目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

89.エリカの質問

 真夏の太陽の下。灼熱地獄の中をぼんやり歩きながら帰った。


「お帰りなさいませご主人様♪」

「ああ、ただいま」


 アパートに帰ると、どこで買ったのか可愛らしさを前面に押し出したメイド服を着たエリカが出迎えてくれた。ミニスカメイドさんは男の下半身に毒すぎるぜ……。

 エリカは先日の事件をきっかけに、家を出ることに決めたようだった。今は住むところを探すまでという条件付きで俺と同居している。


「お風呂にします? お食事にします? それとも、ご奉仕しましょうか?」

「それ、メイドじゃなくて新妻のセリフだろ。……いや、ご奉仕ならメイドで合ってんのか?」

「ご奉仕ですね。わかりました、ご主人様にご満足いただけるように精いっぱいがんばりますね」


 エリカは俺の前に跪いて、ズボンのベルトに手をかけた。けっこうノリノリの様子な彼女に見入っていたら、されるがままになってしまった。


「って、いきなりかよ。帰ったばっかで汗だくなんだ。汚ねえからシャワー浴びるまで待ってろ」

「構いません。むしろご主人様の汚いところを綺麗にして差し上げるのがメイドの役目ですから♡」

「……ったく。仕方ねえなぁ」


 とか言いつつ、俺の下半身は夏の暑さに負けないほど熱くたぎっていた。

 何に影響されたのか知らないが、最近メイドプレイにはまっているエリカに身を任せてやってもいいだろう。心の広い俺は、彼女のご奉仕を受け入れてスッキリするのであった。



  ◇ ◇ ◇



 生徒会室で音無先輩と話をした。

 音無先輩がなぜエリカの事件を知ることができたのかとか、どうしてあの場にいたのかという理由はわかった。納得したわけじゃないけどな。


「私は郷田晃生の許嫁だ……。あなたが大勢の女と関係を持とうとも、それだけは譲れないっ」


 ……ただ、あの言葉の意味だけは原作知識のある俺でさえわからなかった。

 原作でも、彼女に対して寝取られたヒロイン以上の情報はなかった。

 相手が寝取り男だと、原作主人公である野坂純平から聞いていたにもかかわらず、あっさりと郷田晃生と二人きりになってしまうアホの娘。大半の読者の音無夏樹に対する印象はそんなものだろう。まあエロ漫画なので、ご都合主義だろうがなんだろうがエロければよかろうなのだ! という意見の紳士が多いためツッコミはあまりなかったようだが。


「婚約者」なんて存在は初耳だし、それっぽい伏線もなかったと思う。まあ伏線に関しては俺が気づかなかっただけかもしれんが。


「あなたが私のことを覚えていないのなら……忘れたかっただけだとすれば、これ以上話すべきではないだろうね……」


 俺と音無先輩がどういう関係なのか。「婚約者」以上のことを教えてはくれなかった。


 いやいやいや! 大切なのはここからだろうが!

 いつから婚約者だったのか。婚約者だとしても、なんでそこまでして郷田晃生のために動くのか。俺が何人の女と関係を持とうが気にしないのであれば、そこまでする義理はないはずなのに。

 ……と、いろいろと言いたいことがあったが、今にも泣き出してしまいそうな顔をされては追及できなかった。まったく、本当に女って生き物はずるい。

 とにかく、音無先輩の婚約者発言の真相を知るには、彼女との関係を俺が自力で思い出さなければならないようだった。


「それで、夏樹ちゃんとはゆっくり話をできたの?」


 玄関で俺をスッキリさせて、シャワーを浴びながらスッキリさせて、食事しながらまたスッキリさせてくれたエリカがそう尋ねてきた。満足したからかメイドプレイは終わりのようだ。……終わると惜しくなるな。


「まあな……。とりあえず、俺の敵じゃないってことだけはわかったよ」


 音無先輩のあの様子を見るに、俺を害そうとする意思はないのだろう。

 けれど完全には信じ切れない。エリカを救出するという名目で、羽彩を利用しようとしたんだからな。そこに関しての怒りを引っ込めたつもりはない。


「敵じゃなければ、晃生くんにとって夏樹ちゃんは何だったの?」

「……俺の婚約者だった」

「そっか」


 エリカは婚約者がいたことに驚きもせず、婚約者がいるにもかかわらず女に手を出している俺に怒りを表すこともなかった。自然に事実だけを受け入れているようである。


「驚かないのか?」

「驚いているよ。でも、あの夏樹ちゃんがあれだけ思い切ったことをしたのが不思議だったけれど、その理由がなんとなくわかってきた気がしてね。妙に納得しちゃった」

「理由ってなんだ?」


 エリカは曖昧に笑う。その微笑みからは安易に答えを聞くなと言っているように思えた。


「なんとなくだからね。夏樹ちゃんがいないところで変なことは言えないよ。ただ、もしかしたらヒントになるかもしれないことを一つだけ」


 ヒント? 何か手掛かりになる情報があるのかと、俺は無言で先を促した。


「私と夏樹ちゃんは社交パーティーで何度か会っていたんだ。あの頃の夏樹ちゃんは人見知りでね。参加していた子供の中ではお姉ちゃんだった私が面倒を見ていたの」


 音無先輩が人見知り? 学校では生徒会長として全生徒の前に立っているし、この間は権力者相手に一歩も退かなかった。人前に出るのが苦手っていうイメージはないぞ。


「そんな夏樹ちゃんが、ある日突然パーティーに集まった子供たちのまとめ役になっていてね。どうしたんだろうと不思議になって聞いてみたら、夏樹ちゃんは『リーダーになって強い人になりたいから』って言ったの」

「リーダー? 小さい女の子ってよりは、男のガキみてえなセリフに聞こえるんだが」

「私もいつもの夏樹ちゃんらしくないと思って、『どうしてリーダーになって強い人になりたいの?』って聞いたの。そうしたら『ある人に恩返ししたいから』だって……」


 エリカが俺の頬にチュッと軽く口づけをする。甘い吐息が耳たぶをくすぐってきた。


「私は晃生くんが何者でも構わないよ。別に調べてまで知りたいとは思っていないの。こうやって晃生くんが傍にいてくれる。それだけで幸せだから」

「エリカ」

「でも、一つだけ聞かせて?」


 エリカは微笑んだままだ。それは彼女の感情から表れたものではなく、あくまで俺を安心させるための笑顔のように思えてならなかった。


「晃生くんは……。もしかして、あの郷田グループの人間なの?」


 心臓が震える。動揺したのは俺ではなく、郷田晃生の方だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?