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109.俺の元気がない……?

 どうやって帰宅したのか覚えていないが、気づけば自室のベッドに座り込んでいた。


「晃生どしたん? お父さんに何か嫌なことでも言われたん?」


 羽彩が心配そうに顔を覗き込んでくる。今はそんなことですら鬱陶しく感じてしまう。


「何があったの日葵ちゃん。アキくん、すごく落ち込んでいるみたいだけど」

「私もよくわからなくて……。急に顔色が真っ青になって苦しそうにしていたから、とにかくお父様から引き離さないといけないと思って話の途中だったけれど帰らせてもらったのよ」


 梨乃と日葵が揃って悩ましい表情を浮かべる。自分のことを話しているのはわかるのに、口を挟もうという気にはなれなかった。

 身体が脱力している。何かしようって気持ちにならない。考えること自体が面倒だ。

 俺は壊れてしまった。いや、元から壊れていたのだろう。だからこその悪役だったのだ。

 母親のことはショックだった。そのショックが大きすぎたのか、俺は母親を襲った輩と同じことをしていたのだ。

 それが本能とばかりに女を食いまくっていた。原作のように無理やり人の女を寝取ってはいなかったが、性欲のはけ口程度にしか考えていなかったのは事実だ。


「ヒーローか……」


 ヒーロー。幼い頃はよく口にしていた単語だ。

 その単語にどれだけの思いがあったのか。子供の頃の熱い気持ちなんて、大人になれば忘れていくのみである。強くもない、簡単に折れるくらいの志でしかない。


「ガキくせぇ……」

「晃生ー? 何か言った?」

「なんでもねえよ。ちょっと眠たくなっただけだ」


 わざとらしくあくびをしてみせる。ベッドに横になり、目をつぶった。


「……これは何かあったね。ひまりん、本当に心当たりないの?」

「本当に急だったのよ。緊張はしていたようだったけれど、お父様との会話に問題はないように思えたのだけど……」

「体調を崩した、とは違うようですね。心の問題でしょうか? 日葵ちゃん、アキくんの様子がおかしくなる前の状況を教えてもらえないかな?」


 三人娘は俺の傍で俺の話をしやがる。それをわざわざ止めようという気も起こらず、目をつぶったまま聞いていないフリをした。

 記憶を思い返しているのか日葵が「うーん」と小さく漏らす。


「あっ。そういえばお母様のことを聞いてから様子が変わった気がするわね」

「お母様? 晃生のママってどんな人だったん?」


 羽彩が目を輝かせているのが目に浮かぶ。わかりやすい奴め。


「いいえ、来なかったのよ。もしかしたらそれを気にしているのかも……」

「晃生ってマザコンだったん?」


 うるせーよ! 羽彩の頭を叩いてやりたい衝動に襲われたがなんとか耐える。


「でもそれは想定済みだったじゃないですか。もっと他の理由があったのかもしれませんよ」

「そうなん? 晃生は答えてくれる気がなさそうだし……。ひまりんは他に心当たりがないの?」

「そう言われても……。後は様子が変わる前に音無先輩の顔を見たくらいしかなかったけれど」

「人の顔を見て気持ち悪くなるとか。一体どんな顔していたらそうなるの」


 ケラケラと笑う羽彩だった。こいつ、あんまり深刻に考えていないな?

 一応心配されているってのは伝わってくるが、やり取りを聞いていたら力が抜けてきた。本当に眠ってしまおうかな。


「まあ、晃生を元気づけるってなったらさ……やることって決まってるじゃん?」


 さっきまで元気そうな声を発していた羽彩が、声のトーンを落とす。


「そうですね……。アキくんのためにも、一肌脱ぎましょう」


 躊躇っているように見せかけて、ノリノリな声色なのは梨乃だ。早速服を脱いでいるのか衣擦れの音が聞こえてくる。


「晃生くんを元気づけられるのは私たちしかいないわ。満足させられるよう、精いっぱいがんばりましょう!」


 やる気しかない日葵だった。本当に俺のためなの? と疑いたくなるレベル。

 そんなわけで、目をつぶって横になっている俺に美少女三人が迫ってきた。体温を感じられる距離で、俺を満足させようと思い思いの攻め方で触れてくる。


「……あれ?」


 誰の声だったのか。疑問の声が上がる。

 それはすぐに他の女にも伝わった。伝播するにつれて騒ぎ出す。


「晃生の……元気がないっ!?」


 叫んだのは羽彩だった。信じられないとばかりに声が震えている。

 確かめるように俺の大事なところが触れられる。さすられたり強く握られたりしても反応しない。自分の一部でありながら、まるで自分の身体ではないような感覚だった。


「そ、そんな……っ。晃生くんがこんなことに……こ、こんなの嘘よ……!」


 かなりの動揺を見せる日葵。動揺しすぎて歯の根が合わないようだ。


「こんなことって……。どうしましょう……どうすればアキくんを救えるんですか……」


 梨乃に至っては神にでも救いを求めそうな勢いだった。俺自身のことでなんだが、俺の身体をなんだと思ってんだ?

 三人には悪いが、今はそういう気分になれないのだ。説明するのも面倒で、俺は寝たふりをする。


「ただいまー♪ って、みんな何をしているの?」


 出かけていたらしいエリカが、この惨状に戸惑う。目をつぶっているせいでどんな状況かは想像するしかないんだけども。


「まあいいや。みんな服を着て外に出て。もちろん晃生くんはそのまま寝ていていいからね」


 三人娘は不思議そうにしながらもエリカの言う通りにする。しばらくすると全員外へ出ていく物音がした。


「……」


 やっと静かになったか。

 一人になったからって気持ちを整理できる話でもない。だけど、今はとにかく一人になりたかった。


「俺は……」


 俺は、どうすればいい? おかしくなった自分を自覚したまま、あいつらと一緒にいられる自信がない。


「あいつらを……不幸にしたくねえよ……」


 その呟きは、郷田晃生の本心だった。


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