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73.エロジジイの考えは甘い

「聞いてくださいお父様! エリカさんが悪い連中と付き合っていたせいで不良になってしまったのです。僕を陥れて……あんなことをして許されるはずがない!」


 私の一人息子、タケルが社長室に飛び込んできて早々に、喚き立てるように訴えてきた。

 どうやら婚約者といざこざを起こしたらしい。まったく、そんなもの厳しくしつければよかろうに。

 軽く考えて聞き流していたのだが、タケルの話が進むにつれて私の顔から血の気が引いていった。


「おい待て。暴行現場を動画で撮られただと?」

「はい、その通りです。僕を騙して動画を撮り、卑怯な手段で脅してきたのです。お父様、どうすれば奴らに僕の威光を思い知らせてやれますか?」

「このっ、バッカモーーン!!」


 私は机を叩いて怒号を響かせる。声を荒らげたくらいでは私の怒りは収まらない。

 タケルにつけていたボディガードからも話を聞く。タケルが口にした不祥事は事実だった。頭が痛くなる。


「貴様も何をやっとるのだ! 明るいうちから、しかも人前で……自分から殴りに行く奴があるか!!」

「い、いえ……タケル坊ちゃんの命令に従っただけでして……」

「この阿呆が!」


 格闘技の世界では名の知れた猛者だと言うから任せていたというのに……。タケルの命令を遂行するようにとは言ったが、自分で考える頭を放棄しろとは言っておらんぞっ。

 まずい……。こんなスキャンダルが表に出れば会社の危機だ。この程度のことでマスコミどもに餌をやるわけにはいかない。


「タケル、エリカは婚約破棄さえすれば動画を削除すると言ったのだな?」

「え、削除するなんて言ったかな……」

「このバカ! それくらい約束させんか! それと他にも動画を撮っていた輩がいたんだったな。その連中の素性はわからんのか?」

「その、エリカさん以外の女に興味がないから顔も覚えていないんだ。どうせ下民だよ。そんな者のために僕の大事な記憶を使うなんて勿体ないことできないさ」

「阿呆! その場で交渉しないどころか顔も覚えていない? 貴様はどこまで私を失望させれば気が済むんだ!!」

「ひえ……っ」


 このバカ息子は私の足を引っ張りおって……っ。会社を危機に追いやっている自覚がないのか。まったく、一体誰に似ればこんな愚鈍になるのだ。

 厳しく再教育してやりたいところだが、今は動画を押さえることが先決だ。一刻も早く動画を撮影した者の素性を突き止めねばなるまい。


「そ、そうだっ。郷田晃生! 郷田晃生って男が僕とエリカさんの間に割り込んできたんだ! お父様、あいつがすべての元凶なんです!!」

「郷田、晃生……?」


 郷田……。いや、まさかな……。だがもしかしたら……?

 もしもを考えてもキリがない。婚約破棄程度で大人しくなるのならこちらとしても都合が良い。まずは安全を確保し、それから確実に動画を押さえるのだ。

 こちらの弱味さえなくなれば、後はどうとでもなる。


「タケル、貴様には謹慎処分を言い渡す。自らの行いを反省するんだ。形だけでもそう見せれば、相手も納得するだろう」

「ま、待ってくださいお父様! エリカさんはどうなるのですか? エリカさんを上手くしつける方法を教えてくだされば僕が──」

「バカ者! そんな女と関わっていられるかっ。いつ寝首をかかれるかわからん女との婚約を認められるはずがないだろう! そんな危険な女、こっちから願い下げだ!!」

「そ、そんなぁ……っ」


 タケルはその場に崩れ落ちてメソメソと泣き始めた。

 小山エリカ。しつけてやれば良い女になると期待してやったというのに……。タケルに任せず私のものにすれば良かったか……今更考えても仕方がないが。


「もう出ていけ。貴様の尻拭いのせいで仕事が増えたわっ!」

「う、ううううぅぅぅぅぅぅ……っ」


 タケルは悔しそうに泣きじゃくる。まったく、大の大人が情けない。泣きたいのは私の方だ。

 タケルが社長室を後にし、私は椅子の背もたれに身体を預けて息を吐く。


「社長、坊ちゃんがおっしゃっていた動画を撮影した輩の捜索を手配しました」

「そうかそうか。仕事が速いな……さなえくん」


 眼鏡が似合う美人秘書が、電話を終えて私に報告をする。言葉にせずとも、私の考えた通りに動く彼女は優秀だった。

 私の自慢の秘書、黒羽さなえは冷静沈着で知的な女だ。

 最初は顔とスタイルが好みだったから傍に置いたのだが、意外と仕事もできる。有能な美人秘書はステータスシンボルだ。彼女の存在が私の株を上げてくれるだろう。

 さなえくんに手を伸ばす。手の甲を叩かれてしまった。


「社長、セクハラですよ?」

「すまんすまん。仕事をこなしてくれた君を労いたくてな。頭を撫でてやろうと思っただけなんだ」

「セクハラ、ですよ」


 少しばかり頭が固すぎるのが面倒だが……。

 しかし、いずれは私のものにしてみせよう。彼女は早くに夫を亡くし、女手一つで子供を育てている。この私に頼らざるを得ないはずだ。

 そのために高い給料を支払ってやっている。今の地位を手放したくないのなら、多少無茶な仕事量でもこなしてくれるだろう。

 仕事で忙殺させて弱らせたところに甘い声をかけてやれば、私の思い通りの女に仕上がるはずだ。この私の完璧な計画が実になる日が楽しみだ。


「さなえくんには申し訳ないが、タケルのせいで仕事が増えた。今日は帰れないと思ってくれたまえ」

「……わかりました」


 タケルの愚かさには呆れたが、さなえくんとの時間が増えたことだけは私にとって都合が良い。チャンスを見て追い詰める。彼女が私のものになる日が楽しみだ。


 ……会社の危機を忘れていたわけではない。ただ、この時の私は本腰を入れなくてもいいだろうと。事態を甘く見てしまったのは確かだった。

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