郷田グループは国内でも屈指の企業グループである。
様々な業種で『郷田』の名前を聞くほど強い社会的影響力を持ち、世界規模の売上高を誇る巨大な企業集団だ。
そんな郷田グループと俺に、本当に関わりがあるのか? その問いに正直に答えるのであれば、俺は肯定するしかなかった。
「そっか」
エリカは事実をそのまま受け入れるだけだった。興味本位で追及してこなくて、ほっとしている自分がいる。
目をつぶる。俺も、今は頭を整理したかった。
◇ ◇ ◇
原作で郷田晃生が金持ちの息子という描写はなかった、と思う。
だがしかし、一人暮らししている割に金に困ったという描写はなくて。女を脅してスッキリすることはあっても、恐喝して金品を手に入れることはなかった。まあそれが伏線だったと言われても「わかるわけねえだろうがっ!」と返すしかないのだが。
俺が郷田晃生の身体に転生して、それなりの知識が流れ込んできた。
流行や常識に疎かったらしく、普通に学生生活を送るために俺自らも情報を得なければならなかった。前世との違いも多く、正直苦労させられた。
その際に郷田晃生の記憶を刺激したのか、郷田グループとの関係を知った。
……まあつまり、郷田晃生は巨大企業グループの会長の息子なのである。
『ちっ』
「いや、いきなり舌打ちすんなよ」
気づけばまどろみの中。対面には郷田晃生本人がいた。
この郷田晃生から俺に感情やら記憶やらが流れ込んできていたわけだが、幼少の頃だったせいか、両親のことをはっきりとは覚えていなかったのだ。
『ちっ。変に探ってんじゃねえぞ』
「お前も隠してんじゃねえぞ。それで苦労するのは俺なんだからな」
幼少の頃の記憶が少ない。それは当たり前なんだろうけど、どうやら郷田晃生自身が記憶に蓋をしているようでもあった。
あまり記憶がなかったとしても、少しでも自分の立場についての情報が欲しい。こちとらいきなり許嫁が現れて混乱しているのだ。人の都合に振り回されないためにも、できることはしておきたかった。
「なあ、お前は音無先輩が許嫁だってことを知っていたのか?」
『さあな。ここはエロ漫画の世界なんだろ? 原作知識ってやつで調べてみりゃあいいじゃねえか』
「そんな検索機能はついてねえよ!」
この野郎……。何が何でも自分からは教えないつもりか。
音無先輩からは聞ける様子じゃないし、子供の頃のことなんか誰が知っているってんだ。本人に記憶に蓋をされてしまってはどうしようもなかった。
こうなると、後聞けそうな人といえば……両親くらいか。
『ハッ。親は俺のことなんざ覚えてねえよ』
「んなわけねえだろ。アパート借りて、仕送りだってしてくれてんだから。まったく世話になってねえとは言えないだろ」
『……ちっ』
今度の舌打ちは、とても不愉快そうだった。
郷田晃生は両親から疎まれている。それはあくまでこいつ自身がそう思っているだけだ。
親への連絡手段がないわけじゃない。実際、この間はエリカを助けに行く前に郷田グループに助力を求めた。親と話せたわけではなかったが、送ってくれた黒服たちが最後に現れたおかげで、西園寺のエロジジイたちを連行することができた。
本当に疎まれているのだとすれば、わざわざそんなことをしないんじゃないか?
『何にも知らねえくせによ……』
もしかしたら疎まれていたわけじゃなかったのかもしれない。けれど、もしそれが事実だったとしても、郷田晃生が愛情を注がれて育てられたわけじゃないってことには変わりなかった。
母親の記憶は小学生低学年くらいまで。父親に至っては顔も覚えていないときたもんだ。
両親から無視同然の扱いをされてきた。小さい子供なら、自分は嫌われているのかもしれないと考えてもおかしくないように思えた。
「なあ」
『んだよ?』
「この身体はもう俺のもんだ。だから、好き勝手にやらせてもらっていいんだよな?」
郷田晃生はしばらく黙っていたが、諦めを吐き出すみたいに言った。
『勝手にしやがれ。今俺が戻ったところで、お前の女どもに囲まれてむずがゆくなるだけだ』
悪態をつく。それでも、微かに期待の感情を抱いているようだった。
「何言ってんだ。俺の女たちは最高だろうが。囲まれて挟まれた時なんて夢のような気分になれるぜ?」
『うっせ。なんかちげえんだよ。あんな風に優しくされたくねえ……』
優しくされることに慣れていない不器用な男。原作がエロ漫画ではなくラブコメ漫画だったとすれば、案外可愛いキャラとして認知されていたのかもしれないな。
『か……っ!? テメェッ! マジでぶっ転がすぞ!!』
やべっ。こっちがこいつの気持ちがわかるように、俺の気持ちも伝わるんだった。
「さーて、そろそろ目覚めの時間だよな。うん」
『待てコラァッ! 逃げんじゃねえええええぇぇぇぇーーっ!!』
恐ろしくなるほどの怒号を背中に受けながら、俺の意識が浮上していった。
◇ ◇ ◇
ゆっさゆっさと、身体が揺さぶられている。
エリカだろうか? ともかくナイスタイミングだった。あと少し遅かったらボコボコにされるところだったぜ。意識の中でもう一人の自分にボコられるって意味わからんけど。
「晃生ー。起きてよ晃生ー」
僅かに目を開くと、チラチラと金色が見えた。
「んっ……羽彩か?」
「あっ、やっと起きたし」
俺を揺さぶっていたのは羽彩だった。エリカの姿は見えない。シャワーの音が聞こえるので、たぶん浴室にいるのだろう。
羽彩はにんまりと笑っていた。彼女からうずうずというか、ワクワクとした気持ちが表情から読み取れる。
何か良いことでもあったのか? 俺がそう尋ねる前に、羽彩が前のめりになって顔を近づけてきた。
「海! 海に行こうよ晃生!!」
子供みたいに顔を輝かせながら、羽彩は俺にそう提案したのであった。