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95.真夏の海を楽しむ者ども

「スイカ割りは他人の迷惑にならないように、十分な間隔を空けて楽しみましょう!」

「ひまりん、いきなりどしたん?」

「なぜか注意を呼びかけずにはいられなかったわ。それじゃあスタート!」


 てなわけで、まずはスイカ割りから始まった。

 日葵が言うには競技としてのルールがあるらしいが、盛り上がればなんでもいいのだ。目隠しをして、ぐるぐる回って、周りの声を頼りに棒でスイカを叩く。俺も聞いたことはあっても、するのは初めてなので楽しかった。


「どうしてでしょうか? 普通に切り分けたスイカよりも美味しいですね」

「本当だ。私も割られたスイカを食べるのは初めてだけど、なんだか違うように感じるよ」


 梨乃とエリカが感想を言い合ってほっこりとした空気が流れる。

 スイカ割りで使用したスイカはみんなで仲良くいただいた。ちなみに割ったのは日葵である。言うだけあってスイカ割りの腕前がすごかった。


「競技としてのスイカ割りはね、スイカの割れ方でポイントが決まるのよ。もちろん空振りはポイントにならないわ」

「スイカ割りの正しいルールとかはもういいってば。どうせアタシは一点も取れませんでしたよーだ」


 日葵はスイカを口にしながらまだ何か語っていたようだ。それをずっと聞いてやっている羽彩がとても優しく思える。

 スイカを食べ終えると後片付けをした。後片付けが終わるまでがスイカ割りなのである。


「よーし、それじゃあ今度は砂──」

「次は海で泳ぐぞ! 泳ぐったら泳ぐ。海に来てんのに海に入らねえってあり得ねえだろ!」


 羽彩が言い切るよりも早く、俺は自分の意見を口にした。

 このままではいつ海に入れるかわかったもんじゃない。浜辺での遊びもいいが、やはりメインは海なのだ。俺間違ってないよね?


「ふふっ、晃生くんったら。そんなに前のめりにならなくても海に入るわよ。まったく、仕方がないんだから」

「晃生ってば子供なんだからー。しょーがない、付き合ってやるか」


 日葵と羽彩から温かい眼差しを向けられてしまった。あれ、なんで俺がワガママ言ったみたいになってんの?


「うるせえっ。一番の目的は海だろうがよ。俺が言わなかったらいつ海に入れるかわかったもんじゃねえ」


 俺は海の方へと足を向ける。日葵と羽彩は微笑みながら両側について来た。


「あたしは泳ぎが得意ではないので浜辺にいますね」

「私も遠慮するよ。黒羽ちゃん、それなら二人で砂のお城を作らない?」

「いいですね。今のあたしなら傑作ができるかもしれません」

「自信ありげだねー。私にも作り方を教えてよ」

「いいですよ。エリカさんに砂のお城の奥深さというものを教えてあげましょう」


 梨乃とエリカは浜辺に残って遊ぶようだ。けっこうマイペースな二人だよね。

 少し心配にはなったが、どちらかといえば家族連れが多い海水浴場だ。変な連中にナンパされる可能性は低いだろう。


「わぁ、気持ち良いー♪」

「あははっ。それー♪」

「きゃっ!? やったわね羽彩ちゃん」


 いざ海に入ると、日葵と羽彩はとても楽しそうに水のかけ合いっこを始めた。

 まったく、どっちが子供なんだかな。


「ぶっ!?」


 そんなことを思っていると、日葵と羽彩から水をかけられてしまった。海水のしょっぱさに顔をしかめる。


「あははっ。油断してた晃生が悪いって」

「ふふっ。やり返してもいいのよ?」


 金髪ギャルとピンク髪優等生が笑顔で煽ってくる。こいつら……。


「やりやがったな。覚悟しやがれ……それー♪」

「「きゃー♪」」


 ざっばーん! と二人に水をかけてやった。黄色い声が重なって俺も笑顔になる。

 ああ、こういうのだよこういうの。海で水着美少女と戯れる。こういう青春を送りたかったんだよ。

 とても普通の夏のひと時に思われるかもしれないが、そう思える奴はリア充である。普通はビキニ姿の美少女と遊ぶことすら、思春期男子にとっては困難なのだ。俺はそれを痛いほど知っていた。

 その後もじゃれたり泳いだりと海を楽しんだ。火照った身体も、海が上手い具合に冷やしてくれる。


「晃生ー♪」

「うおっ」


 のんびり泳いでいると羽彩が背中に乗ってきた。


「おいおい、危ないだろ」

「えへへ、だって晃生が隙だらけの背中を見せるからさー。乗らなきゃ損でしょ?」

「何が損だっつんだよ」


 海の中で羽彩をおんぶした形になる。背中に柔らかいものが密着して、また少し身体が火照ってくる。


「この野郎ー、良い筋肉しやがって。大きくて硬くて……なんか、男って感じ」

「男だからな。羽彩は女の感触してんぞ。良い身体だ」

「……晃生、アタシの水着姿は可愛いかな?」

「さっきも言っただろ。最高にエロ可愛いぞ」

「エロか……っ。まったくもうっ、晃生って本当にエッチだよねー。でも、ありがと。えへへ、晃生が喜んでくれると思って初めてビキニを着たんだよね」


 羽彩は俺の背中に乗ったまま身じろぎする。


「けっこう恥ずかしかったけど、勇気を振り絞ってさ。アタシ……がんばったんだよ?」


 海の中だってのに羽彩の身体は熱くて。それは夏の暑さだけが原因ではないのだろう。

 魅力的な女は外見が良いだけでなれるものではない。魅力的に思われたいとがんばるからこそ、男の心を熱くさせるのだ。


「羽彩、俺のためにがんばってくれて嬉しいぜ。まあお前が恥ずかしがる姿も可愛いし、もっと恥ずかしいところも見てみたいがな」

「晃生のエッチ。やっぱり、すごくエッチすぎ……大好き」


 羽彩が落ちないように手を後ろにやる。水着越しの感触は、生とは別種の良さがあった。


「ねえねえ二人とも」


 日葵がすいーっと泳いで俺に並ぶ。今のを聞かれたと思って恥ずかしくなったのか、羽彩の太ももが俺の腰をぎゅっと強く挟んだ。


「あそこにある岩場……人気ひとけがないように見えるのだけど、どう思う?」


 日葵が指差した先に、大きな岩場があった。その向こう側は、確かに人がいなさそうだ。


「……けっこう遊んだしな。そろそろ休憩したいと思っていたんだよ」

「私もよ。あそこならゆっくりできると思うわ」


 俺と日葵は互いに頷き合う。こんなことだからこそ心がはっきりと通じ合っていた。


「……アタシも。少し休んで、スッキリしたい」


 羽彩は俺の肩に額を押し付けながらぽつりと言った。ちゃんとしたいことを口にする。それができた彼女の頭を撫でてから、俺たちは岩場の陰へと向かった。

 夏の日差しが隠れる場所で、俺たちはスリルと開放感を味わいながらスッキリした。あまりに興奮しすぎて、水着を汚さないようにするのが大変だった。



  ◇ ◇ ◇



 そろそろ昼時だ。

 海から上がってエリカと梨乃を見つけたのだが、なぜか人だかりができていた。


「お姉ちゃんすごーい! 本物のお城みたい!」

「スッゲー! ゲージュツってやつじゃん」

「こんなお城に住みたいなぁ……」


 人だかりというか、子供の群れだった。

 どうやらエリカと梨乃の砂のお城に心を奪われた子供がたくさんいるようだ。一体どんなものを作ればこんな騒ぎになるのやら。

 だが、作品を目にした俺は感嘆の声を漏らすことになる。


「おおっ……」

「え、これが砂でできてるってマジ?」

「梨乃ちゃん器用だものね。エリカさんもすごいわ」


 そこには二つの大作があった。

 エリカが作ったものなのだろう。砂で作られているのに、それが洋風のお城だとすぐにわかった。子供の遊びとはいえないほどの傑作である。


「まあ、ざっとこんなものですよ」


 だがそれ以上に梨乃の作品がすごかった。

 梨乃が作ったのは城は城でも、日本のお城だ。しゃちほこがあるし、たぶん名古屋城をモデルにしているのだろう。

 しかも銅板葺きの屋根の美しさまで丁寧に再現されていた。これをこの短時間で仕上げるとは……なんて恐ろしい子!


「あっ。黒羽ちゃん、晃生くんたちが戻ってきたよ」


 エリカが俺たちに気づいた。羽彩と日葵は「すごい!」と傑作を作り上げた二人を褒めたたえる。


「絵が上手いことは知っていたが……。梨乃はこういうのも器用なんだな。本当に感心した。エリカも初めてとは思えないくらい上手に出来ているぞ」

「そ、そうですか? アキくんにそう言ってもらえると嬉しいですね」

「黒羽ちゃんは本当にすごいんだよー。丁寧にお城作りのコツを教えてくれてね。ポイントは砂の水分量なんだってー」


 梨乃の頭を撫でながら、エリカの話をうんうんと聞く。なんだかエリカが親に今日あったことを報告する子供に見えるな。


「まあそれはそうと、腹減ってねえか? そろそろ昼飯の時間だろ」

「言われてみれば、丁度お昼の時間ですね」

「なんだか急にお腹が減ってきたよ。私もお城作りがんばったから、カロリー補充しなきゃだね」


 そのカロリーとやらは全部胸に行くのか? 抜群のスタイルを眺めていたら、自然に浮かんできた素直な疑問だった。

 俺たちはさなえさんが待機しているパラソルを目指す。二つの砂のお城は子供たちの遊び場となったのであった。


「ねえねえ、カノジョ一人?」

「可愛いねー。良かったら俺たちと遊ばね?」

「あ、あの……困りますっ」


 荷物を置いているパラソルに戻ると、さなえさんが日焼けしていかにも遊んでそうな男たちにナンパされていた。


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