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82.寝取らない竿役の胸騒ぎ

 俺たちはさなえさんが出してくれた車に乗っていた。

 途中で日葵と合流する。同じく緊急事態を知らせるメッセージを送っていた羽彩から返信はなかった。夕方までスッキリしていたし、たぶん疲れて眠っているのだろう。


「エリカさん、大丈夫かしら……」

「わからねえ。あれから連絡が取れねえんだ。早く迎えに行ってやらねえと、こっちが安心できねえよ」


 俺と日葵に不安がのしかかる。

 エリカは真剣に両親との話し合いに臨んだ。長い話になるかもしれない。それでも根気強く自分の気持ちを伝えるのだと、そう決心していたってのに……。


「エリカさんの両親は話し合いに応じてくれなかったということかしら……」

「たぶんな。少なくともスマホは取られたようだから。エリカの要求は全部突っぱねられたって考えておいた方がいいんだろうよ」


 エリカの予備のスマホから送られてきた『はやくたすけにきて』の文面を見る。どう見たって緊急事態で、話し合いは失敗したのだと告げているようだった。

 エリカの親。話を聞く限り、娘を自分たちが敷いたレールの上を歩かせていないと気が済まないという印象だ。

 自由を求めるエリカは、きっと親に逆らう悪い娘にでも見えたのだろう。


「反抗期があって何が悪い。それに、親が子供の将来を決めつける権利なんかねえはずだ。自由を求める権利を侵害される。……そんなこと、あってたまるかよっ」


 隣に座っている日葵の手が俺の拳を包み込む。無意識に手を握っていたようだ。掌の温かさを感じて、ふっと力が抜けた。

 俺が熱くなってどうするよ。冷静に考えろ。クールになれ郷田晃生!


 西園寺タケルの不祥事動画。得意先に良い顔をするためにも、エリカの親はまずそれをなんとかしようって考えるんじゃないか?

 元々良い顔をするためにエリカを西園寺の婚約者にしたんだからな。てことは、考えるのは西園寺の親父の思考の方か。そいつが喜ぶことを、エリカの両親は叶えようとするだろう。


「つまり、次に用があるのは俺たちってことか」


 エリカのスマホはもう処分されたのだろう。あれは勝手にGPSを仕込まれていたし、それ自体はどうでもいい。

 次に考えるのは他の証拠動画。そして関係者の口封じってところか……。


「くくっ、なら丁度良いじゃねえか」

「晃生くん?」


 悪役面で笑う俺を見て何を思ったのか、日葵は微笑み返してくれた。


「何か勝算でも思いついたの?」

「そんな上等なもんじゃねえよ。ただ、俺の存在を無視させてやるもんかよって思っただけだ」


 エリカは家のどこかに閉じ込められたのだろう。だから俺に助けを求めてきた。

 おそらく俺たちの存在を吐かせるまで監禁するつもりなんだろう。逆を言えば俺たちが到着するまでは大変な事態にならないはずだ。


「……」


 なのになぜだろうか? 胸騒ぎが収まらない……。


「そんなに深刻な顔をする必要ないと思うわよ? もしかしたら怒ったり手が出たりするかもしれないけれど、それでも子を思う親なのよ。こうやって首を突っ込まれる方が教育上良くないと思うわ」

「あん?」

「ヒッ!?」


 さなえさんの言葉に、ついカッとなって睨みつけてしまう。バックミラー越しにでも怖かったのか、小さな悲鳴が漏れた。


「さなえさん、親は必ずしも子供に優しいとは限らないんです。私たちはエリカさんの苦しみを知っています。晃生くんの心配を軽いものだと考えないでくださいっ!」


 さらに日葵にまで怒られるとは思っていなかったのか、さなえさんは「ひうっ!?」とまたしても悲鳴を漏らす。


「……お母さん。無責任なこと言わないで」

「り、梨乃まで……。うぅ……ご、ごめんなさい」


 そして娘にとどめを刺されて、さなえさんは意気消沈した。


「申し訳ないって思うならスピードを上げろ。こっちは急いでんだよっ」

「は、はいぃぃぃぃぃ!」


 最後に追い打ちをかける俺。さなえさんは悲鳴を上げながらアクセルを踏み込んだのであった。



  ◇ ◇ ◇



 エリカの家に到着した。家っていうか、屋敷って言った方がしっくりくるな。

 門が閉ざされていたが、ここで役に立つのがさなえさんの肩書きだ。「西園寺社長の秘書」というのは、無条件で中に入れてくれるほどの信頼があるらしい。


「どこから探せばいいのかしら?」


 日葵の疑問はもっともだ。

 庭も広ければ、建物も大きい。閉じ込められているであろうエリカを助けようにも、その場所がわからなかった。


 ラブコメ漫画でこういうシチュエーションを見たことがある。お嬢様のヒロインが親の反感を買って部屋に閉じ込められてしまう。それを主人公が助けるって展開だ。

 だがしかし、これはエロ漫画の世界である。

 漫画的展開が優先されるのなら、割と竿役である俺に都合の良い展開になるはずだ。今までだってそうだった。


「お仕置き部屋なんてところがあるかもしれないな」

「お仕置き部屋?」


 梨乃が首をかしげる。俺も自信がないので頷き切れない。

 金持ちの家で閉じ込められるエッチな展開を考えると、道具がたくさんある(意味深)部屋か、窓もなくベッドだけしかない部屋が思いつく。そういうところを別のエロ漫画で「お仕置き部屋」と言っていたのだ。


「とりあえず一階にある窓のない、または小さい部屋を探すんだ。もしなければ地下室という線もあるが……」


 エロ漫画から得た可能性にかける。だが俺以外の竿役にエリカがエッチな目に遭っている可能性だけは考えないことにした。


「……私に心当たりがあるわ。ついて来て」


 さっきまでの情けない態度を引っ込めて、さなえさんが表情をキリッとさせて、迷いない足取りで前を歩く。

 背中について行くかどうか少し迷ったが、どのみち彼女の協力がなければ穏便にエリカを探せない。俺たちはさなえさんの後を追うことにした。


 ──そして、その判断が正しかったのをすぐに知ることとなった。


「助けて! 晃生ぉぉぉぉぉぉーーっ!!」

「おう。呼んだか羽彩?」


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