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103.本当のところは? 俺、気になります!

 郷田晃生は本当に両親から疎まれていたのだろうか?

 海で母親と会った時の反応を考えれば、そんなわけがないだろうと否定もできない。俺を少しでも息子だと思っているのなら、あんなにはっきりと無視することはないだろう。


 だったら父親はどうだ?

 そっちに至っては顔すら覚えていない。けれど仕送りはしてくれているし、住むところの面倒だって見てくれている。

 さらにはエリカの事件に黒服をよこしてくれたのだ。姿は現さないものの、母親よりは疎まれている感じはしない。


「郷田くんは会長に会いたいのかい?」

「いや、うん……どうだろうな?」


 生徒会室。音無先輩と二人きり。

 海に遊びに行った時のお土産を渡すという名目で時間を作ってもらった。いや、さなえさんは彼女の指示で宿泊先を選んでくれたらしいからな。ささやかすぎるが、お土産くらいは渡さないとな。うん。

 てなわけで、お土産を渡すついでにさりげなく両親についての情報を得ようとしたのだが、どうやら考えを見透かされてしまったようだった。


「郷田会長は忙しい人だからね。すぐに、というのは難しいかもしれないよ」


 もにょもにょと煮え切らない言葉を吐く俺に、音無先輩は快活に笑いながら教えてくれた。


「そっか。そうだよな……」

「……わかっているとは思うけれど、郷田会長はハーレム婚をしている人だ。子供は君一人だけではないのだから、特別扱いは期待しない方がいいぞ」


 ハーレム婚。つまりは一夫多妻制である。

 一応少子高齢化対策で始まった制度と言われてはいるが、裏では俺の父親が関わっていたのではないかともうわさされている。まあトチ狂ったエロ漫画世界だ。悪役の父親が関わっているなんて、今更それくらいのことでは驚かない。

 俺以外にも子供がいる。そいつらに顔を出しているのだとすれば、わざわざこんな強面の不良に構ってやることもないだろう。


「とりあえずアポを取ってみればいいじゃないか。きっと時間を作ってくれるさ」


 音無先輩は簡単そうに言いやがる。

 親を相手にアポイントが必要ってか。普通の立場じゃないってのはわかるが、変な感じだ。


「別に、そこまでして会いたかったわけじゃねえっすよ。ただちょっと気になっただけで」

「そもそも会ってどうするつもりなんだい? 何か話したいことでもあるのか?」


 音無先輩に言われて、そういえば何の用なんだと自問自答する。

 顔を見たかったから? そんな理由で大企業のトップに会おうとするとか、怒られても文句言えねえな。

 母親とはどうなってんだ? 何目線で物を言ってんだよ。いや、子供だけども。

 ここはやはり女か。「将来を約束した女がいるんだ」みたいな感じであいさつをしに来たってのはどうよ? ……高校生が何言ってんだって笑われちまうか。


「そうだ、婚約者だ」

「えっ!?」


 知らない間に婚約者がいた。たぶんそれを決めたのは父親だろう。

 だったら勝手に婚約者を決めたことに対して話があると言えばいいのではなかろうか。よし、これなら会いたい理由として自然な気がする。


「郷田くん……。私との婚約に向き合ってくれる気になったんだね。もしかして高校を卒業するまで待てないのかい? ふふっ、それは私も同じだよ。籍はまだ入れられないけれど、私の中にあなたを入れる準備はできている……。さあ、いつでも──」

「そうと決まれば電話するか。……ん? 音無先輩は何身体をくねらせてんっすか?」


 音無先輩は両手で自分の顔を挟みながらくねくねしていた。ちょっとキモい。

 俺の冷ややかな視線に気づいたのか、先輩は紫髪をいじりながらさっきの動きをなかったことにしようとする。別にいいけどよ。


「……日時が決まれば私に知らせてくれ。私も一緒について行こう」

「それはありがたいっすね。じゃあまた連絡します」


 婚約者の話をするのなら、その当人が一緒にいた方が話しやすいだろう。

 音無先輩と婚約破棄して、俺の女どもを紹介する。いくら顔を見せないとはいえ、親として避けられない状況だ。

 その場に母親も同席してくれればいいのだが……。こればかりは予想できない。そっちは連絡先すら知らないからな。


 ……でも、父親がヤバイ奴だったらどうしよう?

 こんなドラマを観たことがある。男は父親の顔や名前も知らないが、多額の金だけは送られていた。

 贅沢三昧する男だったが、ある日とんでもない犯罪に手を染めてしまう。だが、父親が身代わりを用意してくれて男は難を逃れた。

 顔も名前も知らないのに、なぜそこまでしてくれるのか。男は父親がどんな人なのかと興味を持ち、実際に対面した。

 男の父親の正体は裏社会のドンであった。


『バカな奴だ。何も知らないままなら幸せでいられたのに』


 正体を知られた父親は、男とその友達を捕まえて……。って話を思い出すと藪蛇にならないかって心配になるな。

 どう転ぶかはわからない。今までの孤独な日々を思えば、良いことにならない可能性が高いと思う。

 だからって、このままこのくすぶった気持ちを抱えたままではいられなかった。俺の女たちと全力で幸せになるためにも、親との関係ははっきりさせておかなければならない。

 親子って事実は、切っても切れない関係だからな。


「ありがとうございました音無先輩。では俺はこれで失礼します」

「あー、暑い! 暑いなぁ!」


 用が済んだので生徒会室を後にしようとしたら、急に音無先輩が大声を上げた。


「エアコンの効き目が悪いからね。暑くてしょうがないよ。もう汗だくだ」


 振り返れば音無先輩は制服の胸元を引っ張って風を送り込もうとしていた。いつの間にかボタンを三つほど外しており、豊満な胸の谷間が見えてしまっている。

 しかも本当に汗だくのようで、制服が透けていた。くっきりと黒色のブラジャーが見えていて、その豊満な膨らみをまったく隠せてはいなかった。

 こんな無防備な生徒会長がいたら、思春期の男子は問答無用で前かがみになってしまう。エロ漫画ならそんな扇情的な姿を見せてしまえば簡単に竿役の餌食になってしまうだろう。


「俺は帰りますんで。音無先輩も暑いなら早く帰って着替えて水分補給した方がいいっすよ」

「あ……う、うん」


 本当に、ここにいるのが俺だけで良かった。

 音無先輩のエッチな姿をできるだけ視界に入れないように、俺は素早く生徒会室を後にした。

 しばらくしてからドンガラガッシャーン! とけたたましい音が聞こえてきたが、早く帰宅して涼みたいと思っていた俺は足を止めなかった。

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