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86.見限られた大人たち

「晃生くんっ!」


 エリカが俺の胸に飛び込んできた。ダメージが身体に残っていてフラつきそうになるが、根性で踏みとどまる。


「大丈夫だったかエリカ。何もされていないだろうな?」

「うん。羽彩ちゃんと夏樹ちゃんも守ってくれたから。それに、晃生くんが来てくれて本当に嬉しかったよ」

「エリカが呼べば駆けつけるって言っただろうが。……無事で良かったぜ」


 しっかりしているようでか弱い。そんな彼女の華奢な身体を抱きしめる。触り慣れた柔らかい感触を味わい、ようやく安心できた。


「羽彩も来いよ。抱きしめてやるぞ?」


 真っ先に飛びついてきそうな羽彩が傍で立ち尽くしていた。小さく首を横に振り微笑む。


「ううん。今回はエリカさんに譲るよ。一番怖い目に遭ったのはエリカさんだからさ。だから晃生、しっかり慰めろよー」


 冗談めかした口調でエリカを優先させる羽彩。その身体が小刻みに震えていることを俺は見逃さなかった。


「羽彩もがんばったんだろ。頭くらい撫でさせろよ」

「んっ……。ぐすっ……うん。アタシ何もできなかったけど……がんばった……がんばったよ……」


 気遣いをしていた羽彩の頭を撫でる。自分だって怖い思いをしただろうに、エリカの気持ちを考えるとは良い娘である。


「まさかここまでの大事おおごとになっているだなんて……。助けが間に合って本当に良かったわ」

「アキくんも大丈夫ですか? 殴られた時にすごい音がしましたけど……」


 日葵と梨乃も集まってくる。俺の女たちに囲まれて、ようやくいつもの感じを取り戻せそうだ。


「どうってことねえよ。それにしても……」


 この場の半数が味方となって、逆に西園寺のエロジジイたちを取り囲んでいる。気絶した連中はもちろん、おろおろするばかりのエリカの両親も抵抗しなかった。

 それを指示しているのは音無先輩だ。気絶した黒服連中を始め、他の奴らもテキパキと拘束していく。


「生徒会長は何者なんだ? そもそもなんでこんなところにいるんだよ?」


 それどころじゃない状況だったからあえて放置していたのだが、事が終わると無視するわけにもいかなかった。


「アタシも不思議だったんだよねー。音無先輩に誘われてエリカさんを助けに来たんだけどさ、そもそもなんでアタシらの事情を知っていたんだろう?」

「おい待て。誘われたってどういうことだ?」

「え? だから──」


 羽彩はなぜ俺たちよりも早くここにいたのか、その経緯を話してくれた。聞き終わった俺は一言感想を放つ。


「エリカのことが心配になったからって怪しい車に一人で乗っちゃいけません!」

「ふぎゃっ!? ちょっ、何すんのよ晃生~~っ」


 警戒心が足りていない羽彩の頭をチョップする。ヘッドドレスをつけているからちょっと強めにしておいた。

 こいつ……。「お菓子あげるからついておいでー」とか言われて知らない人について行ったりしないだろうな? 話を聞いていたらものすごく心配になってきたぞ。

 しかし、なぜ音無先輩は羽彩と一緒に来たんだ? あれだけ味方がいるなら、わざわざ羽彩を連れてくる理由はないと思うのだが。エリカに警戒されないためだろうか?

 その音無先輩に目を向けてみると、さなえさんがおずおずとした様子で近づいていた。


「あのー……夏樹様?」

「なんだい? 仕事に失敗したさなえくん。郷田くんをとどめておくように言ったのに、まったくダメじゃないか」

「う、うぐっ……。娘にあんなことをするとは思わなかったので、その……」

「何をされたかは知らないけれど、彼に蹂躙されることは受け入れてしまえばいい。……むしろ私が代わりたいよ」


 音無先輩はため息をつく。話の内容は聞こえなかったが、小動物みたいに震えているさなえさんを見るに、生徒会長の方が立場が上のように感じた。

 そんな音無先輩と目が合う。メイド服に身を包んではいるが、学校の時みたいに胸を張って堂々としたものである。


「郷田くん」


 音無先輩がこちらに近づいてくる。


「夏樹ちゃんありがとう! あなたのおかげで助かったわ」

「わっ!? ちょっとエリカお姉ちゃん……もうっ」


 エリカが音無先輩に抱きついた。

 なんだかとっても仲良しな様子。凛々しい生徒会長が年頃の可愛い顔を見せる。むしろちょっと幼く見えるな。


「つーか、エリカと音無先輩は知り合いだったのか?」

「うん。夏樹ちゃんとは小さい頃にちょっとだけ会ったことがあるんだよ。お姉ちゃんって呼んでくれて、可愛いんだよー」


 エリカが嬉しそうな笑顔で答えてくれる。よしよしと音無先輩の頭を撫でており、関係性も小さい頃のままなのだろうかと思えた。

 原作ではモブ扱いだったエリカが、寝取られヒロインと関わりがあるとは考えてもいなかったな。それなら音無先輩がエリカを助けに来た理由にも納得できる。

 ようやくエリカに解放された音無先輩が俺に向き直る。凛々しい表情を取り戻し口を開く。


「いろいろと気になることがあるのだろうが、また後日、話をさせてくれないか? 見ての通り、後始末が忙しくなりそうでね。郷田くんたちも今夜は疲れただろう。後のことはこちらに任せて、早く帰って休むといい」


 音無先輩はそれだけ言って背を向けようとする。背中に声をかけようとも思ったが、確かにこれからの方が大変かもしれないだろうと考えたら躊躇ってしまった。

 それに、また日を改めて話をしてくれるって言ってんだ。あまり急かすこともないだろう。


「え、何? なになに何!?」


 突然、玄関に向かうドアが開かれて、大勢の黒服の男がぞろぞろと入ってきた。羽彩は困惑した声でうろたえる。

 またボディガードか? そう思ったのか、羽彩はもちろん、エリカも日葵も梨乃も俺にしがみついた。身動きが取れないのに幸せの感触が広がる。


「こっちだ」


 黒服連中は音無先輩の指示を聞いて、エロジジイたちを連行した。その中にはエリカの両親も含まれている。


「お、おい何をするんだ! エリカ! 見てばかりいないで助けてくれ!!」


 エリカの父親が娘に助けを求める。だけど、連行されて姿が見えなくなるまで、彼女はその声を無視し続けた。


「私を売った人を、私はもう親として見られないよ……っ」


 静かになって、エリカはそうぽつりと零した。優しく抱きしめてやれば、強い力で抱きしめ返された。

 彼らがどうなるかは知らないが、エリカが見限ったことだけは確かだった。縁を切ることを決意した彼女は、しばらく俺の胸元を熱く湿らせていた。


 ──今日という日が終わる。こうして、俺たちはエリカの救出を成功させたのであった。

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