朝食を片付けた後、母は『ファイアーヒール』という魔法を教えてくれた。
小さな傷なら即座に治る回復魔法だ。
それで私は、はっと気づいた。
今まで、ちょくちょく小さなケガをしてきたけど、その都度母が魔法で治療してくれた。
そうか、あの時の魔法はこれだったんだ。
肝心の魔法の使い方は、治したい傷のあるところに手を触れて、またはかざして魔力を込め、傷を塞ぎ痛みを取るイメージを浮かべながら詠唱するだけ。
魔法の詠唱自体が4回目ということもあり、イメージがつきづらいとかということもなく、すんなり唱えられた。
「『ファイアーヒール』」
特にケガはしていないので、左腕に手を当てて詠唱した。
手を当てた部分がじんわりと温まり、心なしか軽くなった気がする。
「なんか、暖かい・・・。」
すると、母が言ってきた。
「これは炎の回復魔法だからね、回復した箇所はほのかに暖かくなるの」
「そうなんだ。寒い時に使ってもいいかも」
「それなら、体を暖める専用の魔法があるわ。それを使う方がいいわね」
「それは、私にも使えるの?」
「使えるわ、基本魔法・・・この世界で最低限の魔法の一つだから。いずれ教える」
それを聞いて、安心した。
同時に、新たな疑問も出てきた。
「基本魔法って、全部でいくつあるの?」
「そうね・・・炎魔法には、全部で9つの基本魔法がある。どれも日常生活で使う場面が多々あるものでね、この世界で生きていくには必須の魔法よ」
まあ基本というくらいだから、最低限覚えていなければならないものだろう。
それくらいは、最低でも覚えておきたい。
ただ私の場合、基礎魔力が低いのが不安材料だ。
何しろ私は、昨日今日で教わった基本の魔法でさえ、2回も使えば魔力が切れるのだ。
「9つか・・・あれ?昨日今日教えてもらったのって、基本魔法だよね?」
「ええ。だから、あと6つ。でも、今日はもう終わりよ。アリアの魔力は、2つの魔法でちょうど使い切ったでしょう?」
確かに、朝食を作る前に使った『ソロファイア』とさっき使った『ファイアーヒール』でちょうど魔力がゼロになった。
後者も、消費する魔力はぴったり50であるらしい。
昨日もそうだったけど、1日に2回までという制限はきつい。
魔法を何度も唱えて練習する必要はないが、たった2回しか使えないというのは・・・何というか、ロマンが崩れるというか。
「そしたら、次の魔法は明日までお預けかあ」
「そうね、仕方ないわ。でも、大丈夫よ。これから少しずつ、魔力が伸びていくはずだから」
それはそうだろうが、いくら「未来が大丈夫だから」と言われても、今が大丈夫でないのだ。
もっとも、こんなことは今までに何度となくあったが。
「魔力を伸ばすには、具体的に何をすればいいの?」
「それはまあ・・・とにかく魔法の経験を積むことね。何度も何度も魔法を使っていると、そのうちに魔力の上限が上がっていくの」
「そうなの?」
何気に魔力の上げ方は、これまでに読んだ本には詳しくは載っていなかった。
でも、母がそう言うのなら、そうなのだろう。
「ええ。私もそうやって、10万まで伸ばしたのだから」
「えっと・・・母さんの魔力って元々、500って言ってたよね?」
「そう。私は6歳から魔法を学び始めたのだけど、そこから20年あまりの間、地道に努力を重ねてここまできた。そしてあなたは、そんな私の娘。
だからね、アリア。きっと、あなたにだってできる。私のようにはなれないかもしれないけど、それでも・・・」
そこまで言って、母は言葉を詰まらせた。
そして場をごまかすように作り笑いをして、「そうだ。これからちょっと出かけてくるから、いい子にしててね?」と言った。
母が出かけて帰ってきた後、私は残る6つの基本魔法の名前を聞き、それらを実際に母に詠唱して見せてもらった。
その際わかったのだけど、さっき母が言っていた体を暖める魔法とは、『ウォーム』という魔法のことであったようだ。
それから、ものを乾燥させる魔法や水を瞬時に沸騰させる魔法。
これらはそれぞれ『ドライア』、『シェイド』というらしい。
あと、周囲の空気を暖める『ヒーティア』、手に辺りを照らせる明るさの火の玉を出す『インフティーラ』。
そして、手から炎を噴き出す『レブトーネ』。
これら6つの魔法を、母に実践して見せてもらった。
いずれも確かに日常生活で役立ちそうだ・・・というか、 実際に母が使っているのを見たことがあるものもあった。
『ドライア』なんかは雨の日や冬場の洗濯物が乾かない時に、『シェイド』はお風呂を沸かす時によく母が唱えているし、『ヒーティア』も寒い時にはよく使っている。
唯一、『レブトーネ』に関しては、使っているのを見たことがない。
聞いたところ、これは魚などを焼く時に使うことがあるそうだ・・・母はあまり使わないらしいが。
すべての魔法を見せてもらい終わったのとほぼ同じタイミングで、雨が降ってきた。
洗濯物を外に干していたので、2人で急いで取り込んだ。
ちなみに、母はその気になれば洗濯物を取り込むどころか、日常生活の大半の作業を魔法でやれるらしい。
でも、敢えてそれはしないという。
「魔法は、あくまで私たちの生活を豊かにしてくれる道具の一つに過ぎない。道具に頼りきりになってしまったら、体は堕落していく。
だから私は、普段の生活は可能な限り自分の手で行っているの」
だから、わざわざ洗濯した衣類を魔法で乾かさずに干しているのか。
一瞬ロマンのない話だと思ったが、理由を聞くと妙に納得してしまった。
確かに、動かなければ体がなまってしまうだろう。
とはいえ、母はまだまだ若いのだし、多少はだらけてもいいような気がする。
少なくとも私なら、今の母よりはだらけると思う。
それに、母は今まで色々と頑張ってきただろう・・・特に私を産んでからは。
なのに、一瞬たりとも楽をせず、頑張り続けているなんて・・・。
私も、少しは母を見習わなきゃな・・・。