「エリカが……俺に助けを求めてきたんです」
「え?」
ぽつりと言葉が零れ落ちる。
少し迷ったが、エリカとさなえさんの言葉のどちらを信じるなんて、んなもん最初から決まっていた。
「さなえさんがどこまで俺たちのことを把握しているかはわかりませんが、エリカは大抵のことは『大丈夫だよ』って言って平気なフリをしてしまう奴なんですよ。そのくせ他人が寂しくなっているのに敏感で、優しくできる奴なんです」
「えっと、何の話かしら?」
さなえさんが首をかしげる。この反応を見て思う。小山エリカという人物を調べたのだろうが、彼女自身との接点はないのだろうなと。
「あいつは不器用な奴で、素直に人に頼るってのが苦手なんだ。そんなエリカが……俺を頼ってきたんだ。相当なことがなけりゃこんなメッセージを送ってなんかこねえよ……。もし、さなえさんがエリカを助けてくれるって、そこまで任せてくれって言っているんだったら……今すぐなんとかしてくださいよ!」
「い、今すぐって……。無茶言わないで。今何時だと思っているのよ? こんな夜中に非常識よ」
詰め寄った俺に困惑するさなえさん。やはり、彼女は今の状況が緊急事態だとは考えていないらしい。
きっと、西園寺が俺たちにやらかしたことも、子供のケンカくらいにしか思っていないのかもしれない。
だからエリカと彼女の両親の間に何があったのか。トラブルがあったと予測はできても、それが致命的な何かが起こったとは思っていない。ただの親子ゲンカ。さなえさんにとって、それ以上でも以下でもないのだろう。
別にさなえさんが悪い人ってわけじゃない。彼女に任せれば順序立てて事を運び、最後にはその社長やエリカの両親に口添えしてくれるのだろう。
……ただ、そこまでだ。その間にエリカがどういう目に遭うかまでは考慮していない。
「俺、行きます。エリカは親と話し合いをするって言って帰ったんだ。なのに俺に助けを求めたってことは……悠長なことを言ってられる状況じゃあなくなったってことですから」
「ま、待ちなさいっ」
さなえさんは玄関に向かおうと歩き出した俺の腕を掴む。
「……放してください」
「っ!? 晃生くんが行ってどうにかなるものではないでしょう。無関係なあなたが、親子の間に割って入るなんて身勝手にもほどがあるわ」
「無関係じゃねえ。エリカは俺の女だ。助けに行くのは当たり前だろうが!」
「え、え? 俺の女? まさか……晃生くんは小山エリカさんと付き合っているの?」
さなえさんは「え? え? え?」と連呼する。よほど意外な事実だったらしい。ちょっと混乱気味である。
俺とエリカがただの友達だと思っていたのだろう。まあ西園寺の奴も俺たちに交友があっても、男女の関係があるとまでは思っていなかったみたいだからな。お嬢様と不良。常識では考えられない組み合わせなんだろうな。
「恋人なんて、そんな面倒なもんじゃねえ。俺とエリカは互いに好きな時に寄りかかっていい存在だ。俺がエリカのために動きたくて、あいつも俺を頼りたいって思ってんなら、それで充分だろうがよ」
さなえさんは俺の言葉に余計混乱してしまったようだ。だが、俺の腕を放す様子はない。
「……いい加減放してくれませんか? 梨乃の母親に乱暴なことはしたくねえ」
「それは私もよ。郷田晃生という男に興味はなかったけれど、それが梨乃が想いを寄せる人なら話は別よ。あの子を悲しませたくはないもの」
「俺が行けば梨乃を悲しませる結果になると?」
「当たり前じゃない。こんな夜更けに出かけてやることなんてまともなことではないのでしょう? 晃生くんが力尽くで行動してしまえば社長の思う壺よ。大義名分があればどんなことをされるかわからないわ」
確かに、俺が法に触れるようなことをすれば何をされても文句は言えない。俺たちが西園寺にやったことを、逆にやり返されるのかもしれない。いや、それだけでは済まないだろう。
だが、それがどうした?
俺は元々悪役だ。原作の郷田晃生は法を犯すことに躊躇しなかった。それだけとち狂った男なのだ。
そんな男の身体の持ち主になってしまったからか、恐怖を感じない。この身がどうこうなってしまったとしても、郷田晃生にとってはどうでもいいことなのだろう。
ニッと笑ってみせる。さなえさんはビクッと身体を震わせた。やっぱり俺って強面だよなぁ。
「すまねえがさなえさん、俺は悪者だからよ。大人の言葉が信じ切れねえんだ」
「ダ、ダメッ! 行かないでっ。郷田晃生をかくまっていたことがバレれば私の立場が危うくなるっ! ……梨乃のためにも、私は失敗するわけにはいかないのよ」
さなえさんが必死にしがみついてくる。余裕のない、焦った表情になっていた。
彼女に俺をかくまう意図はなかったのだろうが、梨乃が俺を家に泊めたことで結果的にそうなってしまった。社長の息子が憎悪を燃やしているであろう男とつながっていることがバレれば、あまり良いようには思われないだろう。
だからこそ、すべてを穏便に済ませるために調整しようとしていたんだろうな。それをニコニコしながらやろうとしていたってんだから、とんだ優秀な秘書だよ。
さなえさんが退けない理由があるのは察せられた。しかし、俺が引き下がる理由にはならなかった。
「どいてくれ。これ以上さなえさんと話すことはねえよ。俺は黒羽家と関係なかった。それで充分だろ?」
「そんな子供の口約束が信じられるわけがないでしょうっ。ねえ、お願いだから今晩は抑えて。話し合いの場は設けるわ。それまで待ってもらえないかしら?」
「それじゃあ遅いんだよ!」
「深刻に考えすぎよ。親が子供に対して本当に嫌がることをするはずがないじゃない。ね? お願いだから落ち着いて」
キリがない。これじゃあ時間がただ浪費されていくだけだ。
さなえさんを力尽くで黙らせるか? 俺の頭が郷田晃生の考えに支配されかけた時だった。
「お母さん。アキくんを行かせてあげてよ」
俺とさなえさんの動きを止める声。声の主はもちろんこの家にいる人物。梨乃が真っ直ぐ俺たちに視線を向けていた。