声が聞こえた瞬間、俺たちは同時に動いていた。
梨乃は最低限の身だしなみを整えて玄関へ向かい、残った俺たちは急いで片付けをした。終わるまでに十秒もかかっていない。人間焦った時にこそ真価が問われるものだ。
そんなわけで、俺たちは帰宅した家主、梨乃の母親を笑顔でお出迎えしたのであった。
◇ ◇ ◇
俺たちは梨乃の母親を交えてテーブルを囲んでいた。俺がなぜ外泊をしなければならないのか、その理由を日葵が上手い具合に説明してくれた。
「梨乃からメッセージでお友達を泊めるとは聞いていたけれど……、女の子を守ってお家騒動に巻き込まれてしまったのね。晃生くんって言ったわね。任せなさい。ほとぼりが冷めるまでいくらでもうちにいるといいわ」
梨乃の母親、さなえさんは力強くぽよんと胸を叩いて俺を受け入れてくれた。
きっちりとしたスーツ姿の美女だ。梨乃とそれほど変わらないほど小柄で、とても高校生の子供がいるとは思えないくらいには若い。外見だけなら少しだけ年の離れたお姉さんって感じだ。
梨乃と同じく眼鏡をかけてはいるが、野暮ったい印象はなかった。むしろできる大人の雰囲気をかもし出している。
梨乃よりも長い緑髪をうなじの後ろで一つに結んでいる。原作ヒロインではないが遺伝なのだろう。彼女も巨乳だ。
「あの、すんません。俺男なのに……女子の家に世話になるなんて悪いことだとはわかっているんですが」
「行くところがないんでしょう? 気にしなくてもいいわ。それに、日葵ちゃんのお墨付きなら安心だもの」
「……」
日葵の信頼度が高すぎると思うんだが……。ピンクでも優等生ってことか。意外と親御さんの評価がカンストしているようだ。
「ありがとうお母さん」
なぜか梨乃が礼を言う。そんな娘の様子にさなえさんは「あらあら」と笑った。
「梨乃ったら嬉しそうね。実は気になる男の子だったのかしら?」
「も、もうっ! お母さんったら何言ってるの!」
「うふふ、ごめんなさーい」
梨乃が顔を赤くしてプンスカ怒る。そんな愛娘を見つめて、さなえさんは嬉しそうに笑っていた。
仲の良い母娘のじゃれ合いだ。微笑ましい光景ではあるのだが、実は気になる男の子に娘さんは食べられてしまったのですよとはさすがに口にできず、少しだけ申し訳ない気持ちになる。
「できるだけ負担にならないように私たちもお手伝いに来ますので、晃生くんをお願いします」
「ア、アタシも晃生の力になりたいんでっ。よ、よろしくお願いします……っ」
日葵と羽彩が頭を下げる。俺のためにわざわざ……。胸の奥にぐっと熱いものが込み上げる。
「あらあら……。もしかして晃生くんってモテモテなの? 梨乃も負けていられないわね」
「お母さん!」
まるで姉妹のようにじゃれ合う母娘。この三人は俺を取り合うどころか、協力してスッキリさせてくれる間柄とはさすがに言えなかった。
「さなえさんはお仕事は何をなさっているんですか?」
俺たちの仲を勘ぐられる流れになってはまずいと思って、話を変えることにした。
「んふふ。実は私、秘書をやっているのよ」
「秘書ですか?」
「そう。意外でしょ?」
「いや、スーツ姿がカッコいいと思っていたので。とても似合うと思いますよ」
梨乃とさほど変わらないくらいの背丈ではあるが、スーツが似合っていると思っていた。キャリアウーマンって感じで、いかにも仕事ができそうだ。まあ見た目だけの印象だけども。
「そ、そう……? 今までそんな風に言ってくれる人はいなかったから嬉しいわ」
「そうですか? でも秘書なんてすごい仕事をしているんですから、やっぱりカッコいいですよ」
「容姿だけで秘書になったんだろうって、よく言われてきたけどね」
「それを実力で黙らせてきたと」
「そうなのよ! セクハラをかわし、意地悪な無茶ぶりを乗り越えて……私は社長に信頼される秘書になったわ!」
「がんばりましたね」
「そうなのよ! 私がんばったの! 晃生くんはわかってくれるのね……良い子だわぁ~」
さなえさんはほにゃりと笑う。きっちりした印象だったが、この笑顔は可愛らしさが勝っていた。
「「「…………」」」
俺がさなえさんと話をしている間、なぜか他の三人は静かになっていた。お前らどうしたよ?
◇ ◇ ◇
暗くなる前に日葵と羽彩を帰らせて、俺は晩飯をご馳走になっていた。
「持つべきものは料理のできる娘よね。本当に助かるわ~」
さなえさんは料理を口にしながらそんなことを言う。「料理のできる」を強調したのはなんなんだろうね?
「晃生くんも料理のできる彼女がほしいわよね? どう? うちの梨乃なんておすすめなんだけど」
「ははっ。彼女にしたいかはともかく、梨乃さんとはこれからも仲良くさせてもらいたいですね」
梨乃のアピールポイントは料理だけじゃないことを知っているけどな。ほら、顔を真っ赤にしてこっちをうかがっている仕草とかも可愛いし。
……ともかく、梨乃の母親と仲良くできそうで良かった。
こんな見た目だから問答無用で追い出されても文句は言えないと思っていた。せめてエリカの問題が解決するまでは、良い印象を与えるように心掛けていこう。
さなえさんがいる時はあまり梨乃と一緒にはいられない。少し寂しい気持ちはあるものの、食事を終えて風呂から出ると大人しく部屋へと引っ込んだ。
「ん?」
今日は疲れたし早く寝よう。その前にスマホをチェックするとメッセージが届いていることに気づいた。
「……なんだよ、これ?」
呆然としてしまう。何が起こったのかわからなかった。
メッセージの送り主はエリカだ。
『はやくたすけにきて』
緊急事態を知らせる言葉。エリカに何が起こっているのか? 様々な考えが巡り、俺はしばらくスマホの画面から目を離せなかった。