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102.郷田晃生はほんのちょっぴり不機嫌

 海で遊び尽くした俺たちは、さなえさんにそれぞれ家まで送ってもらった。


「さなえさん、送ってくれてありがとうございました。じゃあな梨乃。海で遊んで疲れただろうし、ゆっくり休めよ」

「うん、アキくんも今夜はゆっくり休んでください。また今度遊びに行きましょうね」

「二日連続であんなにも身体を動かせるなんて、やっぱり若い子は元気ね。でも油断しちゃダメよ。こういう時の無理がたたって体調を崩すものなんだから」

「はいはい。早く帰ろうよお母さん」


 感心しながらも注意してくるさなえさんを梨乃が止めてくれた。「あんなにも身体を動かせるなんて」の中に、俺たちがスッキリしていた事実は入っていないのだろう。元気な子供程度にしか思われていなさそうだ。

 車が遠ざかるのを眺めながら、俺とエリカはアパートの部屋へと向かった。


「海楽しかったよね」

「そうだな」


 部屋で荷物を下ろす。二日連続でみんなと楽しんだからか、少しだるい。


「晃生くんの身体は他の男の人と比べてもすごかったよね。大きくて筋肉質で……。みんな晃生くんに目を奪われていたから、私たちがいなかったらナンパされていたかもね」

「そうだな」

「……晃生くん」

「ん?」


 エリカの声色が変わった気がして、荷物整理している手を止めて振り返った。

 すると心配そうな顔が俺に向けられていた。俺、何か変なことでも口走ったか?


「何かあったの? 帰りの車に乗った時からちょっと変だよ。ぼーっとしているみたいに見える」


 エリカの言葉で記憶が刺激される。

 帰る間際、すれ違った女性は間違いなく郷田晃生の母親だった。知らないフリをされてしまったが、きっと気づいていたはずだ。


「……いや、少し疲れただけだ。二日間休む間もなくだったからな。知ってるか? 男は出すもの出したらけっこう体力持ってかれるんだぜ」

「あららー、私たちは楽しみすぎたってことかな?」

「まったくだぜ。こんなに元気だと、もう他の男じゃついて行けないかもな」

「それは大丈夫だよ。晃生くん以外の女になるつもりはないから」


 エリカが俺にしなだれかかってくる。女性特有の柔らかい感触が腕に広がる。

 その感触が、俺を無視した母親の姿を思い出させる。


「……」


 母親が知らない男と腕を組んでいた。その光景が頭から離れない。

 別に男と海を楽しみに行こうが構わない。別に好きにすればいいとも思う。

 ──ただ、やはり自分は邪魔者だったのだという事実を突きつけられたようで、居た堪れなかった。


「晃生くん?」

「悪いな。今日は本当に疲れているんだ」


 優しく、そう意識しながらエリカから身体を離した。

 本能に任せていたら乱暴にしてしまいそうだった。沸々と込み上がる熱が、俺を苛立たせる。

 ベッドに横になる。エリカに背を向けて、寝たフリをした。

 俺が寝てしまったと思って諦めたのだろう。エリカは静かに荷物整理に戻ったようだ。


「……」


 郷田晃生は無尽蔵のスタミナを誇っている。それでも精神的な疲れは感じているようで、横になっていたら本当に眠たくなってきた。



  ◇ ◇ ◇



 まどろみの中。郷田晃生が強面を歪ませて、俺を睨みつけていた。


『……』

「いや、なんかしゃべれよ」


 いきなり強面の男に黙って睨まれていたらビビるだろうが。俺も同じ顔をしているんだけども。


「まあ、気持ちはわかるけどさ」

『……うるせえよ』


 俺は郷田晃生だ。だからこいつの気持ちがわかる。

 ていうか前に比べてより感情が伝わってくるというか、元々別人だったという意識が薄くなってきている。もしかして融合でもしてんのか? もしそうだったとしても不安を感じない程度には馴染んでいた。


「……あれはもう無理だろ」

『うるせえよ。……言うんじゃねえ』


 郷田晃生にとって、母親……家族のことはトラウマになっている。

 それは幼少期の記憶が曖昧になってしまうほどに、耐えがたい過去になっていた。

 倫理観がトチ狂っていると思っていた最低の寝取り野郎。しかし、その両親こそが子供を狂わせたのだ。


「家族いっしょに……。それが無理でも話はした方がいいんじゃないか?」

『ハッ。誰が顔を合わせたいって思うんだよ? あんな奴ら、二度と会いたくなんかねえよ』


 ズキリと胸が痛む。

 郷田晃生には憎しみの感情がある。親が無条件で子供を愛する存在ではないと知っている。

 けれど期待していなかったわけじゃなかった。だからエリカの問題が起こった時、彼女の両親に対して怒りを覚えた。

 それはきっと自分自身に重ねたからなのだろう。


『……』


 郷田晃生は不貞腐れたみたいにそっぽを向いてしまった。

 やり場のない怒り。それを発散するために、原作では女を食う生活を送っていた。寝取りに目覚めたのは、そういう性癖だった以上に親への当てつけがあったのかもしれない。


「でかい図体していても子供なんだよな」

『あ?』


 まだ高校生だ。経験不足が当たり前の年頃なのだ。

 身体は大きくなっても、心が追い付いているとは限らない。思春期だって悩みがあるし、それはその時期だからこそ大きく見えるものだ。


『オイ、余計なことをするんじゃねえぞ』

「しねえよ。俺は女たちと楽しい夏休みを過ごすだけで頭がいっぱいなんだ。忙しくてそれ以外のことに構ってなんかやれねえよ」

『……フン』


 そう、やりたいことはたくさんある。高校生の夏休みは貴重だからな。それに気づくのはもう少し大人になってからだろうが。

 俺の女たちとイチャイチャする。もっと深い関係にもなる。ひと夏の思い出どころじゃないほどに、すでに深く繋がっているけどな。

 ……それだけ深い関係になれば、いつかは親に紹介しなければならないだろう。こればっかりは仕方がないよなぁ。


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