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5.基礎の魔力

 それは転生から5年が過ぎた、ある日のことだった。

「アリア。そろそろ魔法の勉強を始めなきゃね」

唐突に、母に言われた。


「え、私も魔法を覚えられるの?」

思わず歓喜の声を上げてしまった。

これまでに母の魔法を何度も見てきたから、胸が高鳴った。


 いよいよか。

私も魔法を使えるようになり、水を一瞬で沸騰させたり、部屋全体を一気に暖める火を出したりできるようになるのか。

その第一歩を、今踏み出すのだ。


「あなたも5歳になった。魔法使いの勉強を始める上で必要な前提知識は、だいたい覚えてくれたみたいだし」


前提知識というのはきっと、これまでに本や母自らが教えてくれた知識の中に含まれていたのだろう。

心当たりのあるものは、いくつかある。


「でもその前に、基礎魔力を測らないとね」

 魔法を使うには、魔力というものを消費する。

当然それが高いほど強力な魔法を使え、休まずとも何度も魔法を使えるのだ。


そして基礎魔力というのは、個人に生まれつき備わっている魔力のことで、魔法使いであれば、誰でもある程度持っているもの。

魔力は『マナ』という単位で測られる。


「あれ?でも、基礎魔力を測るのには専用の道具が必要だよね?」

本で読んだ限りでは、基礎魔力は魔力測定器という道具を使って測るとあった。

でも、うちでそのような機械を見たことはない。


「大丈夫よ。私はあれがなくとも、基礎魔力を測れるの」


「え、そうなの?」

 そんな話、本には載ってなかった。

どの本にも、基礎魔力を測る時は道具を使うと書いてあったから、そうだとばかり・・・


いや、でも・・・母ならできるのかもしれない。

母は大魔女、この世界でもっとも位の高い魔法使いだ。

普通は道具が必要なことも、自力でできてもおかしくはないだろう。


「ええ。それじゃ、測るからね」

 そうして、母は私の頭に手を当てた。

測定されている間、私は動かずにいた。

なんだか、前世の学校で受けた身長測定を思い出す。


「・・・」

しばらくして、母は手を離した。


「どう・・・?」

私は、期待と不安の入り混じった声で聞いた。

基礎魔力は個人の最初の魔力、つまりスタートラインだ。


もちろんそれで全てが決まるわけではない。でも、スタートが人より遠ければ、その分ゴールも遠くなる。

基礎魔力が低ければ、それだけ多くの修行を積まなければ強い魔法使いにはなれない。


「数値、100。あなたの基礎魔力は100よ」


「100・・・?」

 それを聞いて、心底驚いた。

この世界の魔法使いの基礎魔力は、だいたい高くて2000、低くて500だという。

100というのは、それよりはるかに低い。


「ちょっと待って、それって・・・」


「本当よ。間違いない。・・・でも、思ったより低いわね。これだと、そのままでは日常生活に使うような魔法すら1、2回しか使えない」  


 その瞬間、にわかに絶望が襲ってきた。

たぶん、これより低い数値が出る魔法使いなんていないだろう。

巻き返しができるにしても、それはきっと他の人よりはるかに大変だろう。


どこに行ってもダメなのか。結局、私は何者にもなれないのか。

異世界に転生しても、それは変わらないのか。


「気にすることはないわ。基礎魔力が低くても、これから頑張って魔力を上げていけばいいのだから」


 確かにそれはそうかもしれない。

基礎魔力は『基礎』というだけあり、あくまでも本当に最初のスタートラインだ。

でも、スタートラインが人より低いという時点で、それは強烈なハンデだろう。


母は私を悲しませないために言ってくれてるのだろうが、あいにく私は知っている・・・最初に立っているポイントが周りより遅れているやつが、周りに追いつこうとしたら、どれだけ苦労するかを。


そして、それが大抵どのような結末を迎えるかを。


「魔力を上げる・・・って、どうすれば」


「教えたでしょう?とにかく修行に励むのよ。魔法を覚え、頑張って使い続けていれば、いずれ魔力は上がっていくから」


「そうなの・・・?」


「ええ。母さんだって、最初の基礎魔力は500だったけど、そこから頑張って修行して、10万まで上げたんだから」

500は、平均基礎魔力の下限。

そして10万とは、母の今の魔力の値であり、今のところこの世界で最高の値だ。


「でも、100と500じゃ5倍の差がある。最初の魔力がそれじゃ・・・」

 私が絶望と悲しみに暮れているのがわかったのか、母さんは私の肩に手を置いて言った。


「大丈夫よ、心配しなくても。あなたは私の娘。努力さえすれば、必ず強くなれる。魔力の上限だって、きっと人並みかそれ以上に上げられるはず」


「母さん・・・」


親というものは、子供を失望させるようなことはまず言わないものだ。

でも・・・


考えてみれば、数値は100と言えど、私の基礎魔力はあるにはあるのだ。

そして、上げることができないわけでもない。


 何より、魔力を上げるなんてこと、今までしたこともない。

やったことのないことを、最初からできないと決めつけていいのか。


私はかつて、何かとそう考えがちだったが、この際それはもう前世だけのものにしよう。

今世は、決めつけない。

実際にやってみて、結果が見えてくるまで、諦めない。


「わかった・・・」

 私は唇を噛みしめ、手をぎゅっと握った。

「わたし、頑張る。そしていつか、母さんみたいなすごい魔女になる!」


母は、その時が楽しみね、と言って微笑んだ。


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