「り、梨乃……っ」
突然の梨乃の登場にさなえさんが狼狽する。
俺も今夜は疲れてもう眠っているだろうと思っていたから驚いた。今までの女ならあれだけスッキリすれば「もう無理、これ以上されたら私……おかしくなっちゃうっ」と泣き言を言っていたってのにな。
「もう一度言うね。お母さん。アキくんを行かせてあげて。アキくんがこれだけ必死になるってことは、きっと切迫した状況だと思うから」
梨乃がゆっくりとした足取りで近づいてくる。優しい口調で、まるで説得しているかのようだった。
「で、でもね梨乃。こんな夜遅くに人様の家に行かせて迷惑をかけさせるわけにはいかないのよ。それに晃生くんは未成年でしょ。私が見過ごしたとあっては問題になってしまうわ」
なぜか「未成年」という単語に驚いてしまう。そうだよな。エロ漫画の竿役だけど、俺って未成年なんだよな……。威圧感がありすぎて、自分でも高校生ってことを忘れそうになる。
梨乃は俺の隣に並ぶ。俺の味方をしてくれるという意思表示なのだろう。身体は小さいのに、とても心強かった。
「そんなことを言って、もし手遅れになったらどうするの?」
「大げさに考えすぎよ。小山さんにも良識というものがあるわ。そりゃあケンカはしているのかもしれないけれど、親子だもの。あなたたちが想像しているようなひどいことにはならないわよ」
梨乃の言葉でも、さなえさんの考えを変えるには至らない。
大人の責務を果たしているだけのつもりなのだろう。だから頑なになっているのだ。そんな相手と話し合いをしようとしても平行線にしかならない。
互いに重要視しているところが違いすぎる。これ以上は時間の無駄だ。そう結論づけて、俺は梨乃に視線を向ける。彼女もまた、俺と視線を合わせて頷いてくれた。
無理やり振り切ってこの家から飛び出してもいいのだが、それでは西園寺たちに連絡されてしまうかもしれない。エリカが助けを求めてきた原因が親にあるのなら、彼女の両親にまで連絡されれば最悪だ。
最悪の事態を回避するためにも、最低限でもさなえさんの口を封じなければならない。
「もういい。さなえさんが俺の邪魔をしようってんなら……そのツケは娘に払ってもらわねえといけねえなぁ?」
「え……?」
悪役顔をこれでもかと歪ませる。豹変した俺に、さなえさんは隙を見せた。
梨乃の肩を引き寄せて俺の懐にすっぽりと収める。見せつけるように彼女の胸を揉みながら、いやらしく口の端を持ち上げた。
「この場で梨乃に相手してもらおうか。さなえさんのせいでものすごくイライラさせられたからな。母親の責任を取って、娘にたくさんスッキリさせてもらわねえとならねえよな?」
「な……っ!?」
完全に悪役と化した俺を前にして、さなえさんは絶句する。
エロ漫画の竿役を舐めてはいけない。やろうと思えば倫理観をぶち壊すなんてわけないのだ。
さなえさんが俺を「非常識」ってんなら、その通りになってでも我を通させてもらう。大切な存在のためなら、俺の評価なんぞ知ったことではないからな。
「あたし、アキくんに抱かれるんですか? ふふっ、好きな人に初めてを捧げられるなんて夢みたいです♡」
梨乃も俺の作戦にのっかってくれる。実は初めてではないことをさなえさんは知らないので、娘の貞操の危機に激しく動揺する。
相手が好きな人なら無抵抗で受け入れてもおかしく……ないわけないよなぁ。でもエロ漫画展開ならセーフのはずだ。こういう展開こそ俺の味方をしてくれると、経験から感じ取っていた。
「ま、待ちなさい! ちょっ、本気なの!? 梨乃も目を覚ましなさいっ!!」
これまでにないほど取り乱すさなえさん。できる秘書はどうした? と煽りたくなるのは郷田晃生がウキウキし始めたからだろうね。
「邪魔しないでくれよ。俺たちは相思相愛なんだぜ。互いの了承があるなら問題ねえよな?」
「ああ……。アキくんと相思相愛になれて嬉しい♡」
梨乃も演技が上手い。俺の胸元に顔をすりすりしてきて、まるでこのまま母親の前でスッキリさせてくれそうな気配すら漂わせている。
「くっ……。ダメよ梨乃っ。騙されないで。こんなところでしようとする人がまともなはずがないわ!」
言葉を無視してイチャイチャする俺たち。聞き入れる様子のない娘に、さなえさんは唇を噛む。
今までは娘の意中の相手で、優等生と評判の日葵から良い人だというお墨付きがあったので信頼していたのだろう。だがしかし、いろいろと過程をすっ飛ばして娘に手を出そうとする男を、母親として看過できないようだった。
「んっ……ふっ……」
母親に見せつけるように梨乃と唇を重ねる。濃密に絡ませて、意図してさなえさんに衝撃を与える。
「や、やめて……」
制止の声が弱々しい。身体も小刻みに震えていた。
「梨乃、脱がすぞ」
「うん♡」
そんな母親を無視して、娘の寝間着を丁寧に脱がしてやる。ブラに包まれたおっぱいが外気にさらされて、俺はたまらず指を動かした。
「もうやめてっ! それ以上梨乃に手を出すなら、警察を呼ぶわよ!」
「どうぞご勝手に。俺は梨乃と愛し合っているだけだからな。なあ梨乃?」
「うん。あたしはアキくんが好きだから、何をされても構わないですよ……」
甘くて熱い吐息が答えだった。娘の態度に、自分が何を言っても無駄だと悟ったのだろう。さなえさんは極上の絶望顔を見せてくれた。
おっと、いかんいかん。目的はそんなことじゃないんだってば。
さて、ここまでやれば折れてくれるだろうか? さなえさんに目を向けて、俺はぎょっとした。
「お願い、します……。梨乃は私のすべてなのっ。この子が傷つけられたら私はあの人に顔向けできない……だからお願い、梨乃を汚さないで……っ」
さなえさんは土下座していた。頭を床に押し付けて、娘の貞操を守ろうとプライドをかなぐり捨てていた。
「あの人」ってのはたぶん亡くなった旦那さんのことなのだろう。女手一つで娘を育てて、並大抵の苦労ではなかったはずだ。
「お母さん……」
そんな母親の姿を目にして、梨乃は感じ入るものがあったようだ。眼鏡の奥の目がじわりと潤む。
それぞれの家庭には事情ってもんがある。その事情に首を突っ込むのなら、それ相応の覚悟が必要なのだとひしひしと感じた。
「なんでもしますっ。だから……娘は……梨乃だけは許してください!」
今、なんでもするって言ったか?
「じゃあ、俺がエリカを助けに行ってもいいんだな?」
「はい」
「そのことを西園寺たちに伝えるなよ」
「はい」
よし。これで助けに行く前に邪魔をされる事態を回避できるだろう。
緑髪の後頭部を見つめる。娘のためにこれほどまでに健気な態度を見せられると、もっとしてもらってもいいんじゃないかって気持ちがムクムクと湧いてくる。
「ついでに、さなえさんにも俺たちに協力してもらうぞ」
「はい。……え?」
さなえさんがばっと顔を上げる。眼鏡越しの瞳には、意地の悪い表情をした強面の男が映っていた。