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75.予想外の接点

 エリカから『はやくたすけにきて』とメッセージが届いた。ひらがなで端的な文章。それだけ切羽詰まった状況ってことか?

『何があった?』と返してはみたものの、しばらく待ってみたが返信はなかった。段々と焦りが募り、居ても立ってもいられなくなる。


「状況はわからないが、とにかくエリカの家に行ってみるか?」


 家の場所は聞いてある。問題はエリカが助けを求めた原因が両親だった場合、俺は門前払いされるだろうってことだ。

 西園寺が暴走してエリカに危害を加えているのなら、彼女の両親は味方になってくれるかもしれないが……話を聞く限りそれは難しそうなんだよなぁ。

 エリカは何かあればすぐに戻ってくると言っていた。しかし隠し持っていたスマホからメッセージを送ったという状況を考えると、彼女は自由を奪われてしまったのだろうと予想できる。悪い考えにはなるが、下手をすれば監禁されている可能性すらあった。

 まずは羽彩と日葵にエリカの緊急事態を告げる。夜中なのに悪いが頼らせてもらおう。


「梨乃……は、いいか。もうぐっすり眠っているだろうし」


 梨乃とエリカに直接的な接点はない。いきなり彼女が緊急事態と言っても困らせるだけだろう。

 何より昨晩から俺をスッキリさせてくれていたのだ。いくらなんでも疲れ切っているはずだ。


「あとは……」


 頼れるものは全部頼るべきか……。心の奥底で郷田晃生が嫌がっているが、主導権は俺にあった。


「晃生くん? こんな夜遅くにどこに出かけるのかしら?」


 和室から出ると、廊下でさなえさんとばったり出くわしてしまった。

 外出着に着替えているのだ。「ちょっとトイレに行くだけです」と言ったって信じてもらえないだろうな。

 それにしても……。風呂上がりなのだろう。さなえさんは髪を下ろして寝間着姿になっていた。

 良い匂いがするし色気も増しているように感じる。なのに可愛らしくて、本当に子持ちの女性なのかと疑いたくなる。


「えっと、ちょっと飲み物でも買いに行こうかと……」


 クラスメイトの母親に見惚れている場合じゃない。適当な言い訳を口にしてみる。


「飲み物ならうちにあるわよ。お茶にコーヒーにジュース、なんでも言って。あっ、でもさすがに未成年にお酒は勧められないわよ?」

「い、いやー……」


 しまった。咄嗟の嘘じゃ自分を追い詰めるだけだったか。

 どうしようか? エリカのことを考えるとここであまり時間をかけてはいられない。強引にでも行くか?


「……あなたが、郷田晃生くんなのよね」

「え? はい。そうですけど?」


 ニコニコしていたさなえさんが真顔になって俺をフルネームで呼んだ。出会った時に自己紹介しているので、名前を知っているのは当然なのだが……。言葉の意図はなんだ?


「もしかして、これから小山エリカさんの元へ行こうとしているのかしら?」

「は? なんでそれを……」


 女の子を守ってお家騒動に巻き込まれてしまった。確かにさなえさんにそんな事情があると説明はしたが、エリカの名前は出していなかったはずだ。

 日葵はそういううっかりミスをするとは考えづらい。梨乃に至ってはエリカの顔も名前も知らないだろう。

 だったらなぜさなえさんの口からエリカの名前が出たんだ? その疑問に、彼女はあっさりと答えてくれた。


「私は西園寺社長の秘書なのよ。タケルさんが何をしたのか、社長と一緒に私も聞いていたわ。だから知っているの。小山エリカさんのことも、彼女を守ったという郷田晃生くんのこともね」

「っ!?」


 社長秘書って……西園寺の父親のかよ! こんな接点予想できるわけないだろ!

 西園寺から身を隠そうと梨乃の家に厄介になったってのに、実は自分からその相手の懐に飛び込んでいましたってか。つまり俺の居場所はばればれで、エリカを助けようと行動してもすぐに筒抜けになるってことか。

 どうする? さなえさんが発信源というのなら、彼女さえなんとかしてしまえば相手に俺の行動が伝わることはないだろうが……。


「安心して。小山エリカさんに危害が及ぶことはないわ」


 俺がよからぬ考えに支配される前に、さなえさんが穏やかな口調で言った。


「どういうことですか?」

「そのままの意味よ。社長は小山さんに娘さんと話をする機会を作ってくれと言っただけだもの。もちろんタケルさんの不祥事の証拠はすべて処分しなければならないけど、彼女自身に何かしようというつもりはないわ」

「だったらなんでエリカは俺に助けを求めたんですか?」


 さなえさんは顎に手を添える。少しだけ考えて、結論を出したようだ。


「おそらく小山さんが娘さんから証拠動画を奪おうとしたのでしょうね。それでトラブルがあったとか……。でも自分の娘だもの。度が過ぎるほど手荒なことはしないでしょう」

「……」


 さなえさんは本当に娘を大切にしているのだろう。だからこそ、そういう親ばかりでないことに考えが至らない。

 トラブル、なんて言葉では表せないような目に遭っているんじゃないか。エリカが心配で、俺は行動せずにはいられなかった。


「ダメよ晃生くん。考えなしに力尽くで思い通りにしようとすればタケルさんと同じになってしまうわ」

「……っ」


 西園寺と同類……。それは嫌すぎるっ!


「安心しなさい。晃生くんは梨乃の気になる子だもの。私に任せてもらえれば悪いようにはしないわ」

「……信じていいんですか?」

「任せなさい。私はできる秘書なんだから」


 さなえさんは力強くぽよんと胸を叩いて俺に応じてくれた。

 黒羽さなえ。本当に彼女を信じていいものなのかと、俺は判断に迷った。


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