転生してから4年。
私はすっかり話せるようになり、母と日常的に会話するようになった。
母のことは「母さん」と呼んだ。
これは、転生する前に向こうの母を呼んでいたのと同じ呼び方だ。
その他、基本的には転生する前と同じように話せた。
ちょっと年齢不相応というか、変だと思われるかなとも思ったけど、母が何か言ってくることはなかった。
私は普段、本を読む他に紙に言葉を書いていた。
こっちに来てから覚えた言葉の他、前世で使っていた言葉も書いていた。
メインに書いていたのは、前世と今世の自分の名前や母の名前なんかだ。
もっとも母からすれば、私は謎の言葉を書いているように見えただろうけど。
それでも、特に反応を見せることはなかった。
どういうわけかおもちゃの類は何も与えられなかったけど、逆にありがたかった。
そんなもので遊んでも何も面白くないし、それよりは本を読んで、この世界の知識や常識を身に着けたかったから。
幼い子供が四六時中難しい本を読んでいたら、別の意味で心配になりそうなものだけど、やはり母は心配などしてこなかった。
というか、一緒に読んでくれることもあった。
読めない文字はあまりなかったが、それでも母は一緒に読む時は声に出して、ゆっくりと読んでくれた。
まあ母親なのだから、これくらいは当然かもしれない。でも、それでも嬉しかった。
ちなみに、母はちょくちょく新しい本を持ってきた。
私が何も言わなくとも、定期的に新しい本を読ませてくれた。
その理由は、後に何となくわかった。
転生から4年半。
この世界の常識や文化、基本概念はだいたいわかった。
まず、この世界には炎、水、雷、地、風、氷、光、闇の八属性の魔法と、それを扱える魔法使いが存在する。
この世界にはいくつか人間とは異なる種族が存在する中、魔法使いは人間に近いが、あくまでも異なる種族であるとのこと。
ただし境界は曖昧で、人間が魔法使いになることも普通にあるらしい。
また、生まれつき魔法使いである者もいる。
生まれつき魔法使いの者は、幼少期の成長が人間より速い。しかし、10歳ごろには落ち着き、それ以降は普通の人間と同じ成長速度になるらしい。
また、魔法使いは生まれた時から魔力というものを持っており、それも10歳頃までは成長する。それ以降は、個人の修行によって増大していく。
と、ここまでは「普通」の魔法使いの話だ。
でも私は、生まれつきの「魔女」。そして、母はその中で「大魔女」と呼ばれる存在だ。
魔女とは、魔法使いの一種だけど別の種族で、より強大な力を持っている。
そしてその中でも特に優れた能力を持ち、特定の属性の魔法に特化した者は、「大魔女」の名を名乗ることができるという。
なお、仮に親が魔女であっても、生まれた時から魔女である者は滅多にいないらしい。
つまり私はこの世界において、とてつもなくレアな存在として生まれてきたのだ。
ちなみに、男性は魔女ではなく『魔王』と呼ばれるらしい。その響きだけで、一気にRPG感が増す。
まあ男を魔女と呼ぶよりはしっくり来る気がするけど。
魔女となれるのは一部、さらにその上の大魔女にまでなれるのは本当に少数の魔法使いだけで、数えるほどしか存在しないそうだ。
そんな情報を得た矢先、私は母に確認した。
「母さんは、炎の『大魔女』なんだよね?」
すると、母は笑顔で「ええ、そうよ」と答えてきた。
やはり、私は最強の炎の魔女の娘なのだ。
今でもそう思うと興奮するけど、あがってはいられない。
幸せで楽しくてロマン溢れる未来を掴むためにも、今は頑張って「修行」しないと。
意外と言うべきか、私が5歳を間近にしても母はまだ魔法の勉強を始めようとは言い出さなかった。
私はこの世界の勝手がよくわからないので、敢えて何も言わないでいたけど、やはり魔女の娘としては魔法の勉強をしたい。
でも、焦ることはないだろう。
きっと、母には考えがあるのだ。
魔法の勉強というのは、危険もあるだろう。
それ故幼い私はまださせてもらえないとか、そういう事なのだ、きっと。
ある日、読んでいた本に「高位の魔法使いは、月に一度中央王城に赴き、現状を報告する義務がある」という記述を見つけた。
そしてこの「高位の魔法使い」には、当然ながら大魔女も含まれるようだ。
そう言えば、母はたまに朝早くどこかへ出かけて、昼ごろまで帰ってこない事がある。
出かけること自体は3日に一回くらいの割合であるけど、大抵は2、3時間で帰ってくる。
たぶんだが、この時がそれなのだろう。
中央王城というのは、正式名称をレフェ城といい、その名の通り大陸の中央にある城だという。
片道何時間くらいかけて行ってるんだろうか。
途中から魔法で瞬間移動したりとかしてるのかもしれないが。
この家がどの辺りにあるのかはよくわからないけど、外を見る限り豊かな自然に囲まれていて、他に家や人は見えないから、結構な田舎だろう。
田舎で暮らす魔女というのも素敵だけど・・・定期的に外出しなければならないのは、不便そうだ。
それでふと気になった。
母は、何の仕事をしているのだろう。
定期的に買い物に行っているようだから、収入がないわけではなさそうだが。
うちには畑があり、母はそこでいくつかの作物を育てている。
でも、食卓に並ぶ野菜はそれで作ったものだけではない。
魔女の仕事、というとどうもイメージが湧かない。
ただ、母は普段家で魔導書らしき本を書いたり、魔法の研究をしているから、それが関係しているのかもしれない。
私は次々に新しい本を読ませてもらえたが、母が本を書いているのなら、それにも納得がいく。
まあいずれにせよ、私が気にすることではない。
私がすべきなのは、母が与えてくれる本を読み、知恵を学び、この世界のことを知ること。
そして、母の愛情をたっぷり受けて育つことだ。