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88.生徒会長とのお話

 郷田晃生と音無夏樹はこれまでまともに接してこなかったはずだ。ほとんど初対面と言っていいほどで、同じ学校に通っている以上の共通点を思いつかない。


「私の目的は郷田くん、あなただけだ。あなたの幸せを心から願っているんだ」


 ……そのはずなのに、なんで俺は音無先輩にこんなこと言われてんだ?

 幸せを願われるほど好感度を上げた覚えはない。原作でも寝取った覚えしかない。どう考えても、そんな風に敬愛されているかのような目を向けられる覚えはないはずなのだ。


「すんません。音無先輩にそこまで言ってもらえる理由がわからないです。俺、先輩に何かしましたっけ?」


 素直に頭を下げて、覚えていないことを正直に白状した。

 少しは悲しませてしまうかもと想像していたが、音無先輩は意外にもあっけらかんとしていた。それどころか「やっぱりね」なんて明るい口調で言っている。


「うん。覚えていないのも無理はない。君の反応からそれはとっくにわかっていたことなんだ。顔を合わせたりお話をすれば少しは思い出してくれるかなと淡い期待を抱いていたが……うん、仕方がない!」


 うわぁ……、滅茶苦茶気にしているじゃねえか。なんだか罪悪感が胸をチクチク刺してくるんですけど。


「まあ郷田くんが知りたいのは私が本当に味方なのかどうかということだろう? まずは私の目的が君であることを知ってもらった。次はどうしてお姉……小山エリカさんを助けに行ったのか、その経緯を話そうか」


 小さく頷いて話を促す。実はエリカを「お姉ちゃん」と呼ぶのは恥ずかしかったようだ。

 なぜ音無先輩がエリカのピンチを知っていたのか? 羽彩は「生徒会長だからねー」とテキトーに丸め込まれたようだが、俺からすれば疑問でしかない。エリカと仲良さそうにしていたから助けに来たのかとも思ったが、どうやらそれが理由ってわけでもなさそうだからな。


「彼女を助けられたのは小山家と西園寺家に私の手の者がいたからだ。郷田くんが西園寺タケルといざこざを起こしたこともそれで知った」

「あの時の執事やメイド……それとさなえさんか」

「そうだね。小山家に送り込んだ執事やメイドにはエリカさんの安全を確認してもらい、証拠集めにも動いてもらった。さなえくんには西園寺の動きを報告してもらっていたね」

「それはお偉いさん同士のいざこざってやつか? 争っていた相手にスパイを送り込んでいたら、今回たまたまエリカのために役立っただけのように聞こえるんすけど」

「違うよ」


 音無先輩は首を横に振る。彼女の瞳は俺だけを映していた。


「私の目的は郷田くんの幸せだと言っただろう? 小山家や西園寺家を陥れようとしていたわけじゃなかった。私がそう仕向けたのは、エリカさんがあなたの大切な人だと知ったからなんだ」

「は?」


 音無先輩の家の事情とかではなく、あくまで俺のためにスパイを送っていたと?


「君が白鳥日葵と氷室羽彩と親密になったころくらいかな、身辺調査をさせてもらったんだ。それでエリカさんもそういう関係なのだと知った。私としては君とその娘たちを守りたいと思ってね。だから小山家に使用人を送り込んだ。婚約者がいたのでそちらにもね。元々西園寺には黒いうわさがあったから警戒自体はしていたのだけど……」

「……」

「……引く、かな?」


 自分がやべえことをしている自覚があったのか、彼女の瞳が不安げに揺れる。凛々しい顔の女がそういう表情をするの、けっこう反則だと思う。

 助けてもらっておいてドン引きするわけにもいかない。俺は気にしていない風を装った。


「別に引いたりしないっすよ。それで? 娘たちってことは日葵や羽彩にも何かしていたってことですか?」

「小山家のように使用人を雇っているのなら楽なんだけれどね。残念ながら一般家庭である二人には近くにそう人を置くわけにもいかない。せいぜい監視をつけている程度だよ」

「……」


 監視されてんのかよ! これ、二人にどう説明すればいいんだ?


「スパイを送り込んでいたからエリカの危機を知ることができた。だから俺のために助けに行った。とりあえず、そこまでは理解しました」


 納得はしていないけどな。だが言っていることが本当なら、俺の得になる行動をしているはずだ。


「だったらなんで、羽彩を巻き込んだんですか? あいつを連れて行く理由がわからないんすけど」


 俺の得を考えたとして、羽彩を連れて行った意味がわからない。協力はしてくれるだろうが、それほど力になれるものでもないだろう。音無先輩の力を考えると余計にそう思わずにはいられない。

 音無先輩は気まずそうに表情を曇らせる。それでも、視線だけは逸らさなかった。


「……氷室さんには私の手足となってもらいたかった。そう仕向けるために、彼女に声をかけたんだ」

「は?」


 今度は疑問以上に怒りが大きかった。

 羽彩を手足にって……。この女、羽彩を自分の思い通りにしようとしていたのか?


「最初は白鳥さんに声をかけたんだ。自然にと思って次期生徒会長にしたいと言ってね。でもダメだった。彼女の意志はしっかりとしていてね、私の手足になってくれそうな人ではなかった」


 音無先輩は悪びれもせず語る。


「エリカさんは元から私の手足になってくれそうな人ではないからね。だから氷室さんに目をつけた。彼女なら情で簡単に動いてくれそうだからね。一緒にエリカさんを救えば、仲間として心の中に入り込めると思った。……その目的も含めて、さなえくんには君をエリカさんの元に来させないようにと命じたのだが、そう上手くはいかなかったようだ」


 エリカを助けてくれたことについては感謝している。だが目的はどうあれ、羽彩を騙して操ろうとしたのは許せなかった。

 俺はつかつかと音無先輩に近づく。俺の不穏な雰囲気に気づいたのか、彼女は後ずさった。

 壁際まで追い詰めると、俺は音無先輩に顔を近づけて凄んでみせる。


「どんな目的があってもな、俺の女に手を出すことは許さねえ。羽彩を思い通りにしようってんなら、俺はお前を潰すぞ」

「はうああああああぁぁぁぁぁ~~♡」


 え、何? 怒ったはずなのに逆に喜ばれたんだけど?

 音無先輩はしばらく息を荒らげていた。顔を紅潮させて、男子にはお見せできない表情になっている。


「私は……私はどう思われたっていいんだ。認識されていなかったとしても、思い出は消えないから……っ。陰から守るだけの女でもいい。都合のいい女で構わないんだ!」

「ちょっ、人聞きの悪いことを大声で言うんじゃねえよっ」

「──だから、これだけは否定しないでほしい」


 真っ直ぐな瞳に射抜かれる。それは、どこまでも純粋な目だった。


「私は郷田晃生の許嫁だ……。あなたが大勢の女と関係を持とうとも、それだけは譲れないっ」


 その爆弾発言は、原作を知っているはずの俺でさえ驚かされる事実であった。

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