に入ると床に赤い魔法陣が描かれているだけで、他には何もなかった。
「これは何?」
「移動用魔法陣よ。ただし、大魔女専用のね」
移動用魔法陣・・・つまり、離れた場所に一瞬で移動できるワープ装置のようなもの。
だが、通常の魔法陣は緑色のはず。これは赤い。
「大魔女専用ってことは、普通のとは何か違うの?」
「ええ。性能もだけど、使えるのは大魔女と、その家族のみよ」
そう言うと、母は私の手を取り、魔法陣の上に立った。
瞬間、視界が歪み、一瞬で別の場所へと移動していた。
そこもまた、小さな建物だったが、扉をくぐると目の前に広がったのは活気ある市場。
「すごい・・・!」
石畳の道沿いには露店が並び、行き交う人々が賑やかに声を交わしている。
雪が積もって寒いはずなのに、熱気にあふれた空間だった。
「ここが市場・・・?」
「そうよ。正式にはもう町なんだけどね。元々は市場だったから、その名残でそう呼ばれてるの」
市場から発展して町になった、ということか。
歴史を感じる。
母と手をつなぎ、目的地へ向かう。
歩くうちに、周囲の視線を感じ始めた。
母のように「魔女然」とした服装の人は他にもいるが、彼女に向けられる視線は明らかに多い。
そして、その母と手をつないでいる私も、同じように注目を浴びていた。
「・・・落ち着かないな」
視線の理由は明らかだ。
「灼炎の女皇」とその娘が市場を歩いている・・・そりゃあ目立つだろう。
だが、私はただの陰キャでろくでもない女だ。こんな視線は落ち着かない。
そう思っても、どうしようもないのだけれど。
「着いたわ。まずはあそこよ」
母が指さしたのは、白壁の建物で「ガリバーの店」と書かれた看板が掲げられている。
「あのお店、何のお店なの?」
「魔導書と杖を扱っているの。ここで教科書と杖をまとめて買うわ」
杖。魔法使いにとって重要な、魔力を制御する道具。
いよいよ私も、それを持つ時が来たのか。
店の暖簾をくぐると、ずらりと並ぶ本棚が目に入った。
図書館のような雰囲気だが、一方で靴箱のような棚もある。
本と靴屋を足して二で割ったような、不思議な空間だった。
「おお、これはセリエナ様! よくぞおいでなさいました」
奥から現れたのは、眼鏡をかけた白髪の老人だった。
「久しぶりね、ガリバー。今日は・・・」
「存じております。お嬢様のゼスメリア入学準備ですね?」
「ええ。そう言えば、この子をあなたに紹介するのは初めてだったかしら」
母に促され、私はぎこちなく挨拶をした。
「こ、こんにちは・・・」
「こんにちは。・・・ふむ、いいお顔だ。やはり、セリエナ様の面影がありますな」
「あら、その言い方だと、まるで私がもう亡くなったみたいね?」
「おっと、これは失礼。しかし、本当にそっくりですな。
幼少期からこの可愛らしさなら、成長したらさぞかし・・・」
「御託はいいわ。ものを出して」
「ははっ、承知しました」
店主は奥へ行き、分厚い本を十冊ほどまとめて運んできた。
「ゼスメリア指定の教科書類は、これですべて揃っています。
ただ、専属魔導書と杖については、お嬢様自身に選んでいただく必要があります」
「アリア、この人について行きなさい」
私は頷き、店主の後をついていった。
「では、お嬢様。こちらの棚から、気になった本を一冊お選びください」
案内されたのは、まるで高校の図書室にあるような長い本棚だった。
ぎっしりと並ぶ本・・・だが、どれもタイトルが読めない。
・・・いや、一冊だけ読めるものがあった。
思わず手に取る。
「サンフレア・・・?」
瞬間、何かが自分の中で弾けたような感覚がした。
目の前が晴れ渡るような、清々しい気持ち。
「おお・・・こんなに早く見つかるとは!」
店主が感嘆の声を上げる。
「それは、あなたの専属魔導書です。あなたにしか読めず、あなたにしか使いこなせない魔法が記されています」
本が人を選ぶ・・・そんな話、ファンタジーではよくある。
だが、実際に選ばれるとやはり感動する。
「では、次は杖ですね。こちらへどうぞ」
私は迷わず、左側の棚へ向かった。
引き寄せられるように、ある箱を手に取る。
理由はわからない。ただ、強く惹かれた。
店主が箱を開け、中から杖を取り出す。
それは、白塗りの長いまっすぐな杖だった。
「これはロームの魔杖。炎を極めんとする者のための杖です」
その時、私は言った。
「私、母さんみたいなすごい魔女になる!」
店主は笑い、言った。
「その意気ですぞ、アリア・ベルナード様」