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100.みんなの楽しい思い出に……

 温泉でサッパリした後は、旅館の豪勢な料理で腹を満たした。

 よく遊び、よく食べて、後はスッキリするのみである。え、昼間たくさんスッキリしたんじゃないかって? 昼は昼、夜は夜のお楽しみがあるんだよ。

 だが、そのお楽しみのためには大きな障害があった。


「わかっているとは思うけれど、みんな男子部屋に行くのは禁止よ。もちろん晃生くんも女子部屋に来てはいけませんからね」


 修学旅行中の教師のごとく、さなえさんは俺たちの間に立ちはだかった。

 さすがに今回はさなえさんが正しい。大人として、間違いが起こるかもしれない状況を見過ごすわけにはいかないだろう。


「それなら女同士で楽しみませんか? いっぱいお酒を買いましたから、たくさんおしゃべりしましょうよ」


 エリカは売店で酒とおつまみを大量に買い込んでいた。けっこういける口なのか、さなえさんは「仕方がないわね」なんて言いながらウキウキしている様子が隠せていなかった。


「それなら私たちはジュースで乾杯しましょうよ」

「日葵ちゃんったら。何に乾杯するつもりなの?」


 日葵と梨乃も楽しみとばかりに笑っていた。気づけば男子禁制の空気が漂っている。


「女子はみんなで騒げて羨ましいぜ。それじゃあ俺は一足早く休ませてもらうとするか」


 と、さなえさんによく聞こえるように言った。

 背を向けようとする俺に、羽彩がとててと小走りで傍まで来た。サイドテールにしていない金髪がなびいて、見慣れない浴衣姿も相まって俺を変な気分にさせる。


「晃生ー、エリカさんからの伝言」

「あん?」


 薄く血色の良いピンクの唇が近づいて、彼女の小さな声が鼓膜を震わせてくれる。


「さなえさんを酔い潰してみせるから大人しく部屋で待っていてね、だってさ」

「……おう」


 大人しく……な。このたぎったモノを大人しくさせるには少し時間がかかりそうだった。



  ◇ ◇ ◇



「晃生ー、起きてるー?」


 最初に俺の部屋に来たのは羽彩だった。

 女子部屋はかなり盛り上がっているらしい。一人くらい抜けても気づかれない程度には、さなえさんも上機嫌になっているらしかった。


「アタシは元からりのちんママとあまり関わりなかったしね。ひまりんとりのちんなら長いこといなかったらおかしいなって思われるかもだけど、アタシなら大丈夫だろうって思って一番に来ちゃった」


 羽彩はてへへと小さく舌を出す。こいつめ可愛いじゃねえか。


「そうか。来いよ羽彩」

「う、うん……♡」


 すでに敷かれていた布団に羽彩を招く。静かに座る彼女を後ろから抱きすくめた。


「良い匂いだな」

「ちょっ、匂い嗅がれんのは恥ずいって……」

「嫌か?」

「べ、別に嫌じゃないけど……。もう、晃生ってば仕方がないなぁ」


 穏やかに、ゆっくりイチャイチャする。本番はみんなが来てからでもいいだろう。


「ねえ晃生。晃生は今アタシといて……その、幸せ?」

「最高に幸せに決まってんだろ。言わせんなよ恥ずかしい」


 羽彩の真っ赤になっている耳を甘噛みする。彼女はビクビクと身体を震わせながらも、幸せそうに笑っていた。


「アタシも……幸せ♡ えへへ、まさか晃生とこんな風な関係になれるなんて、初めて会った時は思いもしなかったな」

「初めて会った時?」

「あ、いやー……」


 つい口が滑ったと言わんばかりに、羽彩は気まずそうに顔を逸らした。なんてわかりやすい奴。

 羽彩と初めて会ったのは高校に入学した時……ではなく、中学時代にまでさかのぼる。

 ガラの悪い男たちにカツアゲされている彼女を助けた。それは悪役の気まぐれの善行だった。

 それだけなら郷田晃生の記憶に残らなかった。しかし、高校に入学してギャルとなった羽彩があの時助けた女の子だと思い出した瞬間、彼女の存在が強く印象づけられた。

 ……下半身からムクムクと熱が湧いてくる。顔を真っ赤にしてそっぽを向く郷田晃生の姿の幻覚が見えた。


「……羽彩」

「あ、晃生? やんっ……ちょ、力、強いって……」


 郷田晃生の意識が少し出たせいか、抱き締める力を強くしすぎてしまった。俺は「悪い」と謝って、強くではなく優しくを意識して触れる。


「ん……ふ……。ダメ……それ以上されたら、おかしくなるってば……っ」

「なあ羽彩」

「んく……な、何?」


 羽彩が振り返って、とろんとした目を俺に向ける。そんな表情を見せられたら……もう我慢できなかった。


「俺の──」

「「「お待たせー!」」」


 俺が口を開いたのを見計らっていたんじゃないかってタイミングで、日葵とエリカと梨乃がなだれ込むようにして部屋に入ってきた。


「約束通り、さなえさんを酔い潰してみせたよ」


 エリカが得意げに胸を張る。浴衣越しでもぷるんと揺れたのがわかった。……ノーブラ?


「お母さんお酒は好きですけど、ものすごく弱いんですよねー。盛り上がっていたのもあって酔いが回るのが早かったですよ」


 梨乃は母親が酔い潰されたというのにころころと笑っていた。どうやらさなえさんは布団に寝かされてすやすやと眠っているらしい。


「羽彩ちゃんいいなぁ。ねえ晃生くん、私もぎゅってしてもらいたいわ」


 日葵は両手を広げてイチャイチャを要求してくる。浴衣の胸元が少し緩んでいるのか、彼女の胸の谷間が見えていた。……いや、こいつ見せてやがるな。


「あ、晃生……。みんな来たしさ、その……する?」


 羽彩は恥ずかしそうに、でも期待した眼差しを向けてくる。

 そんな目をされてしまうと、期待に応えたいと思うに決まってんだろ。わかってて誘ってんのか? いや、自覚はないんだろうな。

 いいぜ。それなら満足させてやるよ。そして俺の気持ちってやつをわからせてやろう。


「お前ら、そこに並んで俺に尻を向けろ」


 俺は布団を指差してそう言い放った。

 俺の女たちは嫌がることもなく、それどころかきゃっきゃっと楽し気に言う通りの格好になった。女子もけっこうエッチなこと好きだよね?

 俺たちは互いの浴衣姿を楽しみながら、満足するまでスッキリしたのであった。



  ◇ ◇ ◇



「あなたたち元気ね。どれだけ体力があるのよ」


 呆れたようなさなえさんの言葉にギクリとする。

 朝。帰る前にもう少し泳ごうという話になって俺たちは海へと繰り出した。昨日散々遊んでいたのに、今日も海に向かう俺たちの体力に呆れての言葉だ。さなえさんがスッキリした俺たちに気づいたというわけではない。


「どもっす晃生さん」


 昨日のナンパ男たちも海で遊んでいた。ナンパもせず泳いでいると爽やかなスポーツマンにでも見えるのか、女子の方から彼らに声をかけている様子が見えた。元が陰キャだった連中はまさかの逆ナンに焦っていたが、俺に感謝のサインを送ってきた。がんばれよ。


「晃生ー。さっきの人ら、昨日ナンパしてきた連中だよね? 態度違ってたけど何かあったん?」

「まあな。裸の付き合いをしたんだ。腹を割って話せば、そう悪い奴らじゃなかったぜ」

「裸の付き合いっ!?」


 羽彩がぼぼぼっと顔を赤くした。あわあわとしながら、俺の身体をじろじろと見る。こいつ何を想像してんだ?

 その後も俺は女たちに囲まれながら海を楽しんだ。

 これぞ青春。きっと忘れられない思い出になる。彼女たちもそうであってほしいと思う。


「お昼食べたら帰る準備をするわよ」


 さなえさんにそう声をかけられて、俺たちは元気良く返事した。俺はともかく、日葵たちも元気だよな。……スッキリしているうちに体力がついてきたのかもしれない。

 夕方には全員を家まで送る。最初から最後まで面倒を見てくれるさなえさんに礼を言った。

 帰る準備をして、俺たちは車に向かう。その途中で一組の男女とすれ違った。


「え……?」


 思わず声が漏れた。俺が足を止めたことに誰も気づかない。


「か、母さんっ」


 まるで自分の声じゃないみたいだった。

 知らない男と腕を組んでいた母さんがチラリとだけ振り返る。けれど、すぐに顔を逸らされてしまった。


「知り合い?」

「いいえ、知らないわ。誰かと間違えられたみたい」


 そんなわけがない。見間違えたりなんてするものか。

 なのに、俺から離れる母親の後ろ姿に、もう一度声をかけるだけの勇気がなかった。


「…………」


 楽しい思い出が、どす黒い感情で塗り潰されていく……。

 過去は消えたりなんかしない。簡単に忘れられるものでもない。

 頭ではわかっていたつもりだったが、実感して初めて思い知らされた。


 ──郷田晃生が、ずっと心を閉ざしていた事実に。



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