最初の予定では日帰りするつもりだったのだ。
だけど急遽さなえさんが参加することになり、一泊する宿の手配をしてくれた。音無先輩の息がかかっているのを感じるが、おかげで豪華な海旅行になったのである。
「おおっ、良い部屋だな」
広い和室は落ち着きのある雰囲気に満ちていた。窓から海が一望出来て、この景色だけでも値段をつけられそうである。
一休みしようと腰を下ろしかけた時だった。
「はーい。晃生くんはあっちの部屋よ。ここは女の子の部屋なんだから勝手に入ってはダメ。わかったかしら?」
「……はい」
さなえさんに腕を引っ張られて部屋から追い出される。さすがに監視役がいる前で、男女が同じ部屋で寝泊まりするわけにもいかなかった。
「晃生くんの部屋はここよ。私たちは準備が出来次第来るから。それまでは大人しく待っていなさい」
「……はい」
なんてこった……。せっかく温泉旅館に来ているのに別々の部屋で寝なければならないとは。せっかくの温泉旅館なのに!
「晃生くん」
「あん?」
俺がどうやって寂しい夜を過ごせばいいのかと悩んでいると、部屋に戻ろうとしていたさなえさんが振り返って声をかけてきた。
「あの、その……」
何か言いづらいことでもあるのか、さなえさんは頬を赤くして、小さく口を開いては閉じてを繰り返す。
「その、昼間はありがとう……」
「昼間? 俺、何かお礼を言われるようなことをしたか?」
「あの、私が男の人に囲まれている時に来てくれたでしょう。晃生くんが来てくれて、本当に安心したのよ?」
ああ、ナンパされていた時のことか。あれは別に俺が追い払ったってわけじゃなかったけどな。
「あの時は無事で良かったぜ。さなえさんは美人なんだから気をつけねえとな」
「び、美人……っ!?」
さなえさんは頬だけじゃなく、顔中を真っ赤にさせた。
そんな照れるような年頃でもないだろうに。って、こういうことを言ったら「デリカシーがない」と責められるやつだな。
「まあ、さなえさんならあんな連中くらい簡単に撃退できただろ。なんたってスパイだからな。秘密組織でしか伝授されない体術ってやつを教わっているんじゃないのか?」
「晃生くんのスパイのイメージはどこからきているのよ……」
呆れる彼女に、思わず煽るような言葉を返してしまう。
「え、できないのか? もしかして、さなえさんってそんなに優秀じゃなかったのか?」
「で、できるわ……よ」
嘘だな。自称できる女のさなえさんは、できない人だと思われるのが嫌な見栄っ張りのようだった。
「ほほう。たとえばどんな技があるんだ? ちょっとやってみせてくれよ」
悪戯心がくすぐられる。俺は手を広げて、さなえさんが技をかけやすいように無防備になった。
「ええぇ……そんないきなり言われても……」
「え、できないのか? ああ、やっぱり信頼されていないから教わっていないのか」
「で、できるわよっ」
さなえさんは俺の服に手をかけた。だが、そこまでで固まってしまう。
彼女は顔を伏せてプルプルと小刻みに震えていた。耳が真っ赤になっているし、恥ずかしがっているのか?
夫が亡くなっているとのことだから、男の身体に触れるのが久しぶりなのかもしれない。それにしても初心すぎる反応だが。服越しだぞ?
「こ、この辺で勘弁しておいてあげるわっ」
さなえさんは何の前触れもなく、俺の服からぱっと手を離した。
「ん、何かしたか?」
「えっとえっと……ひ、秘孔を突いたわ。これ以上強く突いたらあなたの身がタダでは済まないから……勘弁してあげると言っているのよ!」
さなえさんは顔を真っ赤にしたまま胸を張る。まるで子供みたいな言い訳に笑いそうになってしまう。
「くくっ……。そりゃあ大変だ。俺も命が惜しいからな」
「そう! 大変なのよ! これ以上すると命に関わるわ!」
自称できる女のさなえさんは、これで切り抜けられたと思ったのか頬を緩ませる。まったく、こんなに可愛らしい子持ちの未亡人がいてたまるかってんだ。
「さあ、いつまでもこんなところにいないで早く部屋に入って荷物整理でもしなさい。準備ができたらお風呂に行くわよ」
「混浴か?」
「そんなわけないでしょ!」
ぺちんと叩かれる。手加減しているってよりは単純に力が弱いのだろう。スパイにしか伝わらない秘密の体術はやはり教わっていないようだ。
「この部屋を独り占めできるってのも贅沢だな」
さなえさんと別れて、俺にあてがわれた部屋に入る。そこは女子部屋に比べれば狭くはあるのだが、一人なら十分な広さがあった。
窓から見える景色も素晴らしい。日が暮れて人の声がしなくなったからか、波の音がここまで届いてきて心地の良い気分になる。
「晃生くーん、お風呂に行くわよー」
「温泉だよ温泉。アタシ旅館に泊まるのって中学の修学旅行以来だから楽しみー」
日葵と羽彩が俺の部屋に入ってきた。どうやら支度は済んだらしい。
「へぇー、アキくんが泊まる部屋はこんな感じなんですね」
「一人で寂しくない? 晃生くんが求めるなら、私はいつでも一緒に寝てあげるからね」
続いて梨乃とエリカも入ってくる。梨乃は部屋の間取りに興味を示しているが、エリカは俺の心配をしていた。エリカにとって俺は頼り甲斐があるのかないのかわかんねえな。
「それじゃあみんな、お風呂に行くわよ」
「「「「はーい!」」」」
さなえさんの号令に、俺の女たちは元気良く返事した。
残念ながらここに混浴はない。俺たちは素直に男湯と女湯で分かれた。
今日は海でたくさん遊んだからな。しっかりと汚れを落とさないといけないだろう。俺は服を脱いで浴場へと足を踏み入れた。
「お? あ、あいつ!?」
「なんでこんなところに現れるんだよっ」
「昼間のハーレム野郎じゃねえか! ここで会ったが百年目!」
そこで会ったのは昼間のナンパ野郎どもだった。この再会は誰も得をしねえよ……。