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85.最後の姿はみっともなく

「そ、そんな……バカな……っ!?」


 外国人の黒服を倒して、西園寺のエロジジイに目を向ける。奴は信じられないとばかりに、わなわなと身を震わせていた。

 頼りになるボディガードが、まさかチンピラ風情に負けるわけがないと信じ切っていたんだろうな。その狼狽っぷりは会社のトップの人間と考えると、かなり頼りない姿に映る。


「さて、と。次はお前の番だ。覚悟はできているんだろうな?」

「ヒイイイイィィィィィィ!」


 エロジジイは可哀想に思えるほどの情けない叫び声を上げる。尻もちをついて震えており、今にも小便でも漏らしてしまいそうだった。


「あ、ああ……」

「…………」


 エリカの両親もこの惨状に恐れをなしていた。おばさんの方なんか白目むいているし。あれって立ったまま気絶してんのか?


「そ、そうだっ。私を守る腕利きのボディガードをあと二人連れて来ているのだっ。お、おいお前たち、早くこいつを取り押さえ──」


 希望にすがろうとするエロジジイだったが、言葉はそこで途切れた。


「すまないね。郷田くんの雄姿が見たくてすぐに片づけてしまったんだ」

「なっ……なっ……なあああぁぁぁぁぁぁっ!?」


 メイド服姿の音無先輩がそう言って胸を張る。彼女の前に二人の黒服が倒れていた。

 あいつらが腕利きのボディガードだったのか? 外国人の大男ではあったが、俺とやり合った奴よりは弱そうに感じていた。俺が一発もらった時には倒れていたし、あまり印象に残らなかったな。


 ……つーか、あれって音無先輩がやったのか? こっちも忙しかったから意識の外だったが、冷静に考えると驚きでしかない。

 いや、今はそんな疑問後回しだ。

 エリカたちを取り囲んでいる執事やメイドに目を向ける。俺の前に出てくる様子はない。とくに男連中は俺から距離を取ろうとしているくらいだ。よほど股間が大事と見える。


「どうする? 西園寺さんを守ってくれる人はもういないらしいぜ?」

「うっ……うっ……ううううぅぅぅぅぅっ!」


 エロジジイは唸り声を上げる。そこで何かに気づいたのか、はっとしてエリカの両親に顔を向けた。


「こ、小山くんっ! 何とかしたまえっ。君は私に恩義があるだろう? 今こそ役に立つのだ! あいつを……あいつを何とかしろっ!!」


 唾を飛ばしてわめき立てる姿はみっともなかった。


「い、いや……そ、そんなこと申しつけられても……」


 エリカの父親はしどろもどろになるばかりで、何をするわけでもなく立ち尽くしていた。想定外の事態になると固まって動けなくなるタイプのようだ。

 母親の方は現実逃避しているのか、白目をむいたままだ。女としてその状態でいるのは一種の拷問なのではなかろうかと思う。


「はい、そこまで。もう充分だ」


 音無先輩がパンッ! と手を叩いて注目を集める。


「ありがとう郷田くん。本当に助かった。……あなたを煩わせるつもりはなかったのだけれどね」


 音無先輩に礼を言われる。最後の方は声が小さくて聞き取れなかったが。

 彼女はつかつかと歩いてエロジジイへと近づく。その傍らには執事がいた。あの男も協力者だったのか?


「な、なんだ貴様っ。メイド風情が私に意見できると思っているのか!」


 すでに威厳もへったくれもない。実際、音無先輩の足を止めるだけの迫力はなかった。


「もう終わりだ西園寺社長。まったく、親子揃って同じ手口でやられるなんてざまぁないな」

「は、はあ? な、なんだ貴様っ。この私に向かってそんな口の利き方ができると──」

「みんなー。しっかり撮れているかな?」


 音無先輩が右手を高々と上げる。すると周囲を取り囲んでいたはずの執事とメイドが、次々とカメラやマイクなどの機器を見せた。


「「「はい。お嬢様のご命令のままに」」」


 執事とメイドの声が重なる。その数はこの場にいる者の半数にも及んでいた。


「私をお嬢様と呼ぶんじゃないっ!」

「「「は、はいぃぃぃぃぃぃーーっ! 申し訳ございませんっ!!」」」


 音無先輩に一喝されて、執事とメイドが一斉に頭を下げる。なぜか喜んでいるように見えたんだが、気のせいか?

 いや、そんなことよりも、これって……。執事とメイドも半分は音無先輩の協力者だったってことか?


「な、なぜ? ここにいるのは私が雇った者しかいないはずなのに……」


 エリカの父親も知らなかったようだ。質の良さそうなカメラを向けられても、唖然とした顔をさらすばかりだった。


「と、いうわけだ西園寺社長。今のやり取りは録画させてもらった。もちろん最初からね。西園寺社長が倫理に反した行いをしようとした言動も、綺麗に撮れているだろう。証拠として申し分ないほどにね」

「あ……え……? いや……こ、これは何かの間違い──」

「間違いでもなんでもない。もちろん夢でも幻でもない。あなたはもう終わったんだ」


 音無先輩の真っ直ぐな瞳に射抜かれて、エロジジイは言葉を失った。

 それでもこの状況を否定しようとしているのか、口を金魚のようにパクパクさせる。顔が真っ赤になり、青くなって、最後には白に染まった。


「あ、ああ……あ、あがががががががががが……っ!?」


 そして、エロジジイは卒倒した。口の端から泡を垂れ流し、完全に気を失ったようだ。


「あれじゃあ私たちの出番はいらなかったわね……」

「う、うん。生徒会長さんすごい……」


 静かになったこの場に、隠れていた日葵と梨乃の呟きが聞こえてくる。あれだけの撮影機材を目にすると、スマホ録画が貧相に感じるな。


 ……ていうか、生徒会長って何者だよ!? ただの寝取られヒロインだと思っていただけに、驚きすぎてこの事態について行けなかった。

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