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84.VS悪の竿役

 俺を吹っ飛ばすとは大したパワーだ。タケルの野郎のボディガードとは一味違うらしい。

 崩れた体勢から抜群のバランス感覚を発揮して、倒れることなく着地した。郷田晃生のチートボディも負けていないぜ。


「ハーッハッハッハッ! 思い知ったか若造め。貴様のようなチンピラに、この私を止められるものか!」


 不意打ちで一発もらっただけでここまで喜んでもらえるとはな。殴られた甲斐があったってもんだ。


「……郷田サンは只者ではありませんね。ワタシの鉄拳が当たって倒れなかったのは、郷田サンが初めてです」

「そうかい。俺も殴られて口の中を切ったのはあんたが初めてだぜ」


 エロジジイとは対照的に、黒服の外国人は油断なく構える。慢心してもらえていた方が楽だってのにな。

 先に手を出してもらおうとは考えていたが、意識していなかったパンチだったせいでダメージがある。相手の数を見ると体力を温存しておきたいところだが、黒服がはち切れんばかりの筋肉の膨らみを主張してきて、そう簡単にはやられてくれそうにない相手に思えた。


「くひひっ、まだやるつもりなのか? やめておけと忠告してやろう。そいつはボクシングのチャンピオンをケンカで殴り倒したことのあるほどの猛者だ。チンピラ程度が何人いたとしても勝てる相手じゃないのだよ」


 エロジジイはぐひぐひと醜悪な笑いを零す。これから俺が痛めつけられるのであろうと疑っていないらしい。


「ワタシは日本に来てさらに強くなりました。今は空手のブラックベルトです。ワタシの鉄拳は岩をも砕きます」


 威嚇の正拳突きが空気を切り裂く。風圧が扇風機みたいで気持ち良かった。


「あんたが強いのはわかったよ。でも退くわけにはいかねえ。俺には守るべ──」

「イヤアァァァァァァァァァッ!!」

「危ねっ!?」


 俺が最後まで言い切るよりも早く、黒服が顔面に向かって回し蹴りを放ってきた。

 今カッコいいこと言おうとしてたんだから空気読めよ! 会話中に攻撃しないって、それが暗黙の了解ってやつじゃないのかよ?

 咄嗟にしゃがんで避ける。蹴りが頭の上を通過したのを見計らって、ジャンプする勢いで拳を突き上げた。


「オウッ!? あ、危ないですね。反撃するとは卑怯なり!」


 黒服はギリギリで避けやがった。卑怯って、お前が言うんじゃねえよ!

 しかし今のは当てるつもりだったのにな。こいつは俺史上最強の敵かもしれない。まあ俺が郷田晃生になってからはそこまでケンカ経験はないんだけども。


「お前強いな」

「アナタもなかなかの腕前ですね」

「……なんでお前みたいな奴が西園寺のエロジジイなんかのボディガードをやってんだ? そいつが何をしているのか知らないのかよ」


 男は、拳を交えてわかり合えることがある。

 外国人の黒服はただでかいってだけじゃねえ。空手の基本技がしっかりできている。それだけの鍛錬を重ねてきた証拠だ。心身ともに鍛えてきたに違いない。

 そんな奴があのエロジジイの命令を聞くのか? 俺には上手いこと丸め込まれて利用されているように思えてならなかった。


「フッ、愚問ですね。西園寺サンのボディガードをする理由は単純明快ですよ」


 黒服はニッと歯を見せて、良い笑顔を向けてきた。


「彼のボディガードをすればお金がたくさんもらえます。そして女をたくさん恵んでもらえます! ワタシの好物は日本人女性です。西園寺サンはワタシをたくさんスッキリさせてくれます。最高の職場ですよ!」

「……」


 欲望ダダ漏れの返答に俺は絶句した。

 おい、誰だよ「こいつは利用されているだけだ」とか考えた奴。むしろエロジジイのやり方を嬉々として肯定してんじゃねえかっ。


「あちらの女性はとてもキュートです。西園寺サンの次でいいですから、ワタシのマグナムをぶち込みたいですね」

「オイコラ! 俺の女に卑猥なこと言ってんじゃねえぞ!」


 黒服はエリカと羽彩に目を向けながらニタニタする。郷田晃生とはまた別の悪の竿役でしかなかった。


「あ、晃生……。あの人怖いよぉ……」


 身体のでかい男に視線で舐め回されたせいで、羽彩が怯え切ってしまった。彼女の怖がった顔を見た瞬間、頭の中でプチッと何かが切れる音がした。


「オウッ!?」


 黒服に無言で殴りかかる。慌てて横へと逃げたところに、蹴りをお見舞いしてやった。


「グハッ! オ……オフッ……!?」


 空手の蹴り技みたいな綺麗なもんじゃねえ。ただのケンカキックだ。だが、黒服のわき腹を突き刺し悶絶させるには充分な威力だったようだ。

 黒服の身体がくの字に折れた。ゆっくり近づいてやれば、奴の眼光が俺を捉える。


「ハイヤアアアアアアァァァァァァァ!!」


 俺が油断して不用心に近づいたと思ったのだろう。悶絶している状態とは思えないほどの機敏な動きで反撃の突きを放ってきた。その拳の軌道は俺のみぞおちを確実に捉えていた。

 まあ、当たればの話だが。


「バ、バカなっ!?」


 黒服は目をかっ開いて驚愕する。

 奴の突き出した前腕を、俺は両手で掴んだのだ。手首と肘の近くを雑巾を絞るように力を入れて、ガッチリと固定する。


「……某格闘技漫画でさ、握力だけで腕を破裂させるって技があるんだよ」


 エロ漫画が大好きだった俺。もちろん読んでいたのはエロだけじゃない。他ジャンルの漫画も大好きである。

 郷田晃生のチートボディなら、バトル漫画でしかできないようなことができるんじゃないかって考えてみた。さすがにファンタジー系統のものは無理だろうが、現実ベースならアリなんじゃないかってな。


「むんっ!」

「ノオオオオオオオォォォォォォォーーッ!?」


 腕を握る力を思いっきり強くしてみる。すぐに野太い悲鳴が屋敷に響き渡った。

 腕が破裂するって言っても、爆発するとか腕が千切れるとかそういうグロいものではない。確か血管や筋肉が破裂するんだっけ? ああ、ちょっと原作読み返したくなってきたなぁ。似たような漫画があるかもしれないし、今度本屋に行ってみよう。

 なんてことを考えていたら、黒服の腕からパァンッ! と破裂音が聞こえた。


「おっ、成功したな」


 黒服が泣き叫びながら腕をだらりと下げて崩れ落ちる。戦意喪失してしまったのか、その場でうずくまってしまった。


「おい、何やってんだ。立てよ」


 でかい身体を必死に丸めて、駄々っ子のように首を横に振るばかりだ。うわ言のように「許してください許してください」と繰り返している。


「あ?」


 悪役が許されるはずがねえだろうが。そんなことを一切考えず好き勝手にヤリまくるのが悪の竿役だ。

 自分がやられることはないと思っているのはいい。だが、いざやられた時になって命乞いするのは許さねえ。

 楽しい思いをしてきたんだ。胸を張って死ね。それが悪の美学ってもんだろうがよ。


「もう一度言うぞ。立て。立たねえとその頭を踏み抜くぞ」

「はい! た、立ちます! 郷田サンの言うことなんでも聞きますっ。だから、もう許してください……」


 黒服がよろよろと立ち上がろうとする。その顔面にパンチを食らわせた。


「ぶぼっ!?」

「せっかくだ。俺のパンチも大好物に加えてくれよ」


 仰向けに倒れた黒服が怯えた目で俺を見ていた。もう命令したって立ち上がることはないだろう。

 俺はそんな黒服へと近づく。ダメージからか恐怖からなのか、奴は何の防御姿勢も取らずにぎゅっと目を閉じた。


「竿役を潰せるのは、同じ竿役だけだ」


 俺は黒服の股間を力いっぱい踏み抜いた。轟く悲鳴は、男という生き物を切なくさせた。


「ふぅ。終わったな」


 完全にダウンした黒服を確認して、一息つきながら周囲を見渡す。男連中のほとんどは青い顔で目を逸らしていた。


「なんという容赦のなさ……素敵だ!」


 その中で一人、音無先輩の輝いた表情は、ものすごーく浮いていたのであった。


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