車を停めて、近くのトイレで着替えるようにと促された。
「おー、似合うじゃないか。可愛いよ氷室さん」
「……ども」
結局、音無先輩に押し切られる形でメイド服に着替えてしまった。
これも晃生とエリカさんの助けになるなら全然大したことじゃない。メイド服に着替える意味はわかんないんだけども。
「ていうか音無先輩もメイド服に着替えるんですね。メイドだらけのお屋敷にでも潜入するつもりですか?」
音無先輩も黒のワンピースに白いエプロンのメイド姿になっていた。紫髪にヘッドドレスがアクセントになっている。
「おっ、鋭いね氷室さん。さすがだ、良い線いっているよ」
「そ、そうですか? えへへ……って、え? もしかしてエリカさんの家ですか? エリカさんの家ってマジでリアルメイドが存在しているんですか? ドラマの話じゃなくて?」
「まるで本物のメイドを目にしたことがないって口ぶりだね。ふふっ、氷室さんは本当に可愛いなぁ」
音無先輩は親しげに頭を撫でてくる。距離の詰め方にびっくりして、アタシは思わず飛びのいた。
「おっと、嫌われてしまったかな? ごめんね、君があまりにも可愛いからつい、ね」
ふふふ、と音無先輩は妖しく笑う。背筋がゾクッてした。
車の中でもそうだったけど、手を握ったりするのも慣れているって感じだった。
女子同士なら身体に触ったりするのって当たり前のことなの? むしろ男女ですることだと思っていたんだけどな。今まで女子の友達があまりいなかったから距離感わかんないんですけど……。今度ひまりんに聞いてみよう。
「夏樹お嬢様、準備が整いました。いつでもご命令くださいませ」
執事服に身を包んだ男が音無先輩の前で頭を下げる。運転手だった人だけど、正面から顔を見てみると思っていたよりも若い。
その運転手さんの胸倉を、音無先輩はいきなり掴んだ。うっと苦しそうな呻き声が聞こえる。
「おい、お嬢様と呼ぶなと言っておいただろう。君はまた教育されたいのかい?」
低い声を出す音無先輩に、車の中で感じたものとは別の怖さを感じた。
「くっ……も、申し訳ございません……」
「まあいい。今は君に構ってやれる時間はないんだ。早く車を出してくれ」
「は、はいっ。かしこまりました」
音無先輩が運転手さんの胸倉から手を放す。ゴホゴホと咳き込んでいて、かなり強く掴まれていたらしいことがわかる。
運転手さんは嬉しそうに車へと向かった。……あれ、なんで嬉しそうなん?
「さあ氷室さん。早速だけど行こうか。小山さん救出作戦を開始だ」
「は、はい……」
音無先輩のことがますますわからなくなった。アタシ、言われるがままこの人について行っていいのかな?
◇ ◇ ◇
アタシたちは黒塗りの車で、堂々と正面からエリカさん家の敷地内に入った。
「へぇ~、ここがエリカさんの家かぁ。おっきい~。本当にお屋敷って感じなんだ~」
「氷室さん、感心しているところ悪いのだけど、口を閉じてもらえるかな? 可愛いけれど間抜けに見えてしまうよ」
言われて慌てて口を閉じた。庶民の自分が憎い……。
だって庭は車を何十台停めたっていいくらい広いし、屋敷はその辺のスーパーよりも大きい。見慣れない雰囲気に思わずキョロキョロしてしまう。
「我慢、だよ。わかるよね氷室さん」
「は、はい……すみません」
キョロキョロして動く頭を押さえつけられた。さっき撫でられた時の雰囲気と違っていて、反射で謝ってしまう。
アタシと音無先輩と運転手さんは揃って屋敷の中へと入った。靴は脱がなくていいんだってさ。
「って、こんなにあっさり不法侵入していいんですか?」
「私が何とかするから心配しなくていい。氷室さんは私の後ろで胸を張って堂々としているだけでいいんだ」
音無先輩と運転手さんの背中を追いかける。本当に存在していたメイドや執事とすれ違ったけど、音無先輩が一言二言何かしゃべっただけで、とくに疑われるようなことはなかった。やっぱり生徒会長ってスゲー!
「さあ到着だ。出番だよ氷室さん」
「え、アタシ?」
急に前に押し出されてびっくりする。ずっと背中ばっかり見て歩いていたから、ここが屋敷のどこかもわからない。
目の前にはドアがあった。ノックすればいいのかな。目線を音無先輩に向けて尋ねてみる。
「声をかけてあげてほしい」
「声をかけてって……。いきなりそんなこと言われても、なんて言えばいいか──」
「たとえば、こんな風にね」
音無先輩はアタシに代わってドアをノックした。
「お嬢様? 目が覚めましたか? ……とかね」
音無先輩は「どんなもんだい!」とばかりに得意げだ。見本を見せてくれたんだろうけど、これ先にやっちゃったらアタシの出番ってないんじゃないの?
「ていうかお嬢様とか目が覚めたとか……一体どういう状況になってんですか?」
「言ってなかったかな? この部屋に小山エリカさんが閉じ込められているんだ。情報では一服盛られたらしいからね。もしかしたらまだ目覚めていない──」
「エ、エリカさん大丈夫ですか!!」
音無先輩の言葉を最後まで聞かず、アタシはドアを蹴破る勢いで開け放った。
室内は大きい屋敷とは思えないほどこぢんまりとしていた。アタシの部屋とそう変わらないくらいの狭さ……って、比べてる場合じゃない!
部屋の隅に簡素なベッドがあった。不自然に盛り上がっているのを見るに、エリカさんが眠っているのだろう。
「エリカさん! 大丈夫ですかエリカさん! 目を覚ましてくださいっ! え、やだ……死なないでぇーーっ!!」
「あ、あれ? 氷室ちゃん? なんでここに……?」
エリカさんはひょっこりと顔を出す。アタシは反射的にエリカさんを抱きしめた。
「大丈夫ですか? か、身体は……変なことされてませんか?」
「え、ええ。身体は問題ないよ……?」
「よ、良かったぁ~~」
良かった。本当に良かった。エリカさんに何もなくて良かった。
あ、やばい。安心したら泣きそうになってきた……。エリカさんの胸に顔を埋めて涙を誤魔化す。
……エリカさんのおっぱいものすごく気持ち良いな。顔全体がふわふわに包まれてる感じがする……。晃生が顔を埋めたがるのがわかってしまう。これは一度体験したら病みつきになっちゃいそうだって。
「まずは一段階目クリアだ」
アタシがエリカさんのおっぱいに夢中になりかけていると、後ろから音無先輩が何か呟いたように聞こえた。