目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

83.すでに戦いは始まっている

 案内を買って出たさなえさんのおかげか、簡単に屋敷の中に入ることができた。

 執事やメイドがいるかもと思っていたのだが、誰とも会わなかった。ほっとしたのもつかの間、玄関を抜けたドアの向こう側から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「助けて! 晃生ぉぉぉぉぉぉーーっ!!」


 羽彩の声だ。なぜこんなところにいるんだ? という疑問はどうでもいい。俺の助けを求めて叫んでいる。それだけで、俺が動くのに十分な理由になる。


「おう。呼んだか羽彩?」


 躊躇なくドアを開けて、その先にいた金髪サイドテールのメイドと青髪セミロングのメイドを見つけた。まずは羽彩とエリカの姿を確認できて安堵する。なんでメイドなのか、今はツッコまずにおいてやろう。

 だが気を緩めてはいられない。二人は周りを執事やメイドたちに囲まれている。俺に助けを求めるだけのピンチであることに変わりはない。


「な、なんだ貴様は!?」


 仕立ての良い服に身を包んだおっさんが唾を飛ばしながら叫ぶ。

 あれがエリカの父親か? あんまり似てねえなぁ。一目見ただけで上品さが欠けているように感じた。エリカとは大違いだ。


「晃生!」

「晃生くん!」

「おうよ。郷田晃生が迎えに来たぜ。エリカのおじさんよ、あんた俺に用があるんだろ?」


 羽彩とエリカが涙交じりに俺を呼ぶ。それに応えてニヤリと悪役スマイルを浮かべた。

 俺のスマイルに、エリカの父親は恐怖を見せる。初対面だってのに失礼なおっさんだ。

 だが、怖くても郷田晃生という名前を無視できないはずだ。


「き、貴様が郷田晃生か? エリカをたぶらかし、タケルさんを陥れた男……。さ、西園寺さんっ、あいつも捕まえましょう!」

「わかっておるわ。わかり切っているなら、私に言われる前に行動せんか。そんなことだから娘の一人ですらまともに教育できんのだ」

「も、申し訳ございませんっ」


 西園寺さん? もしかしてタケルの父親か? なんで夜遅くにこんなところにいるんだよ?

 後ろにいるさなえさんに目だけで尋ねる。彼女はブンブンと首を横に振った。

 さなえさんは西園寺に俺たちの行動を伝えていないのだろう。俺がここに来たことに、奴らは驚いていたようだったからな。

 じゃあ秘書にも内緒でエリカに会いに来たってことか。目的はどうあれ、彼女に用があったのは間違いないだろう。


「晃生! そこのエロジジイがエリカさんをせ、性奴隷にするって言った! 父親が娘を売ったんだ! 実の娘を……ひどいよ……」


 羽彩が鼻をすすりながらも、この事態を必死に訴える。


「性奴隷、だと?」


 いやいやいや、そんなエロ漫画みたいな展開あり得るのか? いや、ここはエロ漫画の世界だったわ。

 もしかしたら原作で語られていなかっただけで、エリカはエロジジイの毒牙にかかっていたのかもしれない。親に売られて性奴隷とか、別の作品でやってそうなシチュエーションだな……。

 まったく、いい年こいてエロ漫画でやるようなことを現実でやってんじゃねえよ!


「テメーら、エリカに手を出そうとしてタダで済むと思うなよ」

「フンッ、チンピラ風情が粋がるな。貴様一人で何ができる?」

「自分の女を守るのに、俺以外の誰の力がいるってんだ?」


 ポキポキと指を鳴らす。こっちも社会的なダメージを覚悟しなければならないだろうが、ここは実力行使しかないだろう。

 奴らの意識を俺一人だけに向けさせればいい。郷田晃生の存在感が強烈すぎるのか、後ろにいる日葵たちを隠せている。

 よし、いっちょやるか。信じてるぜ日葵。


「郷田くん!」


 突然耳慣れない声が聞こえて、その方向を見た瞬間ぎょっとした。

 そこには、というか羽彩とエリカのすぐ傍に音無先輩の姿があった。メイド服姿で紛れていたというのもあるが、こんなところに彼女がいるわけがないと思っていたからだろう。視界に入っていたはずなのに、まったく認識していなかった。

 つーか生徒会長が何やってんの? 原作の寝取られヒロインではあるが、メイドだったという情報は知らないんだが。


「後のことは私に任せてくれればいい。思いっきり暴れて、彼女たちを救ってくれ」

「……わかった」


 よくわからんが、音無先輩は俺たちの味方をしてくれているようだ。

 どれだけ彼女の言葉を信じればいいのか。ただ、「暴れてくれ」と言われて少し気持ちが楽になった。

 後のことは後になってから考えればいい。俺の一番の目的は、俺の女どもを救って、抱き締めるだけなんだからよ。


「フンッ、貴様一人で私に敵うはずがないだろう。おい、あのチンピラにわからせてやれ」

「オーケー、ボス」


 西園寺のエロジジイの命令で、ガタイの良い黒服の男がのっしのっしと俺の前に出てきた。

 なんだか滅茶苦茶強そうだ。警戒する俺に構わず、外国人のボディガードは頭を下げた。


「郷田サン、よろしくお願いします」

「あ、こちらこそよろしくお願いします?」


 滅茶苦茶礼儀正しい人だ! しかも想像以上に流暢な日本語だった。

 こちらも頭を下げる。そして、頭を上げようとしたら、俺は吹っ飛ばされていた。


「ぐっ……?」


 殴られた? 一瞬でも警戒を緩めてしまった自分を恥じる。

 片や女を奪うため、片や女を守るため。譲れない戦いはすでに始まっていたのだから。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?