基礎魔力を測定した後、さっそく魔法の訓練を始めることになった。
といっても、いきなり魔法を唱える練習をするわけではない。
まずは、体の中の魔力の流れを制御する練習から始めることになり、それに先立って基本となる知識を復習した。
母や本から学んだ知識の復習だ。
どんな魔法も、自身の体の魔力を上手く制御できることが大前提であり基本だ。
しつこいようだけど、基本はしっかり押さえておかなければならない。
母もそう言っていた。
さて、魔力とは魔法使いにとっては普段体を動かすのに使う力とさして変わらない。
体を動かすのは「肉体的な力」とされ、「魔法的な力」である魔力と対を成すものとされている。
肉体、つまり筋肉を動かす際の力と魔力の違いは、魔力は全身の細部まで意識して調節して送れる。また、体外に物体として顕現させられる。
魔力は実体を持つが、普段は目に見えない。
使うことで起きた事象によって、その存在を確認できる。
特殊な音波や特定の魔法を使えば、魔力を可視化できる。
これは、例えて言うなら刑事ドラマなんかで特殊な光を当てて指紋を浮かび上がらせたりするやつに近いか。
そうして事前知識の復習が終わると、ついに本命の訓練が始まった。
場所は家の中ではなく、そこそこ広い裏庭だ。
母曰く、「体を動かすための肉体的な力ではなく、体の奥底に眠る力を動かすようイメージする」ことで、魔力を体に上手く循環させられるらしい。
私は試しに右手をまっすぐに伸ばし、指先に「体を動かすためではない力」を込めるようにイメージした。
最初は上手くいかなかったけど、しばらく続けているうちに何か、液体のようなものが体の中を流れ、指先に集まる感覚がした。
そして意識を集中させるのをやめると、途端にその感覚はなくなる。
液体が流れるような感覚だったから、魔力というのはいわば血液のようなものなのだろうか。
それを口に出すと、母は「その感覚よ。それを素早く、自由にできるようになるまで練習するの」と言ってきた。
これ以降私は、この訓練にひたすら精を出した。
日中は暇さえあれば、指先に魔力を流し、集中させては解除する。それを繰り返した。
基本的には庭でやったが、雨の日は家の中でやった。
毎日毎日頑張ってやっているうちに、最初よりも速く、高密度に魔力を集中させられるようになってきたのを実感した。
そして、訓練を始めてからおよそ1ヶ月半後、母は魔力制御練習はもう十分だ、いよいよこれから魔法詠唱の練習を始めようとした上で、私に次の訓練を提示した。
「まずは、『ピアフレイ』から始めましょうか。これはね、任意の物体に火を点ける・・・いわば、着火の魔法よ」
前世では、火を点けるといったらライターやマッチといった道具を使っていた。
今世では、それを魔法を使って体一つで点けられるようになるのか。
改めて考えると、すごくワクワクする。
「そうね・・・なら、あれを使いましょうか」
母は、庭の隅に積んであった薪を1つ取り出し、私の目の前に置いた。
そして1メートルほど距離を取り、軽く手を伸ばした。
「『ピアフレイ』」
母の詠唱と共に、薪に火がついた。
それは一気に大きくなり、たった1本の、決して大きくもない薪なのに、あっという間に焚き火のようになった。
「すごい・・・」
私は、思わず漏らした。
「驚くことはないわ。これは、この世界では最も基本的な魔法の一つ。
それに、これからあなたもこれを使えるようになるのよ」
そうして聞いた魔法の使い方だけど、手に魔力を流した上で標的・・・この魔法の場合は着火したいもの。それに魔力を飛ばすよう意識し、詠唱する。それだけだ。
母は新たに薪を1本浮かび上がらせ、私の前まで持ってきてくれた。
「さあ、やってみて。大事なのは、『イメージすること』、そして『想像すること』よ」
数々の本に出てきた、魔法を扱う上では魔力の制御と並んで重要であるらしいことを、母は確認してきた。
おかげで、その瞬間に私の心身が狂うことはなかった。
「『ピアフレイ』」
指先に込めた魔力を薪に飛ばし、火種を起こすイメージで詠唱すると、それが現実となった。
つまり、薪に火がついたのだ。
「・・・!」
それは、ちょっと風が吹けば消えてしまいそうな、小さな火だった。
でも、初めて唱えた魔法で、初めて上手くいった、という感動はすごかった。
全身に鳥肌が立つほどの興奮が走った。
こんな感覚を覚えたのは、前世から数えてもいつぶりだろう。
「まあ!」
母もまた、歓喜の声を上げた。
「初めての詠唱で上手くいくなんて。すごいわ、アリア!」
「・・・ほんと?」
「ええ。初めて魔法を詠唱して、成功する者はそういない。私だって、初めて魔法を唱えた時は上手くいかなかった。
あなたは魔法使いのスタートにして、かつての私を超えたのよ」
そう言われて、心が震えた。
よくわからないけど、私は母にできなかったことをやってのけたらしい。
「これは、将来にも期待できそうね。嬉しい限りだわ」
母は、とても喜んでいるようだった。
この笑顔を見ていると、何だか私も嬉しくなってくる。
今さらだけど・・・
この人の元に転生して、良かったと思った。